第百二話/ジンシン①・孤児たちの日常
王京から遠く離れた田舎町、ジンシン。
その貧しい町にある小さな孤児院に、今日も賑やかな声が響いていた。
「レーワさん、レーワさん!」
個室の扉を叩くのは、保母のメイジだ。
扉の向こうから返答はなく、眉間に手を当てて溜め息を吐く。
「ん?メイジ、どうしたのさ」
「…ホエンさん」
ホエンはメイジの表情と正面の部屋を見て、状況を察する。
「レーワはまた出てこないんだ」
「えぇ…昼食がまだなんで呼んでるのですけどね」
ホエンは少し考えると、ニヤリと口角を上げる。
「ここはウチに任せてよ」
メイジの肩を叩くと、扉をゆっくり開ける。
覗き込んだ部屋の中は薄暗く、最奥の机周辺だけ魔力灯で照らされていた。
その机にのめり込むように、小さな後ろ姿がひとつ。
ブツブツと何かを呟きながら、手元で何かを弄っていた。
ホエンは忍び足で近づくと、その両肩に手を回した。
「レーワっ、何してんだい?」
「わあっ、ホエン?びっくりしたー」
首を回してこちらを見るレーワの頭に顎を載せ、その手元を見る。
小さな手の中にはモノクルのようなものが握られていた。
「それは?新しい魔導具?」
「うん、これはねー、凄いんだよー?」
ホエンの顎をレーワの髪が擦る。
「中に込められた魔力術式がおかしいのー、ほらー」
「んー?ウチには分かんないなぁ」
「んとねー、ここがねー」
魔法陣を見せながら嬉々として説明を続けるレーワにホエンはただ頷いていたが、その様子を外から見ていたメイジは何処か落ち着かない様子であった。
「だからねー、今はここの機構を調べてるんだー」
「そう、じゃあ今はちょっとキリがいいんだね?」
レーワの目がぱちくりと動く。
「レーワ、君は幾つになったんだっけ」
「んー?んっとねー、4つー」
レーワは指を三本立てる。
ホエンはその指をもう一本足しつつ、ニヤリと笑う。
「まだまだお子ちゃまだねぇ」
「えー」
目に見えて不服そうな顔になるレーワに、ホエンは畳み掛ける。
「早く大人になりたかったら、しっかりご飯は食べなきゃねぇ」
「今朝もちゃんと食べたよー」
「さっきからメイジが昼食に呼んでるよ?」
「えー?」
ホエンが指さす方を向いてようやく、レーワはメイジに気付く。
「あ、メイジだ」
「レーワさん…昼食の時間を過ぎてますよ」
「はーい」
ホエンが離れると、レーワは持っていた魔導具を机に置き、パタパタと食堂へ向かっていった。
「ホエンさん、助かったわ」
「へいへい」
笑みを向けるメイジに、ホエンは手を振って返した。
メイジが食堂の方へ向かうのを見て、ホエンは部屋の扉を閉めた。
「ホーエンっ」
「わっ」
気配もなく誰かが、後ろから肩を組んできた。
「よっ」
「びっくりした、ニンナか…」
膝を屈めてホエンに伸し掛る彼女は、年の差がたった二つとは思えない長身でホエンを包み込む。
「今日もあの頑固坊主の相手かい?」
「まあねぇ…みんなレーワを苦手だと思いすぎなんだよ、ウチ思った事ないし」
ニンナが盛大に笑い出す。
「そりゃ、八年前のホエンも似たようなもんだったからねぇ」
「え?」
「頑固さだけならレーワといい勝負だよ、私も結構骨折ったもんさ」
「言い過ぎじゃない?」
「ま、そのうち分かるさ。それで、今日も行くけど付いてくるかい?」
ニンナの行き先は、近所の空き地だ。
固有魔法が発現した数年前から、練習場にしていた。
ホエンはもの言いたげな目をニンナへ向けたまま、尖った口で「行く」と返答した。
「よし、じゃあ準備しな」
ニンナはホエンの背中を叩くと、玄関の方へ歩き出した。
ホエンは自室で装備を整えてから、玄関でニンナと合流した。
「ニンナさん、ホエンさん」
ホエンのトレーニング装備を見たメイジが食堂から追いかけてきて声をかけた。
二人が振り返ると、少し眉間に皺を寄せて話し始めた。
「近頃、この辺りで貧民の子供が相次いで行方不明になっています、くれぐれも気を付けて」
ホエンとニンナは目を見合わせ、そして笑顔をメイジへ向けた。
「分かった、行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
メイジの影からフォーク片手にレーワが顔を出した。
「…行ってらっしゃい」
メイジは眉間の皺が深くなった。




