第百四話/ジンシン③・異変
「恐らく、アクローズ紅爵家のカンセイ様でしょうね」
ホエンとニンナはレーワを連れて帰ると、メイジに今しがたの出来事を話した。
メイジには心当たりがあったようで、すぐにその名前が出てくる。
「貴族ってのはみんなあんな感じなのかな」
ホエンがボソリと呟くと、メイジは大きく首を横に振った。
「多くの貴族様方は王国の繁栄の為に力を尽くしていらっしゃいます。ホエンさん、勘違いをしてはいけませんよ」
「わかってるよ」
バツが悪そうに頭を搔くと、その横でニンナが腕を組む。
「でも、今の話だけで名前が上がるくらいには、そのカンセイ様の評判は悪いって事だよね」
聡いな、と言わんばかりにメイジが目を伏せる。
「カンセイ様は…その…素行不良で王族追放を受けたお方で…」
「素行不良?」
ホエンが聞き返すが、メイジは首を傾げた。
「詳しい事は何も…しかし遠戚とはいえ王族であった方が、こんな辺境の紅爵家へ養子に来ているのですから、色々な噂は立っていますね」
紅爵は、六段階ある爵位のうち上から三番目にあたる。
王族が貴族になるケースは主に婚姻か養子縁組だが、こと養子縁組に関しては上級爵位である紫爵、蒼爵の家と結ぶのが通例であった。
現状は良いゴシップのネタである。
「…そんな貴族様が、こんな辺鄙な所に何の用なんだ?」
「ともかくエイニン達が心配だ、早く行こうよニンナ」
ニンナが頷く中、メイジは懐中時計を取り出した。
「確かに…もう帰っててもおかしくない時間ですね」
「入れ違いでレーワを探してたらいけないな、行ってくるよメイジ」
「お二人共、気を付けて」
「行ってらっしゃーい」
メイジの横でレーワが大きく手を振った。
二人は手を振り返して、再び院を出た。
レーワが魔虫を弄っていた路地に戻るが、エイニン達の姿は無かった。
「足跡も無いね」
「まだどこかで道草食ってるのか?」
空を見上げると、薄ら見えていた月が明るさを取り戻しつつあった。
それを見ていると、なんとも言えない不安感に襲われる。
ニンナはホエンの肩に手を乗せた。
「少し急ごう」
「うん」
二人は小走りで、お使いのルートを辿って行く。
途中には貧民街でも特に子供が多い地区がある。
「多分こっちの方で遊んでるんじゃない?」
「ああ、そうあって欲しいな」
その地区へ足を踏み入れた時、子供の声が複数聞こえてきた。
ホエンとニンナは顔を見合わせる。
声を聞き分ける。
ひとつ、声変わり前らしい少年の怒鳴り声。
ひとつ、幼い子供の泣き声。
ひとつ、何かに抵抗するような子供の金切り声。
「っ!」
先に走り出したのはニンナだった。
「俊敏強化!」
ホエンも足に強化魔法を掛けて走り出す。
先に角を曲がったニンナの目に飛び込んだのは、ローブを被った三人の大人だった。
ひとりはニンジュの手を掴んでおり、ニンジュはそれに抵抗している。
あとの二人は暴れるエイニンを取り押さえており、オーワはしゃがみこんで泣きじゃくっていた。
ニンナの脳裏に、メイジの言葉がよぎる。
「近頃、この辺りで貧民の子供が相次いで行方不明になっています、くれぐれも気を付けて」
大きく息を吸い込む。
「エイニン!ニンジュ!オーワ!」
「ニンナ姉!」
エイニンの声に、ローブの男たちもこちらを向く。
ニンジュを捕まえていた男は、体ごとニンナの方へ向き直るとニンジュを放る。
「わっ!?」
「ニンジュ!」
小さい体は軽く飛び、背中が地面を擦る。
そちらには目もくれず、ローブの男は懐から取り出したナイフをニンナへ向ける。
「この…っ!」
手をかざし、魔力を込める。
「ニンナ!」
その時、後ろから追いついたホエンがニンナの背を叩いた。
「強化掛けたっ!」
ニンナは掌に集まる魔力が急激に膨れ上がるのに気付いた。
「はぁっ!」
一瞬で水を生成、圧縮し弾丸のようにして射出する。
「っ!?」
水弾はナイフに命中し、男の手を離れて転がっていく。
「水魔法だ!」
ローブの一人が声を上げると、三人は目配せし、バラバラに逃げ出した。
「待てっ!」
ニンナとホエンはそれぞれ追いかけたが、路地を曲がったところで撒かれてしまった。
「…くっ」
ニンナは軽く壁を叩くと、踵を返してエイニン達のもとへ戻った。
同時に反対側の路地からホエンが顔を出す。
「ニンナごめん、逃がしちゃった」
「そっちもか……」
ニンナはエイニンの元へ寄り、しゃがむ。
「エイニン、大丈夫かい?」
「ごめんニンナ姉…俺…」
今にも泣き出しそうなエイニンの背をさする。
「なーに言ってんの。全員無事なのはお前の手柄だよ」
「うぅ…」
ニンナがエイニンを抱き寄せる間に、ホエンはニンジュとオーワをみる。
「二人とも怪我無いか?」
「うん、大丈夫…」
涙声で立ち上がり、黙って服の汚れを落とすニンジュとは対照的に、オーワは素直にホエンへ抱きついた。
「うわあああ!ホエンー!」
「おおよしよし…ほら、ニンジュもおいで」
「あたしはいい…」
「もーめんどくさいな」
「わあ!」
ホエンは纏めて抱き上げると、ニンナの方へ向き直った。
「ニンナ、どう?」
「ああ、帰ろう。エイニン、立てるな?」
「うん…」
「よし、いい子だ」
ニンナはつとめて穏やかな顔で、エイニンに手を貸した。
「よし…帰ろう」




