『其の八』 俺と君
ピクッと震えたシラヌイはゆっくりと体を起こし、笑顔で答えた。
「全員消したさ、何もかも」
シラヌイの不気味な笑顔に俺は完全に恐怖に陥った。
「僕たちニホンオオカミにやってきた事をそのままお返ししてあげたのさ」
「さっきも言っただろう?持ちつ持たれつつだって」
そしてシラヌイは俺の頭を撫でた。
「つまらない話は置いといて……僕と一緒に暮らさないかい?」
「暮らす……?何言ってるんだよ……早く元の場所に返してくれよ」
その瞬間、シラヌイは形相を変えた。
「どうして僕の言う事を聞いてくれないんだ!」
シラヌイは俺から離れ、俺を睨みつけた。
「君は僕を救ってくれた命の恩人じゃないか!」
「ここまで心を許しているのにどうして君は応えてくれないんだ!」
解放された俺は立ち上がり、シラヌイの方を向いた。
「恩を返されなかったから何もして良いのか……?」
「自分たちが酷い目にあったから相手にも同じ目に合わせていいのか……?」
俺の言葉にシラヌイは落ち着きを失いかけていた。
そして俺はゆっくりとシラヌイに近づいた。
「来るな!お前も集落の奴等と同じだったんだ!」
──彼女は酷く怯えていた。
「来るなって言ってるだろう!」
──彼女の怒声と雨音が混ざり合い、空間が張り詰めたようだった。
「君を消すことだってできるんだぞ!」
──それでも関係ない。
「な……なんとか言ったらどうだい!」
──彼女を救いたい、その一心だった。
そしてシラヌイ目の前に立つと、彼女は震えていた。
涙で濡れている頬、赤くなっている目。
そうして俺は静かに彼女を抱きしめた。
「なっ……何をしてるんだ!」
だが俺は言葉を発さなかった。
「離れろって……言ってるだろう!」
ゆっくりと彼女の頭を撫でた。
「僕は君に酷い事をしてしまったんだよ……!」
強く抱きしめ始める。
「ぼ……僕は命の恩人に酷い事をしたんだよ……」
段々とシラヌイの声は弱くなっていった。
そして俺は優しく話した。
「お前の気持ちはよくわかるさ……誰かに忘れられ、それが当たり前だと思われ……」
「それで怒らない奴はいないさ」
シラヌイの体が震えていた。
まるで雨で濡れて震えている狼のようだった。
「……君のところに行ったのを思い出したよ」
彼女の耳が少しピクッとした。
「無理しなくていいさ……君が記憶喪失なのは知ってるから……」
「いいや……嘘なんかじゃない」
そして俺は話した。
「君がいる祠に、一つのおにぎりを置いたんだ……そうだろう?」
シラヌイは静かに頷いた。
「その時に風が強く吹いて、木々が大きく揺れたんだ」
「それで俺は思ったさ、神様はいるんだって」
俺は少し黙り込んだ。
落ち着いて話せるように、シラヌイを傷つけないように。
怒声が止み、雨音が鮮明に聞こえるようになった。
雨本来の音や匂い、冷たさも何故か感じられた。
そして俺は言った。
「あれは君だったんだろう?」
その瞬間、シラヌイはか弱く応えた。
「覚えてるじゃないか……」
「ごめんな、君の話で思い出したんだ……全部じゃないけどな」
するとシラヌイは腕を俺の後ろに置き、抱き返した。
「それでも嬉しいさ……ありがとう……レイ」
「こちらこそ、思い出させてくれてありがとう……シラヌイ」
雨音が鳴り響く中、俺とシラヌイは抱きしめあった。




