第8話:嬉しそうなダンス
※一部暴力表現がございます。ご注意下さい。
青年が遠ざかろうとしている。
まるでスローモーションのようにに見える光景が目に焼き付いた。1人の青年が今、目の前で消えようとしている瞬間だ。
しかし、次の瞬間。
「うわっ!」
鈍い音を立てて青年が尻もちを着く。当然だ。何と青年の腰には、先程まで珍しく大人しく存在感を潜めていた胡桃が巻き付く姿があったからだ。
青年は困惑来た様子でキュッと腰に強く巻きついた胡桃を凝視した。
「え?な、何?」
表情が影になって見えない胡桃。
青年を行かせまいと縋り付く。
そして短い息を「はぁ。」と吹くと胡桃が体を離して何も言わずに背を向けて立ち上がるのでボクは思わず「く、胡桃ちゃん?」と震える声をかけた。恐怖で気でもおかしくなったのかと思ったのだ。しかし胡桃は普段の鼻にかかる猫なで声ではなく、凛とした声でこちらに語りかけてきた。
「ヒムヒム、その人の事絶対に守ってね。」
なんと自分が逃げる事の援助をするよう頼むのではなく青年を守るよう伝え、スタスタと一人歩き出したのだ。え?何処に行こうと言うんだ?そっちはアンデットがいる方だぞ。まさか、いやそんな、もしかしてアンデットに立ち向かおうとしているのか?!ボクは胡桃がやろうとしていることを理解してそれを阻止すべく慌てて胡桃の髪の毛を引っ張る。いくら能天気でもここまで愚かだとは思わなかった!
「ば、馬鹿なのか?!か弱いヘッポコな君なんかが、ましてやボクですら敵う相手じゃないんだよ!」
ボクが必死に止める甲斐あってかくるみは1度足を止める。良かった、さぁ、逃げよう。そう言おうとするが、胡桃の「だいじょーぶ、」と言う力強い声が凛と響きわたる。そしてゆっくりと振り返った胡桃の姿を見てボクは思わず胡桃を止めるべく掴んでいた手を離してしまった。だってそこには、
「絶対、守るよ。」
胡桃の瞳の奥にギ瞬くギラギラとした何かが見えたからだ。まるで獲物を逃がさない夜の肉食動物のように。━━━━━━━━現れた無数のアンデットを背景にして。
「胡桃ちゃん!」
アンデットが胡桃を切り裂こうと爪を構えたその瞬間だった。ズリュゥ!と音を立ててアンデットの胸に何かが突き刺さる。一瞬の出来事過ぎて何が起こっているのか分からなかったが、何とアンデットに突き刺さったそれは胡桃の手刀だったのだ。アンデットは甲高い呻き声をあげていて、胡桃が突き刺した部分からはボタボタと黒い液体がこぼれ落ちていた。そして暫くすると、突き刺さった部分が暖かな光を放ち出してそこから光のヒビが入りやがてアンデットは呻き声と共に光の粒となって消えていった。
じょ、浄化された??!!
まだこちらの世界に連れてこられてそんなに時間が経っていないのに彼女はいとも簡単にあの凶暴なアンデット(瘴気多め)を浄化しただと?!そんな事、この僕が知るところ今までの聖女の中でも前例のない事だ。胡桃は次々と襲い来るアンデットに容赦なく渾身の一撃わ食らわせていく。その姿はあまりにも勇ましく、普段の可憐で可愛らしい胡桃とは似つかわない、ストリートでファイターしている人かと錯覚してしまう程に別人のような胡桃の姿だった。
「危ない!」
突然青年がそう声を上げるとボクを抱きかかえる。
ボクがぼんやりしている間にアンデットが1匹こちらに襲いかかろうとしていたのだ。ボクも青年も衝撃に耐えるべく咄嗟にギュッと目を瞑る。しかし攻撃はでは無くズリュ!と先程も聞いたグロテスク音が聞こえてくる。ボクは何が起こったのか確認すべく恐る恐る目を開けるとするとそこには目と鼻の先に迫ってきていたアンデットがおり、その胸元には胡桃の腕が深く突き刺さっていたのだ。ボクはヒィ、と思わず声を上げる。アンデットは呻き声を上げながら胡桃の腕から逃れようと蠢くが当然深く刺さった腕は抜かれることは無い。反射的に僕達の上に作った保護魔法の障壁の上には、アンデットが蠢く度にボタボタと真っ黒な液体が落ちてきてボクは再びさっきよりも大きな声で悲鳴をあげた。キツい!!!精神的にキツいぃい!!!青年の腕の中でボクはガタガタと震える。青年も状況を理解していないのか目をこぼれ落ちそうなくらいかっぴらいて口をあんぐりと開けていた。
アンデットの攻撃を軽々と交わしてヒョイ飛び上がるとアンデットの背後に周り手刀を突き刺す。少し姿勢を低くして迫り来るアンデットへと素早く飛び掛るとそのまま手刀を食らわす。アンデットが胡桃の背後から大鎌のようなもので襲おうとするので「胡桃ちゃん後ろ!」と叫んだがなぜか大鎌が、まるで硬い何かにぶつかった様に粉々に砕け散った。そしてそのアンデットも手刀で浄化する。そうして胡桃は次々に容赦なくアンデットを浄化していったのだ。先程までの絶体絶命が嘘のような逆転会心劇だった。
♢♢♢
キラキラとした暖かな光の粒が胡桃の周りに舞っている光景は、一見したら何だか幻想的な光景だが、これがアンデットの残骸であり、そのキラキラの中心の可憐な少女はさっきまでそのアンデットをブチのめしていたのだと考えるともうかなり恐ろしい光景でしかないように思えてならなかった。無事アンデットは胡桃の手(素手)によって1匹残らず抹殺された。もう胡桃がワイルドすぎて何だか作画が一人だけ格闘漫画のようにゴリッゴリに厳ついように見えてきたよ。
そんな事を考えていると突然ギュルんと胡桃がこちらを向くものだからボクは思わずビクリと飛び跳ねた。でも、そこにはいつものクネクネ動いているぶりっ子をする可憐な少女、胡桃が居たのだ。
「はぁ〜、もう怖かったぁ〜!」
どの口が言うか!
ボクは内心ツッコミを入れた。
胡桃はトコトコと青年の前まで歩いていく。そして手を差し伸べ「さぁ、帰ろ!」と呑気に笑った。青年は今だにポカンとして、状況についていけていない様子だ。大丈夫、ボクも漏れなくついていけてないよ、青年。青年はそのまま流れるように胡桃の手を取り立ち上がる。その姿を見て胡桃は更ににぱっと笑った。その姿は何だかずっとずっと欲しかったものをやっとの事で手に入れた子供の様にとても嬉しそうに見えた。
♢♢♢
「オレの家だ。」
素朴で規格的には小さめな御屋敷の前。青年は門の前に立つと自分の家の前にも関わらず、夢でもみているかのような声色でそうポツリと呟いた。
あの後、ボクたちは障害もなくまるで学校帰りの様に普通に歩いて街まで帰った。街に辿り着くとまだまだ夜の時間を楽しむ人々の声と暖かな街灯の光が迎えてくれて酷く安心して力が抜けた。あんなに怖い思いもしたし、青年に至ってはボロボロなのに街はそんな事を知らないとでも言うかのように平和だった。別の世界で生きているようだ。それからは青年の言う通りの道に行き、青年を家の前まで送り届けた所で先程のセリフだった。
「何言ってるんだい、君の家なんだから当たり前だろ。」
ボクはすかさずそうツッコミを入れる。
「あはは。そう、そうだね。オレの家だ。まさかまた帰って来れるなんて、と思って·····。今回は本当にもうだめかと思ったんだ。」
やっと気の抜けたようにそう言うと、先程までは大人びた様子だったが、少しあどけなさが残る笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、本当は御屋敷の中にご案内してお礼におもてなしをさせて頂きたい所なんだけれど、生憎オレの家は使用人とオレしか住んで居なくて。オレの立場上、使用人を交えたとしてもあまり年頃の女の子とひとつ屋根の下で二人になる訳には行かないんだ。」
「へぇ〜、使用人だなんて、もしかしてお兄さんっていいところのお坊ちゃまかなにか?」
申し訳なさそうに話す青年に間延びした軽い回答をする胡桃。胡桃はコテンと小首を傾げて両手を腰の後ろで組み、何処となく嬉しそうな雰囲気で青年の顔を覗き込む。青年は胡桃の問いかけに頷くと、改めて凛とした顔つきでこちらに向き直った。
「申し遅れました。オレはイポメアニル家次男、マーレ・イポメアニルと申します。こんな見苦しい格好でのご挨拶をどうかお許しください。改めまして、この度は見ず知らずのオレのことを助けて頂き本当にありがとうございました。」
「じゃあマレたんだね!こっちはヒエムス!ウチはクルミ クルスって言うの!クルクルって呼んでね!」
「ま、マレたん?それってオレの事?」
胡桃の謎のあだ名を聞いてパチクリと困惑する青年——もとい、マーレを横目で見ながらボクはハッとした。マーレの名前に少し聞き覚えがあったからだ。咄嗟に様々なデータが記されている手帳を出現させて慌ててページを捲り、該当の項目を探す。そうして開いたページは、以前胡桃が言っていた『攻略対象一覧』のページだ。ページには攻略対象の名前とボクの神的な似顔絵が書いてあってそれを指だなぞりながら見て行くとボクは「やっぱり!」と思わず声を上げてしまった。マーレはボクの声にビクリと反応して、会話を邪魔されたからか胡桃は「もう、何〜。」と不機嫌そうな声を出した。
「君!マーレ君!今確かに『イポメアニル家』って言ったね!胡桃ちゃん、この人間は胡桃ちゃんが言っていた『攻略対象』の一人、『クラース・イポメアニル』と同じ一族だよ!」
クラース・イポメアニル。
この世界に存在する五大賢者と言われている皇族のうちの一つ、イポメアニル家の長男。類稀な美しい容姿に、魔法学薬、実技、魔術理論学、魔力量、運動神経など、全ての項目においても天才的な才能を持つ青年。その特徴から『神の子』と魔法界隈では謳われており、その才能は新たな魔術理論を生み出し、誰もなし得ることができなかった魔法をも作り上げてしまう程のものだった。まだ学生の身にも関わらず、その才能を駆使してもう既に第一王子と共に国の環境改善や公害防止、経済発展などありとあらゆる場に関わり、その功績を残している人物だ。そして6人居るうちの『攻略対象』の一人。
マーレはそんな超人の血縁者の様だ。しかし、そう見える程裕福そうには見えなかった。彼をぱっと見で分析するところ、家の規模的にも底流貴族といった所だろうか。そもそも皇族の一族であればこんな一人で死にそうになっているなんてそれこそおかしな話だ。それにマーレ自身もこれ程特徴的な力の持ち主なのに、ボクの事前調査に一切引っかかって来なかったのだ。それは意図的に一族に隠されている様に。
「『攻略対象』が何のことかよくわからないけど、そうだよ。クラースはオレの実兄。双子の兄だ。全然似てないんだけどね。」
マーレは少し困ったように頬を搔いた。
「じ、じゃあ、マーレ君も皇族の一人じゃないか。皇族がどうして一人で死にかけていたんだい?クラース・イポメアニルが兄なら護衛の一人くらい付けてくれるはずだろ?」
ボクは疑わしそうにマーレは凝視する。マーレは眉をハの字にして困ったような笑みを浮かべると言いづらそうに視線を泳がせた。
「本家から疎遠にされているんだ。多分、あまり本家の人間って思われたくないんじゃないかな?だからクラース、ラスみたいに権力も無いし、肩書きだけがある唯の学生だよ。ラスとも偶に学校へ行った時にすれ違う程度で会話もまともにしてない。最近はまともに学校も行けてないから会ってすらないよ。」
昔は仲が良かったんだけどね…。とマーレは寂しそうに笑った。マーレは魔眼のせいで忌子と呼ばれているためその存在は貴族の間ではあまり良い噂にはならないだろう。もしかしたら、イポメアニル家はマーレの魔眼による社交界でのイメージダウンを恐れたのかもしれない。果たしてそんな古臭い伝承を何処までの貴族が信じているのやら…。この様子だと胡桃が望んでそうなクラースへのツテはあまり期待できなさそうだな。胡桃のやる気につながると思ったんだけど。
そんな事をぼんやりと考えていると突然耳をつんざく様な声で「坊っちゃま!」と叫ぶ声がボクらに降り注ぐ。見れば使用人の服を着て息を切らした老人が一人、ボクたちが来た道の方向からこちらに全速力で走ってきたのだ。老人はそのままボクたちに目もくれずマーレに抱きつき始めるとわんわん声を上げて泣き始めたのだ。そんな老人をマーレは「じぃや!」と嬉しそうに抱き返した。
「ぼっちゃまぁあーーー!あぁ、よくぞご無事で…!病院の方から坊っちゃまが失踪為されたと聞かされた時は爺やはそれはもう、それはもう失神を起こす程肝が冷えましたぞ!あぁ、こんなにボロボロになられて…、何てお可哀想なのだ…。おいたわしい…、おいたわしい…。」
そう縋り付いて泣く老人にマーレはハンカチを取り出して「心配かけてごめんな…。ハンカチ、綺麗で良かった。」と老人の涙を優しく拭ってあげた。しばらくそもまま老人を慰めているとマーレはボクたちの方を向いて口を開く。
「詳しい事情はまた後でゆっくり説明するから。爺や、こちらオレの事を助けてくださったクルミ クルスさんと妖精のヒエムスさんだよ。」
「ちわ〜!クルクルでっす!」
マーレがそうボクたちを紹介してくれた。すると、先程までマーレに縋り付いていたヨボヨボと情けない声で泣いていたのお爺さんは、まるでタイヤに一気に空気が入ったかの様にしゃんとしだし、こちらに会釈しながら深みのある低い声で自己紹介をして来た。
「見苦しい所をお見せ致しました。私、マーレ様が幼少の頃からお側に仕えさせて頂いている執事のセバスと申します。この度はマーレ様を救っていただいたと言う事で、私からも心より感謝申し上げます。」
「あ、イケおじになったぁ。」
「別人じゃんか。」
胡桃は面白そうに声を上げ、ボクはすかさずツッコミをいれた。
「後日ご迷惑で無ければ改めてお礼に伺いたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「いーよぉ。ウチら中央のあのでっかい教会で暮らしてるからいつでもおいでよ〜。教会ならいっぱい人もいるし、中庭でお茶ぐらいならオッケーそうじゃ無い?」
「教会に…?うむ。そうですか、分かりました。こちらも恐らく大事な話があると思うので。」
セバスはすこし間を溜めると何やら意味深そうに笑みを浮かべてそう言った。
「あ、そうだ。」
胡桃は突然何かを思い出したのか制服のポケットを弄りだす。それから何やら取り出した。其処には掌サイズの白いクマのぬいぐるみがありそれをズイッとマーレの方に差し出した。クマの首元には赤色のリボンが結んであって背中側にリボン結びしてあって可愛らしい。正面には小さな鈴が付いていて小さく音が鳴った。
「これあげる!お近づきになった印!お守りだよ。」
「ん?クマのぬいぐるみ?ありがとう。」
いきなりクマのぬいぐるみをお守りと言って渡すなんて完全に電波少女でしか無いのにマーレは素直に胡桃からクマを大切そうに受け取りお礼を言った。
「良かったら名前をつけてあげてね!いっぱい大好きって伝えるときっと素敵なお友達になってくれるよ!」
「え?!な、名前?!わ、分かった!」
胡桃ちゃん…。彼は君より一つ歳上だよ…。17歳の、しかも男子がぬいぐるみ遊びだなんて全然流行ってないし普通やらないよ。素直に受け取ってくれる彼の優しさと純粋さに感謝するんだね…。ボクは心の中で呆れた。
「じゃあ胡桃ちゃん。暗いし暗いしそろそろ帰ろっか色々あったけど話は帰ったらしっかり、もうしっかりと聞かせてもらうからね!」
「では、私が教会までお送りさせていただきましょう。」
「マレたんまたね!バイバーイ!」
「うん、バイバイ!」
胡桃は腕をブンブンと振りながら別れを告げるとマーレは穏やかに微笑みながら小さく手をふり返した。そして帰路へとかけていく胡桃を暫く見送ると中から出てきた数人のメイドがもっていたブランケットをマーレの方にふわりとかけるとそのままメイド達と屋敷の中へと帰っていった。
まだ学園生活が始まって1日目の出来事。いきなりラスボスレベルの狂気的な体験をしたせいでこの先がやけに不安になってきた…。それでも今は無事こうして生きて帰れることに感謝をしよう。ボクは胡桃の後を追って行った。胡桃は依然として無邪気に何やら嬉しそうに走っていた。風に靡くツインテールが陽気な彼女の心を表すかのように踊るように揺れていた。
【マーレ・イポメアニル】
3話で少し出てきた『攻略対象』の一人、クラス・イポメアニルの双子の弟。癖のある黒髪と紅い魔眼が特徴。魔眼は人の溢れ出す瘴気だったり普通の人は見えない生き物が見ることが出来る。病弱で入退院を繰り返しているため、あまり学校に行けていない。また、魔力と魂がとても澄んでおり、ヒエムス曰く人外レベル。その為か瘴気の強い魔物に狙われ易い。クラス同様魔力は高いが何らかの理由で魔力回路がめちゃくちゃになっているのと魔力が殆ど枯渇状態な為ある一定数の魔力を使うと人体に影響が及ぼす。何故か密売人に命を狙われている。本家とは疎遠状態でクラスとは別に暮らしている。
【クラース・イポメアニル】
大賢者の血筋、皇族にあたるイポメアニル家の長男。全ての分野で天才的な才能を持つ彼は『神の子』と呼ばれており新たな魔法の開発や国の環境改善などありとあらゆる部門で活躍をしている超人。
マーレの双子の兄でマーレ曰く、昔は仲が良かったみたいだが今では疎遠になっている。




