第百五話/ジンジン④・大丈夫
幸い、襲われた三人に大きな怪我は無かった。
院へ帰ると、異変を察知したメイジによってすぐに処置が施され、ホエンとニンナは見た光景をつぶさに報告した。
終始黙って聞いていたメイジは、眉間に皺を寄せて、額に手を当てた。
「とにかく、明日ギルドへ報告して対応を考えてもらいます。子供たちにはしばらくの間、少し窮屈かもしれませんが、門限を早めにして過ごしていただきます。お二人も、気を付けてください」
メイジが二人の肩に手を置く。
その片方が震える事に気付いた。
「ホエンさん?」
「メイジ…なんであの子らがあんな目に遭わなきゃいけないのさ…ウチらが孤児だから?」
「ホエン…」
ニンナがホエンの背に手を添える。
その表情は前髪に隠れてよく見えない。
「…っ!」
メイジは、二人を思い切り抱きしめた。
「ニンナさん、ホエンさん。あなたたちは世界の未来です。そこに貴賎はありません!」
「じゃあ、なんで…っ!」
叫ぶほどのホエンの声は、メイジの上から抱き寄せるニンナの手に阻まれ、勢いを失った。
「心配ないよホエン。心配しなくていい」
三人はしばらくそのまま動かなかった。
翌日、帰宅したメイジの顔を見るに、ギルドの返答はあまり良いものではなかったのだろう事が窺えた。
ホエンが声を掛けたが、メイジは「今はギルドにお任せしましょう」と笑みを返すばかりだ。
ギルドはその日から、職員や冒険者を見廻りに配置したようで、夕方になると装備の整った人間を見掛けるようになった。
しかし、ホエンが観察した限りでは、複数人で喋りながら院周りの大通りを歩くだけの形式的なものに留まっていた。
「真面目にパトロールするつもりは無いのかな…」
自室の窓から、面倒臭そうに歩くギルド職員を見遣り、ホエンは溜息が出る。
あれから数日が経ったが、進展する様子は一切見られない。
もどかしさに頭を搔いていると、廊下から物音がしたのに気付く。
「!」
部屋から飛び出る。
「ニンナ!」
「…ああ、ホエンか」
ホエンは思わず息を呑んだ。
この数日間、まともにニンナの姿を見ていなかったが、その表情は明らかに以前とは異なっていた。
「ニンナ、大丈夫…?」
「私は別に元気だぞ?」
ホエンには分かる。
ニンナは無理をして笑っている。
「あ、えっと…」
なんと声を掛ければいいのかわからない。
「…悪いな、最近は魔法の練習に付き合えなくて」
ホエンは首を横に振った。
するとニンナは、そんなホエンの頭に手を乗せ、さらりと撫でた。
「…ニンナ、ウチは」
「悪い、疲れたからもう寝る。また明日な」
ニンナはそのまま自室へと入っていった。
「…………ウチは、なにか出来ないのかな」
静まった廊下に、ホエンがひとり取り残された。
その翌日。
昼下がりの貧民街に暗躍する三つの影があった。
「そろそろ調達しないと、俺たちもいい加減燃やされるぜ?」
「そうだな…ほとぼりも冷めた頃だろう」
「ギルドの巡回は夕方からだ。あんな
ザルに掛かる気は無いが、念の為それまでに済ませよう」
ローブの男たちは頷き合うと、路地裏から屋根の上へと登っていった。
「やっと見つけた…っ!」
別の路地から男たちを捉えたニンナが、追跡を始めた。
貧民街はニンナに取っては庭も同然だ。男たちに見つかる事なく追跡する事など容易い。
男たちは、エイニン達を襲った場所から程近い、路地裏が見渡せる屋根の上で止まった。
「…この間のガキは孤児院の奴らだったらしいな。足が付いたら大変だった」
「だからこうして何日も調べたんだろ?ほら見ろ」
男の一人が路地裏を指差した。
その先には、ボロ布を被った幼い男女の姿があった。おそらく兄妹であろう。
「あいつらは何日か前にここに捨てられてた。孤児院の事も知らないだろうよ」
「安心安全って訳だな」
「ちょうどいいじゃねぇか。俺らの為に居るようなもんだ」
「二人連れてきゃ、あの人の溜飲も下がるだろうさ」
「よし、かかるぞ」
男たちは屋根から飛び降りると、首尾良く幼兄妹を掴みあげた。
路地裏に二人の細い悲鳴が響き、ニンナは思わず耳を塞いだ。
「おら、静かにしろ」
ナイフが突き付けられ、血の気が引いたように兄妹は大人しくなる。
「よーし、そのまま黙ってろよ?」
男たちは二人を麻袋に入れて担ぎあげた。
「引き揚げだ。急ぐぞ」
跳躍魔法だろうか、軽々と屋根へジャンプして戻っていく。
その様子を見届けて、ニンナも動き出す。
「…すまない、必ず助けるから今は耐えてくれ…っ!」
歯を食いしばりながらも、屋根を伝う男たちを見失わないように尾行を続けた。




