第12話:化けの皮タマネギ
クラースの言葉でやっと胡桃が顔を上げる。声色とクラースの表情からそのクラースの豹変っぷりに心当たりがあるのか「げ。」とテア同様顔を引き攣らせた。
それよりも彼の今の発言だ。生徒会推薦を外したってまさか胡桃ちゃんにだけ推薦状が届かなかったのは彼の仕業なのか?!一体どうして?!
「王様·····、生徒会長は君に興味深々だったみたいだけど、入学初日に生徒会へと乗り込もうとする奇行をする人間をそう簡単に信用するわけには行かないからね。様子見という事で一時的に候補から君を外していたんだ。」
胡桃は生徒会へ乗り込もうとした事実をクラースに知られている事に驚いたが生徒会委員の人々にはもう既に周知の事実だった様だ。しかしその事実を今の今まで知らなかった人物が一人。さっきまで胡桃を抱擁していた人物はガシリと胡桃の両肩を掴んで顔を覗き込む。テアは無言で事情を訴えかける様に胡桃を見つめた。
再びクラースが口を開く。
「それだけならまだ良かった。此方も身内を助けて貰っているしね。しかしその日のうちにあんな大事を起こしておいてこちら側に話が一切入ってこない。この話が真実だとして乗り込もうとするほど関係を持ちたがっていた生徒会に近づける口実のなるであろうその力をわざわざ隠しておくなんて。人々に危害を加える可能性のある君を警戒するに決まっているでしょう。それとも報告義務がそこまで重要性がある事だと知らなかったのかな?」
「ちょ、ちょっと待って!」
クラースがそこまで話すとテアが慌てて会話を制止する。
「まだマーレ君を助けた人物が胡桃ちゃんだと決まった訳じゃ無いでしょ?!」
確かに根本的な所がまだ曖昧のままだ。胡桃がそんな膨大な力を持っているなんて話はまだ確証のある話では無いのだ。しかしそんなボク達の思いを打ち砕くべく、クラースは鞄から何やら資料を取り出してテアへと差し出した。
「マーレの服に付着した魔力痕、その子からマーレに送られたクマのぬいぐるみに込められた魔力、アンデットが浄化された現場に残された魔力の残骸、そしてその子の魔力。全てが一致しています。他にも証拠はいくらでもありますが、ご覧になりますか?」
淡々と資料を並べるクラースとそれに目を通すテア。やがてテアは資料を資料をクラースへと返すと額を抑えながら天を仰いだ。
「はぁ~~……………、はじめから全て真実だと分かっていてわざと胡桃ちゃんにカマをかけたのね。胡桃ちゃんが自分の力を意図的に隠しているのか、それともただ単純に報告を怠っていただけなのかを知るために。」
「はい。そもそもこんな馬鹿げたあり得ない話を確証もなしに信じる訳がありません。」
「ウッ!…そう、そうよね。疑ってしまってごめんなさい。」
うわ!クラース君の言葉がテアさんに突き刺さった!
それからクラースは胡桃の方を見て話し出す。
「教会側に未報告だけだったらただ報告の義務の重要性を理解していないだけだと思っていたんだ。君はこの国に来てからまだ日も浅いしね。当然、こちら側のにもその話は上がってこないだろう。ここ数日君の行動を使いに監視させたのだけど君は天真爛漫で自由奔放な唯の少女だった。そんな膨大な力を隠しているにはあまりにもなんの変哲もない普通の女の子だ。だから僕は唯の未報告だと思っていたんだけどね。まさか、礼を言いに来ただけの僕に渾身な演技までして嘘を突き通してその真実を隠そうとするなんてね。」
そう静かに言うとクラースはまたある資料を取り出してテアの前に置いた。ボクもテアに近づいて隣に並び資料を覗き込んだ。
「僕の方での調査で今現状の事実のみで観測できる彼女の能力値の資料です。」
その内容に目を通すとテアは驚きのあまり声を上げる。ボクは声すらも上げることができない。だってそこにはもう人道を超えた数値が綴られていたからだ。
【クルミ・クルス】
◼️能力ランク:観測不能
◼️能力レベル:70lv以上
◼️属性 :冬
◼️魔力量 :10,000以上
◼️使用可能スキル
聖なる祈り、祈りの障壁、浄化の衝撃
「「ええぇぇぇえええ??!!」」
ボクとテアの声が室内に木霊する。
能力Lv70以上、魔力量10.000以上って·····もうここまで来たら通常の学生の平均能力値を超えてるなんてレベルの話じゃない!通常、胡桃ちゃんと同年代の少年少女の平均能力値は能力Lv5~15程、魔力量100~5000程だ。それに比べて胡桃ちゃんの能力。能力Lvは経験を積めば上がっていくが70Lvともなればそれこそクラーク君の所属する国家魔法騎士団の玄人レベルの経験値を得ていることになる。そして何より魔力量だ。魔力量は保有できる量がそれぞれ決まっているがこんな量は聞いたことがない。それは精霊のような魔力に特快ている人外レベルだ?!彼女がこの世界に来て1ヶ月程、学園に入学して数週間程が経過しているがこんな短期間で一体何をしたらこんな能力値になるんだ?!
「君はどうやら、とんでもなく上手く周りを騙せているようだね。」
事実を知っていて敢えて少しずつ周りを囲っていき確実に相手を追い詰める。これがイポメアニル家次期当主。一族の戦法を見事に操っている。犬のようにしっぽを振って穏やかなに笑うマーレ君とは似ても似つかないとんでもなく恐ろしい兄貴だ·····!
「膨大な力を持ったものが、どうしていちいち上の者に報告する義務があると思う?この国の人間は10歳を迎えるとその能力値を必ず役所に報告しなければならない。だから君たちも自分の力が覚醒したら報告する義務があるのだけど、それは君もテアさんから聞いてるはずだ。で、それが何故なのか、あえて教えてあげようか?もしかしたらもう知っているかもしれないけれど。単純さ、国に叛逆する勢力になりうるからだ。力の強い者はそれなりの地位を与えられて一族は繁栄する。国はその者にそれなりの利益を与え近くに置くことで反乱勢力になりうる可能性を確実に潰す。国も繁栄する。お互い損する話じゃ無いからわざわざ隠す意味が無いのさ。じゃあ何故、ごく稀に君みたいな自分の力を隠したがる人間が現れるのか…。さて、ここまで言えばどうして僕がわざわざ国管轄の聖女候補の君をここまで警戒しているか、もう分かるよね?」
「ま、まさか、胡桃ちゃんが国に反乱を起こそうとしてるって言うの·····?!この子はまだこの世界に来たばかりなのよ?!そ、そんなのって·····、有り得ないわ·····。」
クラークの言葉にテアは困惑のあまり何度も首を横に振りながら口ごもる様にそう言った。
「さて、君は一体何を考えている?」
そしてクラークは更に追い討ちをかけるように問いただす。
「そ、そんなぁ。胡桃は·····!」
胡桃は言葉をつっかえさせながらやがて両手で顔を隠しながら俯いた。肩を震わせながら詰まらせたような声が聞こえてきて泣いているのだと思った。当たり前だ。話が壮大になっているけれどまだこの世界に来たばかりの、ましてやあの能天気な胡桃ちゃんがそんな事を考えるはずが無い。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ボクはすかさず声を上げた。そんなボクの様子を見てクラークは少し呆れたように肩を竦めて話し出す。
「あぁ、やっと話してくれたね。そもそも嘘の付けない妖精の君がさっさと真実を話してくれればこんな長話をしなくても済んだのにね。」
「ボクは胡桃ちゃんの補佐妖精だ!当然胡桃ちゃんの肩だって持つよ!それより違うんだ!!胡桃ちゃんはただ男の子に強い女の子だって思われたくなかっただけなんだ!そのぉ、なんと言うか·····、ほら!非常に言い難いんだけど胡桃ちゃんは男の子に好かれたくて日々努力してるから強い女の子だって思われると困るんだよ!そうだよね、胡桃ちゃん!」
ボクは胡桃ちゃんの顔を覗き込む。胡桃は変わらず肩を震わせながら顔を覆っていた。そんなにもクラークが怖かったのか。ボクが慰めようと胡桃の肩に触れようとする。次の瞬間だった。
「ふっ··········ふっ··········ふふ·····ふふふ、ふ·····、ぷっ···············」
震わせた途切れ途切れの声はやがて一つ一つ繋がっていき形を表していく。そうして遂に抑えきれなくなった声は爆発するように室内中に響き渡った。
「━━━━━━━━━━あっははははははははははは!!!!!!!!!」
覆っていた顔を弾けるように上げたそこには何とも愉快そうに笑う胡桃の姿があった。口を大きく開けて眉を八の字にし目を見開き高笑いを上げる。その姿はもう悪女以外の何者でもない。
ボクもテアもそんな胡桃をただ唖然する事しか出来ずクラースは冷徹な表情のない冷たい視線で胡桃のことを見ていた。
狂ったように笑っていた胡桃はやがて少しずつ落ち着き出して行ったがそれでも笑いは止まらない。やがてユラユラと立ち上がるとその表情を恍惚としたものに変えてウットリとクラースを見つめた。
「さっすがクラース様!その若さで優秀な指折りの国家魔法騎士団に入れただけのことあるよねぇ!!はぁ〜、かっくいぃなぁ。」
興奮からか桃色に染まった頬に手を当てると胡桃はより一層のウットリとしながらクネクネと身体をくねらせながらそう言う。その姿はよく見る光景なのに、今は不気味で仕方がない。
すると突然胡桃は上質な机に飛び乗ったかと思うとクラースが飲んでいた紅茶のティーカップを蹴飛ばす。分からない光景に唯ひたすら困惑するしかないボクとテアと違い、目の前で飛んでいく紅茶を冷静な様子で目で追った。飛んで行ったティーカップはやがて白い壁に激突して赤茶色の紅茶が飛び散り、床を汚した。そして胡桃はクラースの前に零れた赤茶色の紅茶を踏みしめると先程までの凶暴ではしたない行動が嘘のように可憐にクルリと一周回り、スカートの端を摘んでまるで淑女の様に上品にお辞儀をした。
「改めまして、皆さんこんにちは!私の名前は来栖胡桃!将来この世界を支配する《魔王》になる女の子です!」
顔を上げた胡桃はそれは可愛らしく可憐な笑みでそう言った。




