第144話 帰還者の資格
国道の下で眠る父。
“道標の守人”だった拓海。
そして、人生の光が流れる巨大な円形の部屋。
黒い光は確実に近づいていた。
優斗は、父を救うための「三つの手順」の本当の意味を知ることになる。
黒い光は止まらなかった。
円形の部屋に浮かぶ国道の模型の中を、他の白い光とは逆向きに進み続ける。
「もう第三層だ。」
蓮司の声が低くなる。
E-01が模型を解析する。
「推定到達時間、十一分四十二秒。」
「そんなに近いのか。」
教育係が舌打ちする。
「なら、その前に拓海さんを起こす。」
優斗はカプセルへ駆け寄った。
父の寝顔は穏やかだった。
こんなにも近くにいるのに、まだ届かない。
端末には三つの手順が表示されたままだ。
第一段階――生命維持装置を停止。
第二段階――道標継承。
第三段階――帰還者を選ぶ。
「継承って何なんだ。」
蓮司はカプセルへ手を置いた。
「兄さんが背負ってきた役目を。」
少し間を置く。
「誰かが引き継ぐことだ。」
優斗は息を呑んだ。
「俺が?」
「本来なら。」
蓮司は苦しそうな表情を浮かべる。
「そうなる。」
優斗は父を見る。
二十四時間。
このままなら父は助からない。
でも継承すれば、自分が守人になる。
「守人になると、どうなる。」
真琴が静かに答えた。
「国道に迷った人を帰す。」
「それだけ?」
誰も答えない。
沈黙が答えだった。
優斗は察した。
「帰れなくなるのか。」
蓮司が目を閉じる。
「兄さんは、そうだった。」
自分は帰る側ではなくなる。
帰す側になる。
だから父は、あの日。
自分を帰して。
ここへ残った。
その時だった。
灯が模型へ近づいた。
白い指先で、一つの白い光に触れる。
すると光が揺れる。
優斗の頭へ景色が流れ込んだ。
高校生らしい制服姿の少女。
雨の国道。
泣きながら歩いている。
次の瞬間。
白い光が交差点を曲がる。
少女は笑った。
「……誰?」
灯が答える。
「あの子。」
「帰れた。」
優斗は模型を見る。
「これ、一人一人の人生なのか。」
灯は頷いた。
「守人は。」
少しだけ言葉を探す。
「最後の一歩を。」
「押してあげる人。」
優斗は胸が熱くなった。
父は、ずっと。
誰かの人生を守ってきた。
その時。
模型の黒い光が急に速度を上げた。
「速い!」
E-01が警告を発する。
「到達予測を修正。」
「六分。」
地下全体が揺れる。
ドゴン。
一本道の端が崩れ始めた。
「来る!」
教育係が武器を構える。
しかし敵は見えない。
見えるのは模型だけ。
すると。
黒い光が模型から消えた。
「消えた?」
優斗が周囲を見回す。
その瞬間。
パチン。
部屋の照明が一つ消えた。
続いて。
パチン。
また一つ。
暗闇が広がる。
灯だけが白く輝いている。
「優斗。」
初めて。
灯が強く名前を呼んだ。
「後ろ。」
優斗が振り返る。
そこには。
誰もいなかった。
……はずだった。
床に、人影だけが映っている。
影だけ。
身体がない。
「何だ……。」
影がゆっくり立ち上がる。
壁から剥がれるように。
音もなく。
そして。
その影は、人の形になった。
蓮司の顔色が変わる。
「影帰り。」
「影帰り?」
「帰れなかった者だ。」
優斗の背筋が凍る。
影には顔がない。
なのに。
口だけが笑っていた。
「返せ。」
掠れた声だった。
「返せ。」
もう一度。
「返せ。」
優斗は息を止める。
「何を。」
影が腕を伸ばす。
指先は真っ黒だった。
「帰る場所を。」
その言葉に。
父の日記が脳裏をよぎる。
『帰る場所を忘れるな。』
影は一歩ずつ近づく。
白い光へ触れようとする。
灯が両手を広げた。
白い花びらが舞う。
影が止まる。
「灯!」
優斗が叫ぶ。
灯は振り返らない。
ただ静かに言った。
「この人。」
「迷ってる。」
優斗は影を見る。
敵だと思った。
でも違う。
帰れなかった人。
誰にも帰してもらえなかった人。
影は震える声で呟く。
「家に。」
その一言だった。
「帰りたい。」
地下空間が静まり返る。
優斗は拳を握る。
父が守ってきたもの。
灯が守っているもの。
道標が存在する理由。
全部。
今、この一人の言葉に繋がった。
「……帰ろう。」
優斗が手を伸ばす。
その瞬間。
影の身体が激しく揺れた。
「触るな!」
蓮司が叫ぶ。
しかし間に合わない。
優斗の指先が影へ触れた瞬間。
眩い白い光が爆発するように広がった。
優斗の視界は真っ白に染まる。
最後に聞こえたのは。
父・拓海の声だった。
「優斗。」
そして。
「それが、お前の資格だ。」
第144話、ありがとうございました。
今回は、“道標の守人”が本当に守ってきたものが少しずつ見えてきました。
国道の模型に流れる一つ一つの光は、誰かの人生。
そして“影帰り”とは、帰る場所を失った者たちでした。
優斗が最後に影へ手を伸ばいた行動は、父・拓海が守り続けた想いそのものでもあります。
そして最後に響いた「それが、お前の資格だ」という言葉。
次回、第145話では、優斗が“帰還者”として認められる本当の意味が明らかになります。




