第132話 ふたつの黒糖飴が示す道
二粒になった黒糖飴。
ひとつは、母から受け継いだもの。
そしてもうひとつは、母が最後に出会った老人から託されたもの。
偶然にしては、あまりにも重なりすぎていた。
国道の先へと花びらを運んだ白い少女。
その先に待っているものは、過去なのか。
それとも――。
優斗は、二粒の黒糖飴を握りしめ、再び歩き始める。
本文
老人と別れてから、しばらくの間。
優斗たちは、誰も口を開かなかった。
国道を走る車の音だけが、一定の間隔で耳に入ってくる。
――ブゥゥン……。
――ブゥゥン……。
まるで、何事もなかったかのように世界は動いていた。
けれど。
優斗の中では、世界の見え方が少し変わっていた。
ポケットに手を入れる。
指先に触れたのは、二つの小さな包み。
ひとつは、母から受け継いだ黒糖飴。
もうひとつは、さっき老人から託された黒糖飴。
「……二つ、か」
優斗が小さく呟く。
教育係が隣から覗き込んだ。
「どうした?」
「いや……」
優斗は、二つの黒糖飴を取り出した。
手のひらに並べる。
見た目は、ほとんど同じだった。
どちらも古い。
包装も少し違う。
それでも、妙に似ている。
E-01が二つの黒糖飴を見つめた。
「一致率を確認します」
「え?」
「外見、重量、包装状態、保存状態……」
E-01の目が淡く光る。
数秒後。
「完全な同一物ではありません」
「……やっぱり違うんだな」
「はい」
そこでE-01は、一度言葉を止めた。
「ですが」
「ですが?」
「製造時期は、極めて近い可能性があります」
優斗の表情が変わった。
「……どれくらい?」
「推定で、数十年前」
教育係が眉をひそめる。
「つまり?」
E-01は二つの黒糖飴を交互に見た。
「この二つは、同じ時代に存在していた可能性があります」
優斗は黙った。
同じ時代。
それだけなら、偶然だ。
黒糖飴なんて、どこにでもある。
母が持っていた。
老人が持っていた。
ただ、それだけ。
――そう思おうとした。
けれど。
頭の中に、老人の言葉が蘇る。
『あなたのお母さんは……最後まで、その飴を大切にしていた』
優斗は顔を上げた。
「……母さん」
誰に向けた言葉でもなかった。
その時だった。
ひらり。
白い花びらが、一枚。
優斗の目の前を横切った。
「……またか」
白い少女だった。
少し先。
国道脇のガードレールの向こう側に立っている。
いつものように、何も言わない。
ただ優斗を見ていた。
そして。
少女はゆっくりと振り返る。
国道の先を指差した。
「……あっち?」
少女が頷く。
優斗は、しばらく動かなかった。
「何があるんだ?」
少女は答えない。
ただ、もう一度だけ指差す。
その先には、古びた道路標識があった。
文字はほとんど消えている。
けれど、かろうじて読めた。
――旧道入口。
優斗は目を細めた。
「旧道……?」
教育係が地図を取り出した。
「待て」
地図を確認する。
「ここから少し先に、確かに旧道がある」
「今は使われてないのか?」
「ほとんど使われていない」
E-01が補足する。
「現在の主要道路が整備される以前に使用されていた道路です」
優斗は、もう一度少女を見る。
少女は旧道の入口を見つめていた。
「……行けってことか」
少女は頷いた。
優斗は苦笑した。
「本当に、何も喋らないんだな」
少女は少しだけ笑った。
その笑顔を見た瞬間。
優斗の胸の奥が、ズキッと痛んだ。
――どこかで見た。
この笑顔を。
ずっと昔。
まだ、自分が何も知らなかった頃。
母の隣にいた誰か。
「……いや」
優斗は首を振った。
記憶が曖昧すぎる。
母との思い出は、ところどころ欠けている。
それでも。
最近になって、その欠けていた部分が少しずつ繋がり始めていた。
ひだまり。
約束のノート。
母が最後まで大切にしていた黒糖飴。
そして。
今日出会った老人。
「……全部、繋がってるのか?」
優斗が呟く。
教育係は答えなかった。
ただ、静かに優斗を見ていた。
「優斗」
「ん?」
「もし、この先に何かがあるとしても……」
教育係は言葉を選んだ。
「それは、お前が自分で確かめるべきだ」
優斗は少しだけ笑った。
「分かってる」
ポケットの中の二粒の黒糖飴を握る。
母から受け取ったもの。
そして。
母が最後に出会った老人から受け取ったもの。
二つの過去を、今の自分が持っている。
不思議だった。
昔なら、こんなものに意味なんて感じなかっただろう。
ただのお菓子。
ただの古い記念品。
そう思っていた。
でも今は違う。
人が誰かを想って残したものには。
その人が生きた時間そのものが詰まっている。
「……行こう」
優斗が歩き出す。
白い少女も、その少し前を歩き始めた。
国道から外れる。
旧道へ。
車の音が、少しずつ遠ざかっていく。
舗装は荒れていた。
草が道路の端から伸びている。
ところどころ、昔の道路標識が残っている。
そして。
数分ほど歩いたところで。
少女が立ち止まった。
「どうした?」
少女は前方を見る。
そこには、小さな建物があった。
古い。
誰も使っていないように見える。
けれど。
優斗は、その建物を見た瞬間。
足を止めた。
「……なんだ?」
胸がざわつく。
理由は分からない。
初めて見る建物のはずだった。
なのに。
知っている。
そんな感覚があった。
建物の壁には、かすれた文字が残っている。
――ひだまり。
「……ひだまり?」
優斗の声が震えた。
教育係も驚いた顔をする。
E-01が建物を解析する。
「施設名と思われます」
優斗は動かなかった。
目の前の建物。
その名前。
そして。
ポケットの中の黒糖飴。
全てが一本の線になっていく。
「母さん……」
その瞬間。
建物の中から。
――カタン。
小さな音がした。
誰もいないはずの建物から。
確かに聞こえた。
優斗が顔を上げる。
E-01が前へ出る。
「内部に反応」
「人か?」
「……判別不能」
優斗は一歩、前へ出た。
古びた扉に手を掛ける。
そして。
ゆっくりと開いた。
ギィィ……。
薄暗い室内。
埃をかぶった机。
古い棚。
壁に残された写真。
そして。
部屋の中央に置かれた一冊のノート。
優斗の呼吸が止まった。
その表紙には。
見覚えのある文字があった。
――約束のノート。
「……なんで」
誰も答えない。
優斗はゆっくりとノートへ近づく。
震える手を伸ばす。
表紙に触れた瞬間。
一枚の紙が、床へ落ちた。
拾い上げる。
そこに書かれていたのは。
たった一行だった。
『もし、このノートをあなたが見つけたなら――』
その続きは。
まだ、読めなかった。
優斗は紙を握りしめる。
そして。
初めて。
母が自分に残した「本当の約束」が、すぐ目の前にあることを知った。
第132話、ありがとうございました。
今回は、これまで物語の中で何度も登場してきた「黒糖飴」と「約束のノート」を、もう一度強く繋げました。
母から受け継いだ黒糖飴。
そして、母が最後に出会った老人から託された黒糖飴。
二つの黒糖飴が揃ったことで、優斗は「偶然」では片付けられない過去へ進むことになります。
そして最後に登場した――




