第140話 最後の道標
三日前に撮られた一枚の写真。
そこには、死んだはずの父・拓海にしか見えない男が写っていた。
そして白い少女――灯は、“最後の案内人”と呼ばれた。
優斗が追い続けてきた答えは、もう目の前まで迫っていた。
ゴゴゴゴ……。
地下最深部が低く唸り続ける。
天井から細かな砂が舞い落ち、一本道の白い石畳に積もっていく。
優斗は写真を強く握り締めた。
「父さんは……生きてるのか。」
蓮司は答えなかった。
代わりに、白い一本道の先を見つめる。
「確かめるしかない。」
その一言だけだった。
灯が一歩前へ出る。
白い花びらが足元から舞い上がる。
今まで霞んで見えていた彼女の姿が、少しだけ鮮明になっていた。
「灯。」
優斗が名前を呼ぶ。
灯は振り返り、小さく笑う。
そして一本道の先を指差した。
「行こう。」
その瞬間だった。
ブツッ。
地下空間の灯りが一斉に消えた。
「停電!?」
教育係が身構える。
E-01の瞳だけが青く光り続ける。
「外部から電力を遮断されました。」
暗闇。
聞こえるのは呼吸だけ。
しかし次の瞬間。
白い一本道だけが、淡く光り始めた。
まるで進むべき道を示すように。
「これが……道標。」
優斗が呟く。
蓮司は静かに頷いた。
「昔からそうだった。」
「昔?」
「迷った者には、この道だけが光る。」
優斗は一本道へ足を踏み出す。
一歩。
二歩。
そのたびに、足元の石畳が柔らかく光る。
そして三歩目で。
ズキッ。
頭の奥に痛みが走った。
視界が揺れる。
景色が変わる。
――夏。
蝉の声。
幼い自分。
父が笑っている。
「優斗。」
「うん!」
「今日は一つだけ覚えて帰れ。」
父はしゃがみ込み、小さな黒糖飴を見せた。
「道に迷ったら?」
幼い優斗が元気よく答える。
「帰る場所を思い出す!」
父は嬉しそうに笑った。
「正解。」
その笑顔が。
今までで一番鮮明だった。
「父さん!」
優斗が手を伸ばす。
しかし景色は砕けるように消えた。
「……っ!」
現実へ戻る。
肩を掴まれる。
教育係だった。
「大丈夫か!」
優斗は息を整える。
「今のは……記憶だ。」
E-01が即座に反応する。
「脳活動に変化を確認。」
「戻り始めてる。」
優斗は拳を握った。
思い出せる。
少しずつ。
確実に。
その時だった。
一本道の先から、人影が現れた。
「誰だ!」
教育係が叫ぶ。
人影は動かない。
ゆっくりと近づいてくる。
足音が響く。
コツ。
コツ。
コツ。
そして光の中へ入った。
優斗は息を呑む。
「……父さん?」
違った。
しかし、違わなかった。
その男は、拓海によく似ていた。
だが年齢が違う。
もっと若い。
二十代後半ほどに見える。
蓮司が震える声で呟く。
「兄さん……。」
男は静かに笑った。
「久しぶりだな。」
優斗は混乱した。
「え?」
「どういうことだ?」
蓮司の目には涙が浮かんでいた。
「そんなはずない。」
男は苦笑する。
「俺も、そう思う。」
優斗が近づく。
「あなたは誰なんだ。」
男は答えた。
「拓海だ。」
地下空間が静まり返る。
教育係が即座に否定する。
「あり得ない。」
「写真では今より年上だった。」
「三日前の写真とも違う。」
男はゆっくり頷く。
「その通りだ。」
そして胸元から、一つの黒糖飴を取り出した。
優斗たちが持つものとは違う。
包装紙が金色だった。
「これが三つ目。」
優斗が目を見開く。
「三つ目?」
男は優しく笑う。
「約束を開く最後の飴だ。」
灯が男の隣へ立つ。
二人は同じ方向を見つめていた。
一本道のさらに奥。
暗闇の中に、大きな扉が浮かび上がる。
高さ五メートルはある石の扉。
中央には、道標の紋章。
しかし今度は違う。
紋章の周りに、三つの丸い窪みが刻まれていた。
優斗は自分の二粒を見る。
男は金色の一粒を見る。
「三つ……揃う。」
蓮司が青ざめた。
「待て!」
声を張り上げる。
「まだ開けるな!」
男が振り返る。
「理由は一つ。」
蓮司の拳が震えていた。
「その扉を開けば。」
地下全体が大きく揺れる。
ドゴォォン!
天井のひびが一気に広がる。
蓮司は叫んだ。
「お前は、二度と元の人生へ戻れなくなる!」
優斗は三つの黒糖飴を見つめた。
国道で始まった人生。
母が守った約束。
父が遺した道標。
そのすべてが。
今、三粒の黒糖飴の上で一つになろうとしていた。
第140話、ありがとうございました。
今回は、優斗の記憶がさらに鮮明になり、父との幼い日の会話が初めてはっきりと描かれました。
そして現れた、若き日の拓海を名乗る男。
三つ目の黒糖飴。
道標の紋章に刻まれた三つの窪み。
物語はついに「約束を開く最後の条件」が揃う直前まで辿り着きました。
しかし、その扉を開けば元の人生へ戻れなくなる――。
蓮司の警告が意味する本当の代償は、次回明らかになります。




