第22話 不信の支配
『転送を開始します。バトルエリア15――廃重工業地区。制限時間、五時間』
システム音声が響き、モミジ率いる「8人同盟」の面々は、再び錆びついた鉄骨とドックが広がる仮想空間へと送り出された。
8人同盟の物量戦術は、相変わらず中層区のレギュラーサバイバルにおいて圧倒的な強さを誇っていた。8人がかりでエリアを包囲し、孤立した4人チームをすり鉢状に追い詰めて圧殺する。その戦果だけを見れば、中層区のどのサバイバーも羨むような連戦連勝だった。レベルさえも全く気にならないほどに。
しかし、その戦場に漂う空気は、もはやお互いの背中を預け合う「仲間」のそれとは程遠く、氷のように冷たく張り詰めていたのだった。
「モミジさん、あそこの倉庫に1チーム隠れてる! レベルは全員15前後、3人は確認した!」
斥候(索敵)を務めていた他チームのメンバーが、息を切らせて戻ってきた。
「よし、マーリンは隣の鉄塔から窓を狙撃して。残りの6人で正面と裏口を固めて、一気に制圧するわよ」
モミジの冷徹な指示。
通常なら、これで完璧な包囲網が完成するはずだった。
しかし、その指示が下された瞬間、同盟メンバーの一人であるレベル10の男が、不満を剥き出しにした表情で舌打ちをした。
「……またモミジさんとリーダーのトドメ待ちかよ。やってられねえな」
その呟きは、他のメンバーの耳にも届いていた。
キルはすべてモミジと、もう一つのチームのリーダーに吸い上げられる。自分たち平メンバーは、どれだけ最前線で弾雨に身を晒しても、1ラムの報酬も手に入らず、ただ中層区の生活費(家賃や最低限の維持費)に怯える毎日が続いている。
その「搾取」に対する不満は、すでに限界に達していた。
「おい、俺が右から突っ込む! トドメは俺がもらうぞ!」
男はモミジの「待機して包囲を狭めなさい」という警告を無視し、功を焦ってアサルトライフルを具現化させると、単独で倉庫の正面入口へと走り出した。
「待ちなさい! 戻って!」
モミジが鋭い声をあげるが、男は耳を貸さない。
案の定、男が倉庫の扉に近づいた瞬間、中に潜んでいたレベル15の敵チームの正確な迎撃が彼を襲った。
――バババババッ!
「なんだっ!? クソ、待ち伏せか! ぐっ!」
至近距離からアサルトライフルの弾丸を浴び、男は盾を物質化させることもできず、腕や脚を激しく撃ち抜かれて転倒した。ライフは一気にイエローゲージ(瀕死)まで削られ、その場から動けなくなる。
「あ、あいつ、勝手に突っ込んでやられたぞ!」
ゲイダが叫んだ。
「助けに行くか?」
他チームの平メンバーが尋ねるが、その声には、仲間を心配する温もりなど微塵もなかった。
「ハッ、自業自得だ。勝手にスタンドプレーをして自滅したバカを、なんで俺たちが命がけで助けなきゃならないんだ? あいつが弾除け(デコイ)になっている間に、敵の隠れ場所がはっきりした。好都合だろ」
隣にいた同盟メンバーは、撃ち抜かれて悶え苦しんでいる仲間を、ただの「肉の盾」として冷酷に傍観していた。
お互いが、自分を守るための弾除けに過ぎない。
彼らの歪んだ関係が、戦場の中でこれ以上ないほど生々しく露呈していた。
「……サブリナ、ゲイダ、動かないで。マーリン、敵の狙撃手の頭を抑えて」
モミジの瞳は、傷つき倒れた仲間を見ても、ピクリとも動揺しなかった。
彼女は、倒れた男を「助ける」のではなく、「彼が最も効率的な『デコイ』として機能している瞬間」を、冷徹に利用することを選択した。
モミジは二丁のリボルバーを具現化し、身を落とす。
「いい? 敵の視線は倒れた彼に集中している。……撃つよ!」
モミジは【気配察知】を研ぎ澄まし、油断して扉の影から身を乗り出した敵を正確にトレースする。
そして、彼女の脳内物理計算(戦術脳)が、一瞬にして幾何学的な跳弾のラインを弾き出す。
――ババァンッ!
モミジが放った弾丸は、床の鉄板で鋭角に反射し、コンクリートの梁を跳ね返り、敵の盾の「裏側」へと吸い込まれるように着弾した。
「なっ、ぐはぁっ!?」
敵の一人が、予期せぬ方向からの狙撃に胸を撃ち抜かれ、赤い光となって消滅する。
敵の陣形が崩れた瞬間、モミジは残りのメンバーに冷酷に命じた。
「全員、突撃しなさい。敵は一人消えたわ。数の暴力で圧殺するのよ」
「おおおぉぉッ!」
ゲイダやサブリナたちが、狂ったようにサブマシンガンを連射しながら突入する。
数の差は圧倒的だった。
残された敵の3人は、8人がかりの集中豪雨のような弾幕の前に、反撃の機会すら得られないまま、赤いエフェクトと共に一瞬で消滅していった。
戦闘が終了した時、モミジたちの目の前には、瀕死のまま床に倒れ伏している「身内(暴走した同盟メンバー)」が、四肢から血のデータ(光の粒子)を流してのたうち回っていた。
モミジは、その倒れた男の前に、ゆっくりと歩み寄った。
彼女は、二丁のリボルバーを構えたまま、冷たい、温度のない瞳で男を見下ろした。
「……も、モミジさん……助け、て……セーフティが、発動しちまう……!」
男が、瀕死の痛みに震えながら、縋るように手を伸ばす。
だが、モミジは、その男の頭部に向けて、無慈悲に銃口を向けた。
「ま、待て!」
するとゲイダが割って入ってきた。
「はぁ……。前にも言ったはずよ、ゲイダ。私の指示に従わないスタンドプレーは、同盟を崩壊させるって」
「だ、だがよ!」
「……わかったわ。じゃあこうしましょう」
モミジはしぶしぶ男に振り向いた。
「いい? 一つ、私に殺されてレベル1にリセットされチームを追い出される。二つ、私の言う事は必ず守る。そのかわりチームもレベルも維持はされる。どっちを選ぶ?」
「わかった! あんたの言う事は絶対に守る! だっ! だから!」
――バァンッ!
モミジは不意に銃を発砲した。ゲイダは困惑した様子でモミジに問いかける。
「ど、どうして!」
「あいつの手を見てみなさい。銃を具現化して私を殺そうとしてたの」
男は銃でモミジを撃とうとしていたのだった。だがモミジはすぐ気づき、容赦のない一発が男の眉間を撃ち抜いた。
男の身体が、一瞬にして鮮やかな赤い光のエフェクトに包まれ、悲鳴と共に光の塵へと還り、ドックの虚空へと消滅していった。
『キル獲得。+2000ラム』
モミジの視界の端にポップアップした、冷たい電子報酬。
――サバイバル終了後。
各アパートへの帰り道。中層区の薄暗い裏路地を歩く、サブリナ、マーリン、ゲイダの三人の背中には、重苦しい敗北感と不気味な不信の闇が漂っていた。
「なあ……サブリナ」
マーリンが弱々しく呟いた。
「モミジさんが最後撃ったやつ、あの同盟チームのキルは防げなかったのかな」
「俺たちがせめて敵に気づきさえできていれば……あんな瀕死な状態にはならなかったのかもしれないのに」
ゲイダは、くやしさを押し殺していた。
「わからないでもないわ。でも今だけはどうにもできない。キルはすべてモミジさんなのも納得はしてるから。モミジさんがレベルを戻さないといけないからね」
サブリナは信頼はしていないながらも、しぶしぶと言った表情であった。
「だがなあ……あの冷徹さのままで本当に『プレミアムサバイバル』が始まった時、俺たちは……生き残らせてもらえるのか? レベルもまだそこまで上がってないし。あいつは平気で、俺たちを後ろから撃ち殺すんじゃないか?」
「とりあえずモミジのレベルを同等にするまではわからないわね」
こう言う他なかったのであった。
モミジの『8人同盟』は、キル数は稼げる。だが、そこにはお互いの背中を100%信じて預けられる「信頼」などは微塵も存在しなかった。お互いが、自分を守るための「弾除け」に過ぎない。
**
モミジは一人、薄暗いアパートの自室に戻り、ベッドに突っ伏したまま、自分の冷たくなった指先を見つめていた。
頭の中に、かつてアパートのリビングでアゲハが言い放った言葉が、呪いのように響き渡る。
『そんな寄せ集めの大所帯なんて、裏切りのリスクが跳ね上がるだけよ! プレミアムサバイバルになった時、人数が余ったらどうするの? 身内同士で撃ち合いが起きるに決まってるわ!』
「……わかっているわよ、お姉ちゃん」
モミジは、暗闇の中で、消え入りそうな声で呟いた。
「でも……こうするしか、あいつ(ラグランドル)に追いつく方法はなかったのよ……」
中層区の錆びついた歯車の裏で、崩壊寸前の歪みが、確実にその不満の泥を溜め込んでいた。
双子の「対立」と「不信」が、最悪の決裂の歯車を、さらに激しく回し始めていた。
ドッロドロ……ですやん。どうしましょ




