第146話 父の目覚め
「次は、一緒に歩こう。」
夕焼けの国道で交わした父との約束。
現実へ戻った優斗の目の前で、眠り続けていた拓海の瞼が震えた。
止まっていた時間が、ついに動き出す。
「優斗!」
教育係の声で、意識がはっきりした。
地下最深部。
琥珀色の光は少し弱まり、静寂だけが広がっている。
優斗はすぐにカプセルへ視線を向けた。
「父さん!」
拓海の瞼が、もう一度震えた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
閉ざされていた目が開いていく。
「……。」
最初に映ったのは天井だった。
次に、ぼやけた人影。
そして。
「優斗……?」
掠れた声だった。
それでも、その一言だけで十分だった。
優斗の頬を涙が伝う。
「父さん!」
カプセルの表面へ両手をつく。
拓海は優斗を見つめた。
少し驚き。
少し笑って。
最後に、安心したような顔になった。
「大きくなったな。」
優斗は笑いながら泣いていた。
「遅いよ。」
「……悪い。」
拓海は苦笑した。
「ちょっと寝過ぎた。」
その一言で、その場の空気が少しだけ和らぐ。
蓮司は顔を覆っていた。
肩が震えている。
「兄さん。」
拓海はゆっくり首を向けた。
「蓮司。」
二人の視線が重なる。
何十年分もの時間が、その一瞬に詰まっていた。
「生きてたんだ。」
蓮司の声が震える。
拓海は頷く。
「生かされてた。」
その言葉に、誰も口を開けなかった。
真琴が静かにカプセルのロックを解除する。
プシュー。
白い蒸気が流れ出る。
長い眠りを閉じ込めていた蓋が、ゆっくり持ち上がった。
拓海は身体を起こそうとする。
しかし力が入らない。
優斗が咄嗟に支えた。
「無理するな。」
「ありがとう。」
初めて。
親子で交わす、ごく普通の会話だった。
その時だった。
ビーッ!
ビーッ!
警報音が地下全体へ響く。
E-01が即座に反応する。
「生命維持装置停止を確認。」
「何が起きる?」
「道標の中枢が継承者を選定中。」
拓海の表情が変わった。
「もう始まったか。」
優斗が聞き返す。
「何が。」
拓海は立ち上がろうとした。
「時間がない。」
「まだ動くな!」
教育係が肩を支える。
しかし拓海は首を横に振る。
「動けなくても行く。」
その目には迷いがなかった。
「優斗。」
「うん。」
「さっき見た黒い影。」
優斗は頷く。
「約束を壊した奴。」
「違う。」
拓海は静かに訂正した。
「約束を壊した本人じゃない。」
優斗の背筋が冷える。
「じゃあ。」
「影帰りは。」
少し息を整える。
「被害者だ。」
優斗は思い出す。
『家に帰りたい。』
あの言葉。
敵ではなかった。
帰れなかった人だった。
拓海は一本道の奥を見つめる。
「本当の敵は。」
その時だった。
円形の部屋に浮かぶ模型が、激しく明滅する。
白い光が次々と消えていく。
一つ。
また一つ。
「何だ!」
E-01が叫ぶ。
「帰還経路消失!」
「どういう意味だ!」
「国道から帰れなくなる人が増えています!」
地下全体が震える。
拓海は模型へ歩いた。
足元はふらついている。
それでも止まらない。
模型の中央。
黒い光が止まっていた。
いや。
止まっていたのではない。
待っていた。
その瞬間。
模型の中から。
黒い手が伸びた。
現実へ。
ズルリ。
黒い腕が模型を突き破る。
教育係が優斗を庇う。
「下がれ!」
黒い腕は床へ落ちる。
ベチャッ。
液体のように広がる。
そして。
ゆっくりと、人の形になった。
今度の影には顔があった。
口も。
目も。
そして。
優斗は息を呑む。
「……俺?」
目の前に立っていた影は。
優斗自身の顔をしていた。
黒い優斗が笑う。
「やっと会えた。」
優斗は一歩下がる。
「誰だ。」
影は首を傾ける。
「忘れたの?」
笑顔が歪む。
「国道で。」
「死んだ方の、お前だよ。」
地下空間が凍りついた。
拓海が強く拳を握る。
「来ると思ってた。」
黒い優斗は拓海を見る。
「約束は終わり。」
そして。
優斗へ視線を戻した。
「帰ってきたなら。」
ゆっくり腕を伸ばす。
「今度は。」
冷たい笑みを浮かべた。
「俺を帰せ。」
第146話、ありがとうございました。
今回は、ついに拓海が目を覚まし、親子が初めて言葉を交わしました。
しかし、道標の継承が始まったことで状況は一変します。
そして最後に現れたのは、“黒い影”の正体。
それは優斗自身の姿をした存在でした。
「あの日、国道で死んだ方のお前。」
この言葉によって、優斗が一度死んだという真実は、さらに恐ろしい意味を持ち始めます。
次回、第147話では、“もう一人の優斗”との対峙が始まります。




