第23話 対比される二つの絆
『転送を開始します。バトルエリア24――廃ドック及び倉庫街。制限時間、五時間』
システム音声が、潮風と錆びついた鉄の匂いが漂う中層区のバトルフィールドに響き渡った。
アゲハ、ボルテック、シーラ、メルティの四人は、転送と同時に素早く障害物の陰へと散開した。彼らの動きには一分の淀みもなく、それぞれが自らの「役割」を完璧に理解していた。
「――アゲハ、聞こえるか」
アゲハの頭の中に直接、ボルテックの静かな、けれどクリアな声が響いた。
それは、ボルテックが中層区の激戦を経てレベルアップしたことにより、狙撃手として獲得した新スキル【念話】だった。
このスキルは、精神をデータリンクさせ、戦場でどれほど距離が離れていようとも、リアルタイムで一切の音を立てずに情報のやり取り(通信)を可能にする。
遠距離に潜むボルテックと、前線で動くアゲハたち三人を繋ぐ、中層区の戦術においてこれ以上ない強力な架け橋だった。
「ええ、よく聞こえるわ、ボルテック。そっちの状況は?」
アゲハは、声を出さずに脳内の思考をボルテックへと伝達した。
「正面の赤錆びた倉庫。二階の窓に敵チームが待ち伏せてる。……だめだな、遮蔽が強固だ。正面から突っ込めば、メルティのライフルでも蜂の巣にされる」
ボルテックは、戦場からやや離れた、射線の通りやすい鉄塔の上からスコープを覗いていた。
【念話】は極めて強力な通信手段だが、発動中は銃と同様のデバフがあるため、ボルテック自身は「念話中は身体をほとんど動かせなくなる」という致命的な弱点が存在した。
そのため、アゲハは常にボルテックの周囲の安全(一定の防衛範囲)をシーラやメルティに警戒させ、ボルテックが危険に晒されないように、彼を守りながらこのスキルを運用していた。
「大丈夫よ、ボルテック。……シーラ、メルティ、作戦通りに行くわよ」
アゲハの脳内指令を受け、シーラとメルティが同時に頷いた。
アゲハは、倉庫の壁にそっと背を預け、自身の【気配察知】を研ぎ澄ませた。
コンクリートの分厚い壁の向こう。待ち伏せて、アゲハたちが正面入口をくぐるのを今か今かと待ち構えている敵サバイバー二人の生命の座標が、アゲハの脳裏に「紅い光の点」として完璧にトレースされる。
「位置のトレース、完了。……シーラ、右から三人目の窓の下、高さ一・五メートルの位置の壁を、レーザーで溶かしなさい!」
「了解!」
シーラが、特異な発光ラインを持つレーザーガンを物質化させた。
射撃音が一切しない【消音】の熱線が、アゲハが指示した壁の一点を、じわじわと、静かに焼き、溶かしていく。
コンクリートが赤く焼け、物質のデータ的な結びつきが分解され、極限まで「薄く」削り取られていく。
「気配察知……敵はまだ気づいていない。壁が薄くなったわ!」
アゲハは自分のピストルを具現化し、その弾丸に、【徹甲弾】を装填した。
具現化する弾丸が、壁や防具を「すり抜けて」撃ち抜く、超常の貫通スキル。
壁が厚すぎれば弾丸は透過しきれずに弾かれるが、シーラのレーザーによって極限まで薄く熱せられた壁なら――抵抗を限りなくゼロにして、完全にすり抜けることができる。
アゲハは、薄くなった壁の一点に銃口をピタリと押し当て、引き金を引き絞った。
――ドォンッ、ドォンッ!
消音レーザーの静寂を切り裂くように、アゲハのピストルだけが重い銃声を放った。
放たれた二発の徹甲弾は、シーラが溶かした壁を「すり抜けるように」透過し、壁の裏側で待ち伏せていた敵の胸のコアへと、完璧に吸い込まれていった。
「な、がはっ!? どこから撃た――」
壁の破壊音すらなく、突如として壁をすり抜けてきた弾丸にコアを射抜かれ、敵の二人が驚愕の表情のまま、赤い粒子となって消滅していく。
『キル獲得。+2000ラム』
『キル獲得。+2000ラム』
アゲハの視界の端にポップアップした、二つの電子報酬。
壁の向こうの敵は、自分たちがどこから撃たれたのか(無音のレーザーと、壁をすり抜けてきた死神の弾丸)すら理解できないまま、一方的にパニックに陥り、壊滅していった。
これが、アゲハチームが中層区のレベル差を完全に無効化し、無傷で生き残るために構築した「最強の壁越しハント戦術」だった。
この高度な連携により、アゲハチームは中層区で「見えない無音の死神」として確実に、そして急速に名を馳せていった。
サバイバル終了後、アゲハチームはいつものように無傷での生還を果たし、お互いの背中を100%信じて預けられる、本物の「家族」のような温かい信頼関係を築き上げていた。
「アゲハ、あなたとなら、あの地獄のようなプレミアムサバイバルであっても、本当に生き残れる気がするわ」
シーラが、アパートのテーブルで温かいコーヒーを飲みながら、実直な笑顔を浮かべた。
メルティも、アサルトライフルを愛おしそうに磨きながら、「本当さ。お前がリーダーで、本当に良かったよ」と、男勝りな笑顔を見せるのだった。
**
だが、同じ中層区の、別の廃墟アパートの一室。
そこには、アゲハチームとはあまりにも対照的な、冷たく、歪んだ不信の闇に包まれた「モミジ同盟」の姿があった。
「おい、サブリナ! なんでさっき、俺の目の前の敵をカバーしなかったんだ!」
サバイバル終了後のチームハウスで、ゲイダが怒り狂ってサブリナに食ってかかった。
「アタッカーの攻撃を浴びそうになってた俺を、お前はただ見てやがった! わざと弾を外しただろ!」
サブリナは、ゲイダを冷たく睨み返し、フンと鼻を鳴らした。
「うるさいね。あそこで無駄な弾幕を張って、私のキルのチャンスを失いたくなかっただけだよ。あんたが弾除け(デコイ)になってくれたおかげで、敵の体勢が崩れて、私がキルを奪えた。同盟のルール通りだよ」
モミジ同盟の戦闘は、キル数(モミジの跳弾による荒稼ぎなど)こそ増えていたが、その内情は、お互いを「駒」としてしか見ていない、醜い醜悪な関係だった。
味方がピンチになっても、誰も助けようとはしない。
「あいつに弾を受けさせ、瀕死にさせれば、その隙にトドメを刺して自分がキルを奪える」
「身内が邪魔な位置にいたら、四肢をわざと撃ち抜いて(裏ルールの抜け道)、移動を制限させて手柄を奪う」
お互いが、自分を守るための弾除け、そして自分の利益のための踏み台。
戦闘のたびに繰り返される、殺伐とした身内同士の「キルの奪い合い」と「弾除けとしての押し付け合い」。
モミジは、その醜い不信の嵐の真ん中で、二丁のリボルバーを消し、冷酷にメンバーたちをねめつけた。
「ちゃんと連携しないと、レベル以前に全滅してしまうわ! わかってるの!? 返事したなら、二度とやらないで!」
モミジの冷酷な実力支配。
メンバーたちは、モミジに生殺与奪の権(レベル維持の鍵)を握られていることを突きつけられ、屈辱と憎悪に震えながら引き下がるしかなかった。
双子が中層区でそれぞれ築いた、二つの「絆」。
お互いの背中を100%信じて預ける、アゲハチームの「信頼の光」。
お互いをただの弾除けとして利用し合う、モミジ同盟の「不信の闇」。
この決定的な二つの絆の対比が、やがて訪れるプレミアムサバイバルでの、それぞれの「宿命の結末」へと、不気味な足音を立てて繋がっていくのだった。
次回、双子のサバイバルの続きは月曜20時からとなります。今週もお付き合いありがとうございました。




