第25話 修羅の1年、到達の果て
あの日、人工的な夕日に染まるカフェで激しい言葉をぶつけ合い、それぞれの暗いアパートで涙を流した夜から、双子の時計は狂ったように動き始めた。
「ごめんね」の、たった一言が言えなかった。
お互いに、相手を誰よりも心配し、かつての下層区でおばあちゃんの温かい畑仕事を手伝いながら、泥の野菜を分け合って笑い合っていた日々を愛おしく思っているのに。
復讐という名の呪いに絡め取られ、引き返せない意地を張り合ってしまったために、アゲハとモミジは、それぞれの歪んだ信念を証明するかのように、中層区のレギュラーサバイバルへと狂ったように没頭していった。
アゲハが残された中層区のアパートは、モミジが去ってからというもの、異様なほどに広く、そして冷たく感じられた。
今では一人で食べる、おばあちゃんから貰った煮物。お母さんの料理の匂いを思い出す静かな夜。
アゲハは、自らの震える指先を見つめながら
「本当は、ただモミジに無事でいてほしかっただけなのに……」
と、何度も暗闇に囁いた。だが、朝が来れば、彼女は再び冷徹なサバイバーとしての仮面を被り、戦場へと赴く。
モミジもまた、同盟メンバーの待つギスギスしたチームハウスの片隅で、同じように膝を抱えて夜を越していた。
お姉ちゃんを傷つけるつもりなんて、なかった。
ただ、レベル12のまま自分を心配そうに見下ろすお姉ちゃんが眩しくて、レベル1に落ちて這いつくばっている自分の惨めさが、どうしても許せなかった。
「……こうするしか、あいつ(ラグランドル)に追いつく方法はなかったのよ……」
そう自分に言い聞かせた。
時の流れは非情であり、そしてあまりにも急速だった。
一年の歳月が、中層区の冷たい風と共に過ぎ去っていった。
その一年間、双子はたまにサバイバル前の巨大な待機ロビーで、遠くからお互いの姿を見かけることがあった。
ダークグレーのタクティカルウェアに身をまとり、鋭い眼光でボルテックたちと完璧なフォーメーションを組むアゲハ。
そして、大勢の同盟メンバーに囲まれ、冷たい支配者の笑みを浮かべるモミジ。
アゲハは、モミジの同盟チームのメンバー(サブリナやゲイダたち)から、モミジがレベル1から驚異的なスピードでキルを量産し、這い上がってきていることを小耳に挟んでいた。
だが、それと同時に、アゲハは気づいてしまっていた。
モミジの同盟チームの「平メンバー」たちのレベルが、一年前からほとんど上がっておらず、レベル12や13の低い位置でずっと足踏みしているという残酷な事実に。
平メンバーたちはキルをすべてモミジと、もう一つのチームのリーダーに吸い上げられ、ただの「弾除け(デコイ)」として搾取され続けているのだ。
「……モミジ、あなたは本当に、あの人たちを弾除けに……」
アゲハは、ロビーの隅でモミジの姿を見るたびに、胸を締め付けられるような不安を抱いていた。だが、今の自分が口を出したところで、モミジはさらに頑なに耳を塞ぎ、自分を拒絶するだけだと分かっていた。アゲハには、ただ見守ることしかできなかった。
姉妹の意地は、プレイスタイルの決定的な二極化となって、中層区の戦場に現れていた。
アゲハチームは、アゲハの徹底した「命優先の立ち回り」に磨きがかかっていた。
お互いの背中を100%信頼し合う4人。
ボルテックは、高レベルに達したスナイパーの特権である【念話】を駆使し、自らは安全な遠距離に潜みながら、前線のアゲハ、シーラ、メルティへ無音の的確な指示を送り続けた。
シーラが消音レーザーで障害物の壁を薄く溶かし、アゲハが【気配察知】で壁の向こうの敵を捉え、壁や盾を透過する【徹甲弾】ですり抜けさせてハントする。
実戦において、彼らの連携は神業の領域に達していた。
敵がどれほど頑丈な防具や盾を構えていようとも、アゲハの徹甲弾は壁や防具をすり抜け、無音で彼らのコアを直接撃ち抜く。
「傷一つ負わない、確実なサバイバル」を徹底することで、アゲハチームは、誰一人としてレベルをリセットされることなく、美しく、強固に中層区を上り詰めていった。
アゲハは約束通り、獲得したキル(資金)を、ボルテック、シーラ、メルティへ惜しげもなく漁夫の利の形で譲り続けた。それにより、彼女たちの実力とレベルも、アゲハと並ぶように均等に上昇していった。
一方、モミジ同盟は、モミジの持ち前の素早さと、敵の死角から幾何学的な軌道で銃弾を跳ね返らせる【跳弾】の神業を駆使し、物量で敵を圧倒し、がむしゃらにキルを奪い続けていた。
モミジの脳内物理計算(戦術脳)は、中層区のいかなるサバイバーをも凌駕していた。
敵がどれほど強固な遮蔽物の裏に隠れようとも、モミジは0.1秒の演算で、壁、地面、天井の反射角度を完璧に計算し、二丁リボルバーの銃撃を死角から叩き込む。
しかし、その凄まじい連戦連勝の裏側で、モミジ同盟の「歪み」は、確実にその不協和音を大きくしていた。
「はい、お疲れ様。今月も無事に生き残れてよかったね、モミジ『さん』」
サバイバル終了後のチームハウス。
サブリナが、モミジに向けて、どこかトゲのある、嫌味な薄笑いを浮かべて言った。
「サブリナ、何が言いたいの?」
モミジは冷たく視線を返した。
「別に? たださ、今月もキル(トドメ)は、ほとんどモミジさんと、あっちのリーダーに吸い上げられちゃったなと思ってね。私たちは、あんたの華麗な跳弾を引き立てるための、ただの『弾除け(デコイ)』だもんね。おかげで私たちのレベルは、一年前からほとんど変わらないままだよ。中層区での生活費もカツカツのままだ」
サブリナの言葉に、マーリンやゲイダたち平メンバーが、無言で、しかし同意を示すように目を伏せた。
「不満なら、いつでもこの同盟を抜ければいいわ。全員レベル10以下になれば、チームごと下層区行きは確実ね。引き止めはしない。……どうするの?」
モミジはいつもの冷酷な言葉で抑え込もうとするが、メンバーたちの瞳に宿る不信の濁りは、一年前のそれよりも明らかに深く濃くなっていた。裏切ろうとした身内をモミジが一切の躊躇なく射殺したあの日以来、同盟の足元には、恐怖による支配と、ヘドロのような憎悪が溜まり続けていた。
同盟の足元で、崩壊へのカウントダウンが、静かにその音を大きくしていた。
そうして、互いに譲れない意地を張り、サバイバルに狂奔した1年が経過した。
双子は、二十歳になった。
そしてついに、アゲハとモミジは、中層区の最高ボーダーラインであり、あのラグランドルのいる頂点――「上層区」への居住・サバイバル資格である、最高到達レベル20(累計200キル)を満たしたのである。
双子のステータスは以下の通りだ。
アゲハチーム
アゲハ:レベル21
他のメンバー(ボルテック、シーラ、メルティ):全員レベル20
(※お互いに高め合い、誰一人欠けることなく全員が上層区の資格を手にした、本物の信頼の結晶だ)
モミジ同盟
モミジ:レベル20
同盟チームのもう一人のリーダー:レベル20
他の平メンバー(サブリナ、マーリン、ゲイダ):レベル13〜14
(ほとんど上がってはいないが、さすがに不可抗力でのキルはたまにはあった。それでレベルは少しだけ上昇はしている ※リーダー二人だけがレベルを吸い上げ、他のメンバーは弾除けとして停滞させられた、歪んだ搾取の結晶だ)
だが、これだけ高レベルになってもスキルは増えていない。そう簡単に増えるものではなかった。
ここは端折っていいかなーと。書いてもいいけど、だらだら続くのもなーと思いつつ。。。
PS:明日の更新も通常通り20時です。




