第141話 三粒の黒糖飴
三つ目の黒糖飴。
そして、三つの窪みを持つ“道標”の扉。
蓮司は叫んだ。
「開けば、二度と元の人生へ戻れない。」
それでも優斗は知りたかった。
母が守り抜いた約束を。
地下空間を揺らす振動が止まらない。
パラパラと砂が降り注ぎ、白い一本道に細かな亀裂が走る。
優斗は二粒の黒糖飴を見つめた。
母から託された一粒。
老人から託された一粒。
そして、目の前の拓海を名乗る男が持つ金色の一粒。
三つ揃えば扉は開く。
だが、その先には代償がある。
「父さん……なのか?」
優斗が問い掛ける。
男は少しだけ目を細めた。
「その答えは、扉の向こうにある。」
「逃げるな。」
優斗の声が強くなる。
「俺は、もう子供じゃない。」
男は静かに息を吐いた。
「だからこそ、お前自身に選ばせる。」
蓮司が前へ出る。
「兄さん!」
男は首を横へ振った。
「その呼び方も、もう久しぶりだな。」
その声には懐かしさが混じっていた。
優斗は混乱する。
父なのか。
違うのか。
真実は、あと一歩届かない。
その時。
灯が優斗の袖をそっと引いた。
振り返る。
灯は何も言わない。
ただ、自分の胸へ手を当てた。
そして、優斗の胸ポケットを指差す。
「写真?」
優斗は家族写真を取り出した。
父、母、幼い自分。
その写真を光にかざした瞬間だった。
「あっ……。」
写真の裏に文字が浮かび上がる。
今までなかった文字だった。
『三つは一つのためではない』
『一つは帰るため』
『一つは守るため』
『一つは託すため』
優斗は何度も読み返した。
三つには、それぞれ役目があった。
ただ集めるためではない。
「託す……。」
男が小さく笑った。
「そこまで来たか。」
優斗は男を見る。
「この金色の飴は何なんだ。」
男は掌を開いた。
包装紙が淡く光る。
「これは最後の約束だ。」
「最後の約束?」
「俺がお前へ渡すための飴。」
その瞬間。
蓮司の表情が変わった。
「やめろ!」
叫びながら飛び出す。
しかし一歩遅かった。
男は金色の黒糖飴を優斗へ差し出す。
優斗は反射的に受け取った。
その瞬間。
三粒が同時に光を放った。
白。
琥珀。
金。
三色の光が絡み合う。
「E-01!」
教育係が叫ぶ。
「エネルギー急上昇!」
「扉が反応します!」
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な石の扉が震え始める。
中央の三つの窪みが光る。
優斗の手が震える。
「俺が置けば……。」
灯が優しく頷いた。
だが。
蓮司は首を横へ振る。
「まだだ。」
「何が足りない。」
蓮司は石碑を見る。
「お前の答えだ。」
優斗は目を閉じた。
ここまで来て。
初めて、自分自身へ問い掛ける。
何のためにここへ来た。
母に会うためか。
父を探すためか。
過去を知るためか。
違う。
胸の奥から、一つの言葉が浮かぶ。
「帰るため。」
優斗は呟いた。
「俺は、帰る場所を知りたかった。」
その瞬間だった。
灯の身体が強く輝く。
白い花びらが地下空間いっぱいに舞う。
男が目を見開く。
「灯……。」
灯は初めて口を開いた。
「正解。」
透き通る声だった。
優斗は息を呑む。
「喋れた……。」
灯は微笑む。
「ずっと待ってた。」
その声を聞いた瞬間。
優斗の頭に記憶が流れ込む。
幼い自分。
灯と手を繋いで走っている。
国道沿い。
笑っている。
「灯!」
思わず名前を叫ぶ。
灯は涙を浮かべた。
「思い出してくれた。」
優斗の膝が震える。
「俺たち……。」
「友達だった。」
静かな一言だった。
その時。
巨大な扉の中央へ、三つの窪みが浮かび上がる。
光が優斗を包む。
男が一歩下がる。
「もう止められない。」
蓮司も覚悟を決めたように頷いた。
「なら。」
教育係が優斗の肩へ手を置く。
「最後まで、お前が決めろ。」
優斗は三粒の黒糖飴を両手で包み込む。
母の想い。
父の約束。
灯との記憶。
すべてが手の中で温かかった。
「行く。」
そう言って。
優斗は一粒ずつ、三つの窪みへ置いた。
カチ。
カチ。
カチ。
三つ目が収まった瞬間。
地下空間全体を揺るがす轟音が響いた。
ドォォォォン!!
石の扉がゆっくりと開いていく。
その隙間から漏れた光は。
白ではなかった。
朝焼けのような、優しい琥珀色だった。
そして、その光の中に。
一人の女性の影が立っていた。
「……母さん?」
優斗が震える声で呼ぶ。
影はゆっくりと顔を上げる。
優しく笑った。
その笑顔は。
最後に別れた日の母、そのものだった。
第141話、ありがとうございました。
今回は、三粒の黒糖飴にそれぞれ異なる役割があったことが明らかになりました。
「帰るため」「守るため」「託すため」。
そして、これまで言葉を発しなかった灯が初めて声を出し、優斗との幼い頃の繋がりも示されました。
最後に開いた“道標”の扉。
その先に立っていたのは、優斗がずっと会いたかった母の姿。
次回、第142話では、その再会が本物なのか、それとも約束が見せる景色なのか――物語が大きく動きます。




