第4話:不穏な展開
※一部暴力、流血、虫の表現がございます。苦手な方はご注意下さい。
「もう!何なのあのけちん坊おばさん!」
能天気な胡桃が頬を膨らまして珍しくプンスコ怒っていた。先程の生徒会室前での出来事にどうやらご立腹しているようだ。確かに、能力値で頭ごなしに此方の言い分を無視してきたり身分差別ででこれだから庶民はだとか何だとか罵って来たのは教師として如何なのかと思う。ボクの調査ではこの学園ではもう何年も前から階級差別を減らす活動が行われているはずだけど、それはまだまだ古参の人々には理解できない活動みたいだ。…いや、それ以前にそもそもの問題、胡桃が生徒会室に乗り込もうとしなければ良かったはずなんじゃ無いか?胡桃は相変わらず生徒会メンバーがどうのこうのと一人でブツブツ呟いていた。やがて「キィーーー!!覚えてらっしゃい!」と、まるで噛ませ悪者が退散するときみたいな台詞を吐きながら涙目で走り出した。
「ちょっと胡桃ちゃん?!何処に行くんだい?!」
「何処って!イケメンを探しに行くの!」
先程の出来事が余程嫌だったのか、胡桃は焦った様子で涙目でそう吐き捨てると全速力で街を走り抜ける。
「ちょっ、放課後は教会で他の聖女候補と魔法訓練に参加しないと行けなかったはずでしょ?!」
「知んない!行かない!必要な〜い!」
ボクは高速で走り抜ける胡桃の跡を必死で追いかけるのだった。
街はまだ人で賑わっていたが赤黒い夕焼けが怪しく街並みを照らしていた。
♢♢♢
一人の入院着を着た青年が賑わう人々の間を駆け抜ける。時々後ろをチラリと見てから建物に手を着き乾いた咳を数回出してから苦しそうに息継ぎをした。
再び背後を見る。
賑わう人々。人々は歌唄いが陽気に音楽を奏で、それに合わしてリズミカルに踊り出す。
しかし、そんな人々とは対照的にただボゥ、と佇むどす黒いマントを纏った何かが数匹。それは顔と脚が本来あるはずのそこからウゾウゾと触手の様なモノが蠢いていて偶に真
っ黒な液体が滴り落ち消えていった。
あんなに不気味な生き物が目の前にいるのに全く気にも止めていない様子で平和そうに笑う人々。彼らにはアレが見えていないのだ。
やがてソレはモゾリと青年の方を向くと枝の様な腕を伸ばして青年を捕らえようとした。青年は寸前の所でその腕を交わして走り出した。
♢♢♢
苦しそうに絡れながら暫く走ると街中の立派な教会にたどり着く。国でも有数な教会だ。青年は大きな扉を開こうとしたが鍵が掛かっているのか開くことは無い。青年は諦めず大声で叫びながら扉を激しく叩いた。
「ごめんください!!助けてください!誰か!誰かいませんか!!」
暫くすると中から優しそうな中年の神父が現れた。神父は「どうされましたか?」と青年に尋ねるが青年の目を見た瞬間その優しそうな表情が一変、まるで仇を見る様な顔つきに変わったのだ。青年はその様子を見ると「あ…、」と何かを悟ったのか困ったように眉を下げた。運が悪かったのだ。やがて神父は物凄く険しい形相で青年に怒号を浴びせた。
「何と!!紅い魔眼の忌子ではないか!!悪魔が神聖な領域に足を踏み入れようとするなんて!早く立ち去れぇ!!」
しかし青年は負けじと神父に縋り付いて訴えかける。
「アンデットの追われているんです!!お願いです、此方で匿っていただけませんか!」
「アンデットだと?!なんてモノを呼び寄せてくれたんだ!だから忌子は関わってはいけないのだ!今は大事な聖女候補様方が魔法訓練の最中だ!聖女候補様に危害が及んだらどうする!」
「…その危害から国民や聖女候補様をお守りするのが貴方達の仕事でしょ。」
青年は少し強めにそう答える。神父はそんな青年の態度が気に入らなかったのか青年の頬を力強く叩くと乱暴に扉を閉めた。扉が閉まる前、一瞬少女達の楽しそうな笑い声が聞こえた。青年は再び扉越しに訴えかけるがもう扉は開く事様子は無い。そして遂に背後からモゾリとソレが蠢く気配を感じる。
青年の表情が絶望に染まった。
♢♢♢
胡桃は街で賑わう人々を掻き分けてズンズンと突き進んでいく。さっきから当てもなく街中をウロチョロしていて何処に行こうとしているのか一向に分からない。
「あーぁ〜·····。イケメン居ないから一旦教会行ってみようかなぁ。」
「おぉ!やっとヤル気になってくれたのかい!」
「まぁね、だってイケメンが訪ねてくるかもしれないでしょお?」
「はぁ、君はソレばっかりだね。」
何でもいいから早く教会に行って魔法の技術を積んでほしい。そうして立派な聖女になってボクを大精霊様の補佐官にしてくれ!
「そう言えば、胡桃ちゃんの固有魔法って何だったんだい?」
固有魔法。聖女候補は異世界に連れてこられる際、聖女候補となる代わりにどんな願いも叶えられる特権が与えられる。その願いによって彼女達は他の誰も持っていない特殊効果を持った魔法、固有魔法が使える。それは胡桃だって同じ筈だ。
「固有魔法?何それ?」
胡桃はキョトンと惚ける。
「胡桃ちゃん、惚けないでよ。此処の世界に来る時にお願い事しただろ?その時にもらった力だよ。」
「え〜?うーん。」
胡桃は暫く悩むと「わかんなぁ〜い。」にぱりと笑った。分かんない?分かんないだって?自分の力だぞ、その力で聖女への道が近くなるかも知れないのに!
「ハッ!」
その瞬間、ボクは最悪の予想をした。もし、この予想が正解だった場合聖女への道はかなり険しいものになってしまうかもしれない。いや、流石に一生に一度の願いを、ましてやこの世界に連れて来られる代償の願いをそんな馬鹿げた願いに使う筈がない。此処に連れてこられる前も、この世界の危険性や願い事の大切さなどは大精霊様からうかがってる筈なんだ。だからしっかりと考えた願い事をする筈。…普通の人間なら。
ボクは恐る恐る胡桃に願い事を聞いてみた。胡桃はにぱっと笑うと愛らしく片手を顎に当てて小首を傾げてから答えた。
「逆ハーになりたいので、『可愛い容姿にしてください』!」
…嘘だと言ってくれ。
ボクは胡桃の容姿をしっかりと見てみると、普通の人間には分からないが確かに何処かしらに変身魔法がかかっている様だった。胡桃の願いはそこで完結しているのだ。
「バカバカバカァ〜!なんて願いをしてるんだキミは!どんなに大事なのか君だってちゃんと説明を聞いただろう?!」
「何か長々と説明されたけど長過ぎて途中で寝ちゃったんだよね。」
胡桃はテヘピロと言って舌をばす。ボクはポカポカと胡桃の頭を叩く。もう終わりだ…!この願いが本当のものならきっと他の聖女候補には叶わない。なんせ彼女達は自身が聖女になる為に願いをしっかりと考えているんだ。何も考えて無い彼女が勝てる筈がないんだ。ボクは放心したまま泣きながら胡桃の後をついて行くと突然胡桃の頭に激突する。「フゴッ」と声を上げてからぶつけた鼻を摩り、どうしたのと問う。問いながら胡桃の視線を追ってからボクは、ソレを見て血の気が引いた。
人気の無い道の真ん中。
薄暗いソコには赤黒い血痕が点々と落ちていた。
血痕には気持ちの悪い蛆虫の様な黒い何かが纏わり付いて血を啜っていた。




