第5話:消えそうなポルックス
※暴力、流血、虫表現がございます。
虫を踏み潰す描写があるので食事中の方や苦手の方はご注意下さい。
青年は血の滴る腕を抑えながら人気のない薄暗い道を駆け抜ける。表通りでは相変わらず人々が陽気にダンスを踊っていた。やがて青年は目の前の背の高い塀に気が付き足を止めた。突然止まる足はズザァと音を立てて少し前に進んでから止まる。背後にはもうアンデットが迫っており脇道からも複数のアンデットが現れた。もう逃げ場はない。そう悟った青年は入院着のポケットから細長い杖を取り出してアンデット達へと向ける。杖をしっかりと構え「灰になれ!(キネレスキテ!)」と唱えて一振り。すると炎の弾が現れて爆発。アンデットに数匹当たり光となって消えていった。
表通りは人々の賑わいで離れた場所での爆音など一切聴こえていない。絶対に誰も助にはこない。
しかしアンデットは集まり続ける。青年は同じ魔法を何度も発動した。
「灰になれ!(キネレスキテ!)灰になれ!(キネレスキテ!)キネレスキ、ぐっ、ゲホッ、」
やがて青年は真っ青な顔で口元を抑えて膝をついて地面に崩れ落ちる。激しく咳き込むと鮮やかな血液が掌からこぼれ落ちて地面にぼたぼたと滴った。反撃が止まった隙を見てアンデットは青年に向けて枝の様な手を伸ばす。青年は瞬時にソレを避けるが、アンデットはそのまま腕を払いのける様に動かして青年の腹めがけて打撃を食らわせた。青年は奥の塀へと体を強く打ち付けて頭から地面に落下する。鈍い音をたてながら落下した青年は額をを強打したのかツゥっと血が滴っていた。狭い視界でアンデットを捉える。あ、もう駄目だと青年は思った。
にぃ、ごめんね。オレもう死ぬかも。
最後にまた一緒に花を見たかったなぁ。
アンデットが手を伸ばす。青年の意識は闇へと落ちていった。
♢♢♢
胡桃はまるで探偵の真似をするように血痕を覗いていた。黒い蛆虫が蠢くそこを興味深そうに見つめる。
「事件の香りですねぇ、ヒムヒム。」
胡桃は何か占めたと思ったのかニマリと嬉しそうにそう答えた。ボクは嫌な予感がした。ボクの知識が正しければ、恐らくこの蠢く黒い蛆虫はアンデットという怨念の強い死者の瘴気が集まった魔物の痕跡だろう。アンデットは珍しくは無いが、これは瘴気が強く通常のアンデットなんかと比べ物にならない強力な力を持つアンデットだろう。まだ魔法経験が一切ない胡桃は勿論、並大抵の大人やましてやボクですら敵う相手では無いだろう。
「駄目だよ胡桃ちゃん。危険なことに首を突っ込む暇があったら早く教会に戻って魔法の訓練を一緒にするよ!」
「えぇ〜?でもでもぉ、すっごく面白そうだし、これでもしもこのキモイウネウネの持ち主を倒したら聖女になる為の近道になるかもしれないでしょぉ?化け物は野放しになんかできないし。教会にも評価されるかもだし!」
「ぐぐぐ。ま、まぁ確かにそれは一理あるけども…。」
「それにぃ、いざと言う時はウチのサポートしてくれるんでしょ?ねっ、エリート妖精さぁ〜ん!」
「グヌヌヌヌゥ…。」
胡桃はキュルンと笑いながらボクを煽てる。確かに、ボク一人では絶対に勝てない相手だけど胡桃を上手いことサポートすることが出来れば案外行けるかもしれないぞ。それに、もし成功したらソレこそ胡桃が言う通り彼女の行いは教会に評価され、そうしてボクは大精霊様に…!ボクは脳内で大精霊様に頭を撫でてもらう想像を広げてうっとりと笑った…所でハッとし、ボクは咳払いをして腰に手を当てた。
「しょ、しょうがないなぁ〜。分かったよ。まぁ、ボクはエリート妖精のヒエムスだからね。なんせ一番大精霊様の補佐官に近いと言われ続けたからね。」
「よっし!そうと決まったら早く行くよ!」
胡桃はあっという間に薄暗い裏道へと駆けて行った。すごい速さだ!
「あ!ちょっと!危ないと思ったらすぐに逃げるからね!聞いてる?!ちょっとぉー?!」
ボクの悲痛な叫びは果たして彼女にしっかりと聴こえているのだろうか。ボクは慌てて胡桃の跡を追った。
♢♢♢
暫く血痕を辿ると高い塀にたどり着いた。そこは恐らく争ったであろう形跡があり塀や道にはヒビが入っていた。血痕も先程よりも酷い。恐らく此処で争った際に深傷を負ったのだろう。そして何より酷いのは…。
「胡桃ちゃん、帰ろう。コイツらは想像以上にヤバイかもしれない。」
行き止まりの横の脇道。細い道。ソコに向かって地面には血が擦れるようにこびり付いていた。恐らく此処で負傷した人間をこの道の奥へ引きずっていったんだろう。考えるだけでも悍ましい。
アンデットが人を襲う目的としては人間の魂を喰らう事だ。知性もない。でも、このアンデットは何だ?魂を喰らうだけならわざわざ人間を引きずってまでこの場から移動する理由は?魂を喰らうだけなら此処で行えばいい筈だ。わざわざ意図的に街から離れようとするなんて、ソレはまるで人々から見つからない様、邪魔者が現れない様、こっそり事を行おうとする知性を持った生き物の様だ。
———このアンデットは人間に操作されている。意図的に。
これは何か国家級の大事件が起ころうとしてる。きっと黒魔術を用いた残忍な方法で。ボクはそう悟るとドッと全身に冷や汗が溢れ出した。
アンデットを操るなんて!ましてやこんな瘴気に塗れた凶暴なアンデットだ!恐らく国で禁止されている黒魔術を使っているとしか考えられない!黒魔術は術者が瘴気に呑まれることが多いがコイツは恐らく自在に操っている。でなきゃ正気の塊のアンデットを器用に操れるわけなんか…!!
ブチュッ。
「うげぇ、蛆虫踏んだ。きんもぉ。」
「ハッ、く、胡桃ちゃん?」
グルグルと巡らせていた思考が胡桃の声によってバチんと現実へと戻される。気がつけば胡桃は脇道の奥の方へ進んでいた。ボクは慌てて胡桃を追う。
「胡桃ちゃん、帰ろう?このアンデットは誰か背後で操っているんだ!下手したら国家級のヤバイ犯罪者かも知れない!」
「へぇ〜。」
「お願いだから今回だけは言うこと聞いてくれ!」
胡桃は適当な返事だけを返してズンズン早足で向かっていく。力強い足踏みはアンデットの瘴気の欠片であろう黒い蛆虫を何匹も踏み潰した。
「本当、汚ったな。」
そう小さな声で冷たく吐き捨てた声はボクには聴こえていなかった。
道を突き進み続けると国を囲う塀に辿り着いて破壊したのか穴が空いている。やがてズル…ズル…、と重いものを引きずる音が近づいて来た。
日はすっかり沈み、森が近い此処はもう街の光なんて届かなかった。




