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5、国道で寝てたら人生終わったと思ったら始まった件 〜黒糖飴を奪い返したら大富豪に拾われた〜 第5章 原点回帰編  作者: Nao9999


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第136話 国道の下で待つ声

暗闇へ続く階段。


その先から聞こえたのは、優斗が一番忘れられなかった声だった。


「やっと、来たのね」


本当に母なのか。


それとも、母が残した“何か”なのか。


優斗は、物語の原点だった国道の下へ足を踏み入れる。

一段。


また一段。


優斗は慎重に階段を下りていく。


湿った空気が頬を撫でた。


土の匂い。


コンクリートの冷たさ。


上から差し込む光は、もう背中しか照らしていない。


「深いな……」


教育係が後ろを振り返る。


「出口は見えてる。落ち着いて進め」


E-01の瞳が青く光った。


「地下空間を確認。人工構造物です」


「人工?」


「はい。自然の洞窟ではありません」


優斗は壁に触れた。


古いコンクリート。


ところどころ補修された跡がある。


誰かが管理していた。


しかも、長い間。


「母さんが……?」


答えはない。


その時だった。


カラン。


階段の下で、小さな音が響いた。


全員が足を止める。


「誰かいる」


優斗が小さく呟く。


静寂。


そして再び。


カラン。


金属が揺れるような音だった。


「行くぞ」


教育係が前へ出る。


数分ほど下ると、階段は終わった。


目の前に広がっていたのは、地下通路だった。


優斗は言葉を失う。


天井は意外と高い。


古い照明が一定間隔で並んでいる。


そのほとんどは消えているが、数本だけが弱く灯っていた。


まるで、誰かが今でも電気を通しているようだった。


壁には、赤いペンキで矢印が描かれている。


『→』


その横に、小さな文字。


『ひだまり』


優斗は息を呑んだ。


「また、この名前だ」


女性が頷く。


「ここが、本当の“ひだまり”よ」


「本当?」


「地上の建物は入口に過ぎない」


優斗は通路の奥を見た。


矢印はさらに続いている。


歩き始める。


靴音だけが響く。


コツ。


コツ。


コツ。


その音が、不思議なくらい懐かしかった。


「……来たことがある」


優斗は立ち止まった。


「え?」


教育係が振り返る。


「覚えてない。でも……」


壁を見る。


天井を見る。


空気を吸う。


「ここを歩いた気がする」


女性は優しく笑った。


「その感覚でいいの」


「やっぱり俺は……」


「ここに来ていた」


優斗は拳を握る。


記憶はない。


それでも身体が覚えている。


幼い頃。


ここを歩いた。


その時。


通路の壁に、一枚の落書きを見つけた。


小さなクレヨンの絵。


太陽。


家。


そして。


大人と子供が手を繋いでいる。


優斗は息を止めた。


「これ……」


絵の横に、子供の字で名前が書かれている。


『ゆうと』


「……俺だ」


震える指で文字に触れる。


クレヨンは色褪せている。


でも確かに残っていた。


女性が静かに言う。


「あなたが描いた絵よ」


優斗の胸が締め付けられた。


自分の記憶は消えても。


自分が残したものは、ここに残っていた。


「母さんと描いたのか?」


女性は頷いた。


「一緒に笑っていたわ」


優斗は目を閉じた。


思い出せない。


それが悔しかった。


「思い出したい」


その一言に、女性の表情が揺れた。


「焦らないで」


「でも!」


「無理に開く記憶は、人を傷つける」


老人も同じことを言っていた。


みんな同じ言葉を口にする。


それだけ、この記憶には理由がある。


通路の奥で、また声がした。


「優斗」


今度は、はっきり聞こえた。


優斗が駆け出そうとする。


「待て!」


教育係が腕を掴む。


「罠かもしれない」


E-01が周囲を走査する。


「熱源なし」


「じゃあ声は?」


「音源を特定できません」


優斗は深呼吸した。


走りたい。


でも、ここまで来て焦れば台無しだ。


ゆっくり進む。


通路の先で、道が二つに分かれていた。


左。


右。


左には古い木の看板。


『記録室』


右には錆びたプレート。


『約束の間』


優斗は二つを見比べた。


「約束の間……」


女性の顔色が変わる。


「そこは」


「知ってるのか?」


「私も入ったことがない」


「え?」


「入る資格があるのは、一人だけ」


女性は優斗を見つめた。


「あなたよ」


優斗は右の扉へ歩いた。


古い鉄の扉。


中央に、小さな鍵穴。


手の中の鍵を見る。


「これだ」


差し込む。


カチッ。


鍵は、驚くほど軽く回った。


ガコン。


扉がゆっくり開く。


中は暗かった。


だが、中央だけに光が差している。


一脚の木製椅子。


その前に、小さな机。


机の上には、一台の古いカセットテープレコーダー。


そして、一冊のアルバム。


優斗は震えながら近づく。


テープには母の字で書かれていた。


『優斗へ』


指先が震える。


これまで手紙だった。


写真だった。


ノートだった。


でも今度は違う。


母の声、そのものが残っているかもしれない。


女性が静かに言う。


「それは、あなたが来た時だけ再生する約束だった」


優斗は再生ボタンに指を置く。


カチッ。


テープが回り始める。


ザー……。


ノイズ。


数秒の沈黙。


そして。


「優斗」


母の声だった。


優斗の瞳から、一粒の涙がこぼれる。


「もし、この声を聞いているなら」


テープは続く。


「あなたは約束を守って、ここまで来てくれたんだね」


優斗は嗚咽をこらえた。


「ごめんね」


母の声が震える。


「あなたから記憶を隠したのは、私が弱かったからじゃない」


少しだけ息を吸う音。


そして。


「あなたのお父さんとの約束を守るためだった」


部屋の空気が凍りついた。


優斗は動けない。


「……父さん?」


今まで、一度も語られなかった存在。


その名前が、ついに母の口から語られた。


テープの向こうで、小さく息を吸う音が聞こえる。


「あなたは、お父さんのことをほとんど知らないよね」


優斗は黙ったまま頷いた。


もちろん、テープの母には見えない。


それでも、自然とそうしていた。


「ごめんね。私が話さなかった」


「話せなかった、の方が正しいかな」


ノイズが少し混じる。


ザーッ……。


それでも、母の声は途切れない。


「お父さんは、悪い人じゃない」


「最後まで、あなたを守ろうとした人」


優斗の胸が締め付けられる。


「だったら、なんで……」


思わず声が漏れる。


テープは答えるように続いた。


「あの日、国道で約束をしたの」


「もし私たちに何かあったら、優斗だけは未来へ送り出そうって」


教育係が息を呑む。


女性は静かに目を閉じた。


どうやら、その約束を知っていたらしい。


「だから私は、あなたの記憶を眠らせた」


「思い出せば、戻ろうとしてしまうから」


優斗は拳を握る。


「戻る?」


どこへ。


何のために。


その答えは、まだ語られない。


代わりに、母は優しく笑うような声になった。


「でも、ここまで来たなら大丈夫」


「あなたはもう、一人じゃない」


その言葉に、優斗の頭をよぎる顔があった。


教育係。


E-01。


老人。


白い少女。


ひだまりで出会った女性。


国道で出会ってきた人たち。


確かに、自分はもう一人ではなかった。


「机の上のアルバムを開いて」


優斗は震える手でアルバムを開く。


一ページ目。


若い頃の母。


その隣には、笑う父。


初めて見る父の顔だった。


「……似てる」


教育係が小さく笑う。


「目元がそっくりだ」


優斗も思わず笑った。


こんな状況なのに、不思議と涙が止まらなかった。


ページをめくる。


幼い自分。


三人で手を繋いでいる写真。


さらに次。


国道沿いの景色。


そして、一枚だけ異質な写真があった。


夜の国道。


道路の中央。


丸いマンホールのような蓋。


その上に、白い花びらが散っている。


写真の裏には、母の字。


『入口』


優斗は写真を持ち上げた。


「入口……」


女性が頷く。


「その場所は、今も残ってる」


E-01が地図を照合する。


「一致しました」


「どこだ?」


「優斗さんが眠っていた地点から、およそ二十三メートル先」


優斗は息を呑んだ。


「あの日のすぐ近く……」


テープが最後の言葉を残す。


「優斗」


「ここから先は、私じゃなく、あなたが選ぶ道」


「黒糖飴を忘れないで」


「それは、約束を開く鍵だから」


カチッ。


テープが止まった。


部屋に静寂が戻る。


誰もすぐには口を開けなかった。


優斗はアルバムを閉じる。


そして、写真を一枚だけ胸ポケットへ入れた。


父と母、そして幼い自分が写る写真。


「行こう」


その一言に、全員が頷く。


国道の下に眠る本当の入口へ。


優斗は二粒の黒糖飴を握りしめ、地下通路のさらに奥へ歩き始めた。


その頃――。


地上の国道では、一台の黒い車が静かに停車していた。


スーツ姿の男が地下へ続く場所を見つめ、小さく呟く。


「やっと動き出したか」


男の胸元には、見覚えのある紋章が光っていた。


それは、アルバムの父が身につけていたバッジと、同じ紋章だった。

今回は、ついに国道の下へと足を踏み入れ、「本当のひだまり」と呼ばれる地下空間が姿を現しました。


幼い優斗が描いた落書き。


「約束の間」。


そして、母が残したカセットテープ。


これまで文字として残されてきた母の想いが、ついに“声”となって優斗へ届きます。


そして最後に明かされた言葉。


「あなたのお父さんとの約束を守るためだった」


今まで物語から意図的に遠ざけられていた“父”という存在が、ここから物語の核心へと繋がっていきます。

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