第24話 沈黙の再会
中層区の中心街にあるカフェ。
ガラス張りの窓から差し込む夕日は、下層区の灰色とは違ってどこか温かく、店内はサバイバーや一般市民たちの楽しげな話し声、皿が触れ合う軽快な音、そしてお洒落なアコースティックのBGMで満ちていた。
その賑やかな日常の真ん中に、ぽつんと、そこだけ時間が凍りついたようなボックス席があった。
席の端に座っていたボルテック、シーラ、メルティ、そしてモミジに同盟を持ちかけたサブリナたちは、二人の間に漂うただならぬ空気に息を呑み、気を利かせて全員が席を外していた。
「……俺達は少し、外での用事を片付けてくる」
ボルテックのその言葉を最後に、3人は席を立つ。モミジを囲んでいたサブリナたちも同様にその場から離れる。
「それなら私たちは外で見張ってる」
と、そそくさと店を出ていったのである。
残されたのは、アゲハとモミジ。
テーブルを挟んで向かい合う双子の間には、周囲の賑やかなカップの音や笑い声とは対照的な、冷たく重苦しい沈黙だけが横たわっていた。
「……久しぶりね、モミジ」
最初に沈黙を破ったのは、アゲハだった。
彼女は、モミジのダークグレーのウェアの隙間から覗く、かつてより引き締まった――けれど、どこかやつれたような華奢な肩を見つめ、少しだけ声を和らげた。
「ええ。そうね、お姉ちゃん」
モミジの返事は、他人行儀なほどに冷たかった。彼女は、栗色のショートヘアの下から、アゲハを値踏みするように睨みつけている。
「モミジ……。あなたの噂は、中層区でも耳に入ってくるわ」
アゲハは、自らのコーヒーカップを両手で包み込みながら、少し哀れみを含んだ眼差しを妹に向けた。
「レベル1に落ちた後、下層区上がりの人たちと同盟を結んで、8人でレギュラーを回しているって」
「そうよ」
「……レベルは戻ったの? チームの様子は、どう?」
その「レベルとチームの様子はどう?」というアゲハの問いかけは、アゲハにとっては純粋な、妹を心配する姉としての言葉であった。
だが、レベル12を維持したまま中層区で名を馳せているアゲハから、レベル1にリセットされて落ちぶれた自分へ向けられたその言葉は――モミジにとっては、耐え難い「同情」であり、「哀れみ」にしか聞こえなかった。
モミジの瞳に、激しい不満と、抑えきれない劣等感の火が灯る。
「……お姉ちゃんには、関係ないでしょ」
モミジは、牙を剥くように低く、鋭い声を放った。
「関係ないことはないわ。私たちは双子なのよ? あなたが中層区で、お互いを『弾除け』としか思っていないような、いつ裏切られるか分からない歪んだ同盟を組んで、冷酷にメンバーを支配しているって聞いて、私は心配で――」
「心配? 笑わせないでよ!」
モミジはテーブルを小さく叩き上半身を乗り出した。周囲の賑やかなBGMが、一瞬だけ遠のく。
「お姉ちゃんはいいよね。あの時、ボルテックたちに助けられてレベル12を無傷で維持して、今じゃ『本物の信頼』を築いた4人チームでぬくぬくと這い上がってる。だけど、私はあの戦場で死んだのよ! レベルを元に戻すには、お姉ちゃんの言うような甘い理想論じゃ時間がかかりすぎるの! 大勢の人間を弾除けにしてでも、私は早くレベルを上げて、あいつ(ラグランドル)を殺さなきゃいけないのよ!」
不満げに激しい拒絶を示すモミジ。その頑なな態度に、アゲハの胸の奥にも、抑えきれない苛立ちと焦りが湧き上がった。
「そんな歪んだやり方で這い上がったって、最後には自分のチームメイトに後ろから撃たれる(フレンドリーファイア)だけよ! なぜそれが分からないの!? 復讐のために、自分の人間性まで捨てるつもり!?」
「人間性!? そんなもの、お父さんとお母さんが殺された日に私はとうに捨てたわよ! お姉ちゃんみたいに、いつまでも綺麗事(理想)を並べて、ちまちま走ってる余裕なんて私にはないの!」
「モミジッ! 死んだらまたレベル1になっちゃうんだよ!」
アゲハの鋭い叱責。
だが、モミジはすでに、アゲハを見限ったような冷ややかな目で立ち上がっていた。
「……話は終わりよ。お姉ちゃんとは、やっぱり分かり合えない」
モミジはバックパックを肩に担ぎ、冷たく言い放った。
「私は確実にラグランドルを殺したいの。お姉ちゃんは、その臆病な4人チームで、一生中層区で足踏みしていればいいわ」
モミジは翻り、カフェのガラス扉を激しく押し開けて去っていった。
アゲハは、遠ざかる妹の栗色のショートヘアを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
テーブルの上で冷めきったコーヒー。周囲の楽しげなBGMが今はひどく耳障りで、アゲハの胸を虚しく掻き乱していた。
**
――その日の夜。
中層区の、アゲハたちの新しいアパート。
部屋の照明を消した暗いリビングで、アゲハは一人、ベッドの上に膝を抱えて座り込んでいた。
窓の外から聞こえる風の音だけが、静まり返った部屋に小さく響く。
アゲハは、自らの震える指先を見つめながら、涙をこぼした。
「……なんで、あんな言い方をしちゃったんだろう」
おばあちゃんの畑で、泥まみれになりながら野菜を配って、二人で笑い合っていたあの温かい日々が、脳裏をよぎる。
本当は、ただモミジが無事でいてほしかっただけ。レベルなんてどうでもいい、ただ、お母さんたちのように「デリート(消滅)」されて、二度と戻れなくなることだけが、怖かった。
なのに、自分の言葉はいつも「お姉ちゃん風を吹かせた説教」になってしまい、妹の傷ついたプライドを、さらに深く抉ってしまう。
「モミジ……本当に、ごめんね……」
狭い、一人きりの部屋の静寂が、アゲハの孤独感をさらに深く押し潰していった。
**
同時刻。中層区の別の場所、モミジ同盟のチームハウスの、薄暗い一室。
モミジもまた、冷たいベッドの上に突っ伏したまま、自分の細い指先を見つめていた。
彼女の部屋もまた、静まり返っており、窓から見える冷たい中層区の景色が、彼女の孤独を際立たせていた。
「……そんなつもりじゃ、なかったのに」
お姉ちゃんを傷つけるつもりなんて、なかった。
ただ、レベル12のまま輝いているお姉ちゃんが眩しくて、レベル1に落ちて這いつくばっている自分の惨めさが、どうしても許せなかった。
お姉ちゃんの後ろで、また足手まといになって守られるだけの自分に戻るのが、死ぬことよりもプライドが許さなかった。
「なんで……なんでいつも、あんな言い合いになっちゃうのかな……」
モミジは、暗闇の中で、静かに涙を流した。
お互いに、本当はかつての温かい日常を求めているのに。
相手を失うことを、誰よりも恐れているのに。
「ラグランドルへの復讐」という、かつて両親が遺した呪いのせいで、意地を張り合い、二人はどんどん、引き返せない運命の深淵へと、すれ違いながら堕ちていく。
中層区の冷たい静寂の中で、双子の哀しい涙が、それぞれの夜を静かに濡らしていた。
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