第143話 眠り続ける父
透明なカプセルの中で眠る父・拓海。
死んだと思っていた父は、国道の下で時を止めたまま生きていた。
優斗が追い続けてきた答えは、ようやく目の前に現れる。
しかし、その眠りを解くことは、新たな約束を背負うことでもあった。
「父さん……。」
優斗の声が地下空間へ溶けていく。
透明なカプセルの中で眠る拓海は、まるで眠っているだけのようだった。
胸がゆっくり上下している。
「生きてる。」
その一言に、蓮司が目を潤ませた。
「兄さん……。」
二十年以上。
誰も会えなかった兄が、目の前にいる。
真琴は口元を押さえ、小さく涙を拭った。
灯だけは、静かに拓海を見つめていた。
まるで、この瞬間をずっと待っていたように。
E-01がカプセルへ近づく。
青い光が表面を走る。
「生命維持装置を確認。」
「動いてるのか?」
「はい。しかし――。」
E-01の声がわずかに低くなる。
「残り時間は長くありません。」
優斗の心臓が強く脈打った。
「残り時間?」
「現在の維持状態では、およそ二十四時間。」
地下空間が静まり返る。
二十四時間。
それだけしかない。
優斗はカプセルへ手を当てた。
冷たい。
けれど、その向こうに父の温もりを感じる気がした。
その時だった。
ピッ。
小さな電子音が鳴る。
カプセルの横にあった古い端末へ明かりが灯った。
画面には、一行だけ表示される。
『認証完了』
続いて、新しい文字。
『優斗を確認』
「俺?」
優斗が画面へ近づく。
端末は自動で次の画面へ切り替わった。
『拓海救命手順』
教育係が息を呑む。
「救えるのか?」
E-01が高速で読み取る。
「手順は三段階。」
「読んで。」
「第一段階――生命維持装置を停止。」
優斗が顔を上げる。
「止める?」
「はい。」
「それで助かるのか?」
「続きがあります。」
E-01が読み進める。
「第二段階――道標継承。」
「継承?」
「第三段階――帰還者を選ぶ。」
優斗は眉を寄せた。
意味が分からない。
蓮司が画面を見つめる。
そして、小さく呟いた。
「やっぱり……。」
「知ってるのか?」
蓮司は頷いた。
「兄さんは。」
少し間を置く。
「道標の守人だった。」
「守人?」
「国道で迷った人間を、帰す役目。」
優斗は思い返す。
自分も、国道で人生を終えようとしていた。
なのに、生きている。
「あの日。」
蓮司が続ける。
「兄さんは、お前を帰した。」
優斗は息を止めた。
「俺を?」
「そう。」
「じゃあ父さんは。」
蓮司はカプセルを見つめた。
「代わりに、ここへ残った。」
優斗の視界が揺れる。
父は消えたんじゃない。
逃げたんじゃない。
自分を生かすために。
ここへ残った。
その瞬間。
ズキッ。
また記憶が流れ込む。
雨。
夜の国道。
幼い優斗が泣いている。
父が抱き上げる。
「優斗。」
「怖い。」
「大丈夫。」
父は笑った。
「帰る場所は、ちゃんとある。」
その背中の向こうで。
母が泣いていた。
「拓海!」
叫ぶ声。
白い光。
黒糖飴。
そして。
父が優斗のポケットへ何かを入れる。
「約束だ。」
ブツッ。
記憶が途切れる。
優斗は膝をついた。
「思い出した。」
涙が止まらない。
「父さんは。」
声が震える。
「俺を助けた。」
蓮司も泣いていた。
「やっと。」
「やっと思い出したか。」
その時だった。
地下空間へ、甲高い警報音が響く。
ビーッ!
ビーッ!
E-01が即座に振り向く。
「外部アクセス!」
「また侵入者か!」
「違います。」
画面へ赤い文字が並ぶ。
『非常解除』
『第二封鎖解除』
『最終認証開始』
蓮司の顔色が変わる。
「まずい。」
「何が!」
「誰かが。」
蓮司が天井を見上げる。
「道標の最終装置を起動した。」
ゴゴゴゴゴ……。
地下全体が大きく震え始める。
一本道の奥。
さらに奥。
今まで壁だった場所が左右へ開いていく。
その先に現れたのは。
巨大な円形の部屋だった。
中央には。
国道そのものを縮めたような模型。
一本の道。
分岐。
橋。
交差点。
そして。
無数の白い光。
優斗は言葉を失う。
「これ……。」
灯が静かに答えた。
「帰る人たち。」
優斗は模型を見る。
白い光は、一つずつ動いていた。
誰かの人生のように。
その中で。
一つだけ。
黒い光が逆方向へ進んでいる。
蓮司がその光を見て息を呑んだ。
「嘘だ。」
「知ってるのか?」
蓮司は震える指で、その黒い光を指差した。
「兄さんじゃない。」
「え?」
「誰かが。」
声が震える。
「道標を乗っ取ろうとしてる。」
その黒い光は。
真っ直ぐ。
優斗たちのいる場所へ向かっていた。
第143話、ありがとうございました。
今回は、拓海が“道標の守人”として優斗を生かすために国道の下へ残ったことが明らかになりました。
さらに、生命維持装置を解除するための三つの手順と、「道標継承」という新たな役割も判明しました。
そして最後に現れた巨大な円形の部屋。
そこに映し出された無数の人生の光。
その中で逆方向へ進む黒い光が、新たな脅威として動き始めます。
物語はここから、家族の再会だけではなく、“道標”そのものを巡る戦いへと突入していきます。




