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兄が選んだ青い花嫁衣装

シリがワスト領のグユウの元に嫁ぐ。


その知らせは、瞬く間にシュドリー城中へ広がった。


「シリ様がご結婚!?」

「それも、あのワスト領へ!?」

「グユウって誰だ。

そんな名、聞いたこともない!」


城内の誰もが驚き、

信じられないという顔をした。


モザ家は、美男美女を多く輩出する名門である。


その中でもシリは、家の誇りだった。


黄金を糸にしたような長い髪に、切れ長の青い瞳。 


背が高く、すらりとした姿で城内を歩けば、自然と人々の視線が集まる。


そんな姫が城を離れるのだ。


家臣や侍女たちが嘆くのも無理はなかった。


それからの2ヶ月、シュドリー城は婚礼の準備に追われた。


乳母のエマは朝から晩まで動き回っていた。


血相を変えて、侍女たちを怒鳴りつけ、指示を飛ばし、婚礼の準備に奔走している。


本来ならば婚礼資金は両家が出し合う。


しかし今回は、全てミンスタ領が負担していた。


「もう、やってられません……」


疲れた顔のエマがそう漏らすのも無理はない。



ゼンシから渡された指示書には、衣装の条件が細かく並べられていた。


・素材は柔らかく、繊細なひだの入ったもの

・レース、リボン、パフスリーブは禁止

・色は青、もしくは淡い紫

・刺繍は銀、白、金に限る

・宝石は透明度の高いブルーサファイアを使う


「これを短期間で作れというのですか」

仕立て屋が思わず愚痴をこぼすほど、注文は細部に及んでいた。


この婚礼には、単なる結婚以上の意味があった。


美しいシリを完璧に着飾らせ、ワスト領にミンスタの威光を見せつける。


それがゼンシの狙いだった。


しかし、肝心のシリ本人は、そんな準備に心底うんざりしていた。


ドレス、髪飾り、宝石、帽子──そんなものより、戦術や馬術の方が百倍面白い。


シリが「馬に乗りたい」と口にするたび、エマは烈火のごとく怒った。


「いけません! 

婚礼前に落馬して、傷でも負ったらどうするのです!」


結局、シリは婚礼まで一度も馬に乗れなかった。


そんな日々も、ようやく終わりが見えた。


出立の2日前、ついに婚礼衣装が完成した。


青いドレスはシリの瞳と同じ深い色をしていた。


裾にかけては銀の花刺繍が舞い、柔らかな生地が風に揺れる。


髪はエマが美しく結い上げ、黄金の光を宿していた。


「まあ……」

「シリ様、本当にお美しい!!」


侍女たちが歓声を上げる中、ドレスに興味のないシリですら、自分の姿を鏡に映してしばし見とれていた。


「ゼンシ様にお見せしましょう。

あの方のこだわりの結晶ですから」


エマの言葉にも一理ある。


ゼンシは何度も修正を指示し、仕立て屋を泣かせるほど手間をかけた。


エマがゼンシへ確認を取ると、わずかな時間だけ謁見が許された。


石畳の階段を、長い裾を引きながら上がる。


仄暗い広間では、ゼンシと数人の家臣が明日の「いとまの式」について打ち合わせをしていた。


いとまの式──家族や家臣に婚礼の報告をする正式な儀式である。


「シリ様!」


最初に声を上げたのは、小柄な男──キヨ・トミ。


その小さな身体と薄毛から「ハゲネズミ」とあだ名される男は、シリの元へ一目散に駆け寄った。


「なんという!なんという美しさ!」


その言動、視線、表情すべてが不快だった。


ねっとりとした目で、シリの全身を舐めるように見上げてくる。


ーー気持ち悪い。


シリは思わず身を引いた。


「おい、ゼンシ様より先に話しかけるな。

失礼だぞ」


注意したのは、無骨な家臣ゴロク・クニ。


年上で真面目な男だ。


シリと目が合うと、いつも顔を赤くして視線をそらす。


シリはこの誠実な家臣を心から信頼していた。


ワスト領までの旅路は、キヨとゴロクが警護を務めることになっている。


「シリ、よく似合っている」


奥の椅子から立ち上がったゼンシが、熱を含んだ目で妹を見た。


「兄上のおかげで、美しいドレスを作っていただきました。ありがとうございました」


お礼を述べるシリに、ゼンシはそっと近づき、頬へ手を伸ばした。


「……髪は、結わない方がいい。

自然のままが、美しい。エマに伝えておけ」


耳元で囁かれる声に、シリはぞっとした。


「……わかりました、兄上」


目を逸らし、ゼンシからそっと距離を取る。


──視線が、まるで絡みつくようだった。


それ以上耐えられず、シリは早々に礼を述べて部屋をあとにする。


彼女が去った直後、ゼンシは家臣に命じた。


「今夜、シリの部屋には近づくな」


次回ーー


政略結婚を前にした最後の夜。

シリの寝室を訪れたのは、兄ゼンシ。

その瞳に宿るのは、姉妹への愛ではなく――禁忌の執着だった。


「私は美しいと言う牢獄の中で暮らしている」

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