第119話 母が残した最後の願い
「優しさを忘れないあなたへ」。
その一言が記された封筒には、どんな想いが込められているのでしょうか。
主人公は、母の過去へと続く扉を開こうとします。
主人公は深く息を吸い込み、封筒を静かに開いた。
中には、一枚の便箋と、小さく折り畳まれた紙が入っていた。
便箋には、丁寧で温かみのある文字が並んでいる。
『この手紙を読んでいるあなたへ。
もし、この手紙が誰かの手に渡っているなら、その人はきっと優しい人なのでしょう。
人は強いから生きていけるのではありません。
誰かに支えられ、誰かを支えながら生きていくものです。』
主人公は静かに読み進める。
『私は黒糖飴を配ることが好きでした。
甘い飴を渡したかったからではありません。
苦しい時ほど、人は少しだけ甘さを必要とするからです。
その一粒で笑顔になれる人がいる。
だから私は、毎年ここへ来ていました。』
主人公の目に涙が浮かぶ。
幼い頃、母がポケットへ黒糖飴を入れてくれた日のことを思い出した。
「お守りだからね。」
そう言って笑っていた母の顔が、鮮明によみがえる。
便箋の最後には、こう書かれていた。
『お願いがあります。
もし、あなたが誰かに優しくされた日が来たなら、その優しさを私へ返そうとしないでください。
その代わりに、目の前で困っている誰かへ渡してください。
優しさは巡り、いつか世界を少しだけ温かくしてくれます。』
主人公は手紙を胸へ抱きしめた。
言葉にならない想いが込み上げる。
女性は静かに見守っていた。
「その手紙を書かれた方は、いつもそう話していました。」
「『優しさには終わりがない』と。」
主人公は涙をぬぐい、笑顔を見せた。
「……母らしいです。」
便箋と一緒に入っていた小さな紙を広げる。
そこには、一枚の地図が描かれていた。
赤い丸が付けられている場所は、一つだけ。
国道沿いにある、小さな公園だった。
地図の下には短い言葉が添えられている。
『旅の始まりを思い出したくなったら、この場所へ。』
主人公は思わず地図を見つめた。
「あの日……。」
国道。
ロードバイク。
黒糖飴。
すべてが再び繋がろうとしていた。
女性は優しく微笑む。
「その場所には、きっと今も変わらない景色がありますよ。」
主人公は封筒をバッグへしまい、立ち上がった。
「ありがとうございます。」
「行ってきます。」
ロードバイクへまたがる主人公の表情は、来た時とは違っていた。
迷いではなく、確かな決意が宿っている。
夕暮れの風を受けながら、主人公は地図に記された場所へ向かって走り始めた。
その背中を、白い花びらが一枚、静かに追いかけるように舞っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、主人公の母が黒糖飴へ込めていた本当の想いを描きました。
この作品の原点でもある「小さな優しさ」が、世代を超えて受け継がれてきたことが少しずつ明らかになってきます。
次回からは、手紙に記された場所で、新たな真実が主人公を待っています。




