第21話 すれ違いの照準
第17戦目のレギュラーサバイバル。
今回のサバイバルは、いつもとは異なる特殊な仕様が適用されていた。
中層区のサバイバルは、下層区に比べてエントリーする人口自体が少ない。そのため、時間帯によっては100名のマッチングが規定数に達しないことが稀にある。システムはその際のバランス調整として、今回のサバイバルに限り『エントリー人数過少につき、生存・レベル維持枠を20名に拡張します』というシステム特例を通知していたのだ。
生存枠がいつもの10名から「20名」に倍増している。
サバイバーたちにとっては、レベルをリセットされずに生き残るための、またとない絶好の「緩い機会」だった。
モミジはこの好機を活かすため、事前に同盟メンバー全員に、ある命令を厳命していた。
「いい、全員。戦場でアゲハのチームを見かけても、絶対に攻撃を仕掛けるんじゃないよ」
中層区のアパートでの同盟ミーティングの席上。
モミジは、冷淡な瞳の奥に、唯一残された「肉親への情」を隠しながら、8人の同盟メンバーに向けてそう厳命した。
「はあ? 何を言い出すんだよ、モミジさん」
サブリナのチームと同盟を結ぶ、もう一つの4人チームのメンバーが不満そうに声を上げた。
「あのチームは今や中層区でトップクラスの実力だ。見つかればハントされる。なんでこちらから攻撃しちゃいけないんだ? もしかして、あんたの姉だから――」
「これは、この『8人同盟』を維持するための絶対条件よ」
モミジは、男の言葉を遮るように、鋭く、有無を言わせない視線を突き刺した。
「言い訳は許さない。アゲハチームの姿を確認したら、こちらから静かに距離を置き、戦闘を避けること。もしこの命令に背いた者がいれば……その瞬間に同盟から除外して、元のレベル1へ堕ちる恐怖を味合わせてあげるわ。わかった?」
モミジの冷酷な威圧感に、同盟のメンバーたちは不満を飲み込み、黙って頷くしかなかった。
だが、彼らの胸の奥には、モミジの「身勝手な私情」に対する不信の種が、確かに植え付けられていた。
――そして、本番のサバイバルが開始された。
バトルエリア24――廃ドック及び倉庫街。
アゲハ率いる少数精鋭チームの4人は、中層区でその名を轟かせる強豪チームと遭遇し、膠着状態に陥っていた。
敵のリーダーは、『堅実のアドム』。レベルは『17』。
アドムチームの戦術は、中層区でも屈指の堅牢さを誇る「分散立てこもり」だった。
4人それぞれが、互いにカバーし合える位置にある「一つの小さな建物」を個別に占拠。一人が襲われても、残る三人がそれぞれの窓から死角を補うように正確な援護射撃を放ち、絶対に敵を近づけさせない鉄壁のディフェンス陣形。
「アゲハ、あいつら手ごわいね。お互いに死角を守り合ってやがる。うかつに近づけば、横の建物の窓から蜂の巣にされるよ」
メルティが、コンクリート壁の陰でアサルトライフルを抱え、舌打ちをしながら言った。
シーラも、レーザーガンのチャージを躊躇っている。アドムたちの鉄壁のカバーの前には、迂闊に身を晒すことは死を意味していた。
だが、アゲハの瞳は、冷徹な戦術眼で、アドムチームの陣形を静かに見極めていた。
「いいえ。彼らの戦術は確かに堅実だわ。……だけど、お互いが『別の建物』に隠れて、壁の向こうが見えないからこそ、私たちの連携が100%刺さる」
アゲハは、シーラと目線を合わせた。
「シーラ、作戦通りに行くわよ。私の【気配察知】で、右の建物に籠るアドムの相棒の位置は完全にトレースできている。……あの部屋の壁を、レーザーで焼きなさい!」
「はい!」
シーラがレーザーガンを具現化。
射撃音が一切しない【消音】の熱線が、アゲハの指示した建物の壁の一点を、じわじわと、音もなく高熱で溶かしていく。コンクリートが赤く焼け、削り取られていく。いくら死角がないといっても建物内だと以外と多い事は知っている。
「気配察知……トレース完了。壁が十分に薄くなったわ」
アゲハは、自分のセミオートマチック・ピストルを具現化し、弾丸に【徹甲弾】の貫通属性を付与した。
具現化する弾丸が、壁や防具を「すり抜けて」撃ち抜く、超常のシステムスキル。
アゲハはピストルを構え、溶けて薄くなった壁の一点に向けて、引き金を引き絞った。
――ドォンッ!
乾いた銃声が響く。
放たれた徹甲弾は、シーラによって削り取られた壁の薄い部分を、文字通り「すり抜けるように」透過し、壁の裏側で完璧に油断していた敵の胸を、正確無比に撃ち抜いた。
「が、はっ!? な、何だ、どこから――」
壁の破壊音すらなく、突如として壁を透過してきた弾丸にコアを射抜かれ、敵の一人が驚愕の表情のまま赤い粒子となって消滅した。
これで、アドムチームの鉄壁の「死角カバー陣形」に、決定的な風穴が開いた。
「メルティ突撃して! ボルテック、残る三人のカバー射線を潰して!」
「おうよ! 待ってましたッ!」
メルティがアサルトライフルを連射しながら突撃し、ボルテックの狙撃銃が、隣の建物から顔を出そうとしたアドムの照準を正確に弾く。
アゲハチームの、完璧な「信頼」に基づく波状攻撃が、アドムチームを瞬く間に圧倒していった。
しかし――。
その激しい戦闘エリアのすぐ近く、瓦礫の山に身を潜めているサバイバーたちがいた。
モミジ率いる、同盟チームのメンバーたちだった。
彼らは、アゲハたちの姿を確認していた。
「おい、あれはモミジさんの言っていた『姉のチーム』だぞ。……どうする? 漁夫の利を狙う絶好のチャンスだ」
「ダメだ。モミジさんの命令を破れば、同盟からキックされてレベル1に落とされる。……ここは手を出さずに、静観するんだ」
同盟メンバーたちは、モミジの厳命を律儀に守り、アゲハチームを攻撃したい衝動を必死に抑え、ただ様子を見ていた。
だが、アゲハは、彼らがモミジの同盟メンバーであることなど、知る由もなかった。
激しい戦闘の最中。
アゲハチームの背後をカバーしていたボルテックの『眼』が、見晴らしの良い瓦礫の上で、銃を具現化もせず、中途半端に立ち尽くしているモミジの同盟メンバー(レベル10)の一人を、正確に捉えた。
「アゲハ、あそこの瓦礫に、無防備なサバイバーがいる。アドムのチームの斥候か、あるいは漁夫の利を狙うネズミだ。――仕留めるぞ」
「お願い、ボルテック。退路を確保するために、背後の脅威は排除して」
アゲハの冷静な判断。ボルテックは、引き金を引いた。
――ズドォンッ!
重厚な狙撃音が響き、モミジの命令を忠実に守って手を出さずにいた同盟メンバーの一人が、胸のコアを撃ち抜かれ、何が起きたのか理解できない絶望の表情のまま、赤い光の塵となって消滅した。
『キル獲得。+2000ラム』
「狙撃成功。ネズミを1キルもぎ取った。アゲハ、アドムたちが後退し始めたぞ。深追いはせず、俺たちもすぐに引くぞ!」
「ええ、離脱しましょう!」
アゲハチームは、キルを奪った直後に素早くその場から離脱し、安全なエリアへと後退していった。
残されたのは――。
味方を一方的に撃ち殺され、愕然と立ち尽くすモミジ同盟のメンバーたちだった。
「……おい、嘘だろ……」
一人が、消え去った仲間の光の残渣を見つめ、わなわなと震えた。
「俺たちは……モミジさんの言いつけを守って、あいつら(姉チーム)を攻撃しなかったんだぞ……!? なのに、あいつらは、俺たちを手加減なく、背後から撃ち殺しやがった……!」
「……ふざけるなッ! なんで俺たちだけが攻撃を我慢して、一方的にあいつらに殺されなきゃいけないんだ!!」
同盟メンバーたちの胸の中に、限界まで溜まっていた不満が、一瞬にして激しい怒りへと爆発した。
サバイバル終了後。
現実世界に戻ったモミジ同盟のチームハウスには、これまでになく一触即発の真っ赤な怒りの嵐が吹き荒れていた。
「モミジッ! 説明してくれよ! せっかくの生存チャンスが台無しだ!」
生き残った同盟メンバーが、モミジの胸ぐらを掴まんばかりの勢いでテーブルを叩いた。
「俺たちの仲間の一人が、あの『アゲハのチーム』に、一方的に狙撃されてレベル1に落とされたんだ! 俺たちはあんたの命令を忠実。本当に忠実に守って手を出さなかったのに、あいつらは容赦なく俺たちを撃ち殺しやがった!」
「そうよ! あいつらは俺たちを手加減なく殺してくるのに、なんで俺たちだけが攻撃を我慢しなきゃならないんだ! モミジ、あんた、あの姉貴と裏で繋がって、俺たちを売ったんじゃないだろうね!?」
サブリナやゲイダも、沈痛な表情でモミジを見つめている。
モミジは、喉の奥をキリキリと限界まで締め付けられるような、激しい焦燥感と葛藤に襲われていた。
(――お姉ちゃんは、私のチーム(サブリナたち)の顔やIDは知っているから、遭遇しても絶対にキルはしないはずよ。だけど、私のチーム以外の同盟メンバー(別チーム)の顔や名前なんて、お姉ちゃんが知るはずがない……。そもそも、あの朝にアパートを飛び出して以来、私はお姉ちゃんと一度も会っていないんだから、伝える機会すら最初からなかった……。お姉ちゃんには、何の非もないのよ)
それは防ぎようのない『必然的なすれ違い』による悲劇だった。
その真実をここで口にしてアゲハを庇えば、同盟メンバーたちは間違いなく「やはり身内で繋がって俺たちを売ったんだ」と暴動を起こすだろう。お姉ちゃんを庇う言い訳は、この場では絶対に口にできない。
モミジは、胸の奥を引き裂くような悔しさと孤独を強引に押し殺し、冷酷な仮面を貼り付けたまま、彼らを静かに睨みつけた。
「……前にも言ったはずよ」
モミジの声は、どこまでも冷たく、残忍に響いた。
「嫌なら、今すぐこの同盟を抜けなさい。抜けて、レベル10以下のひ弱なチームに戻って、中層区の強豪に囲まれてレベル1に落とされればいいわ。……私は、あなたたちの命を守ってあげているのよ。これ以上の文句は、一切受け付けない」
モミジの絶対的な力による冷たい支配。
同盟メンバーたちは、その瞳に宿る圧倒的な戦術眼と、逆らえば下層区へ落とされるという恐怖に気圧され、それ以上は言葉を失い不満を飲み込むしかなかった。
彼らの胸の内に刻まれた「不信」と「怒り」は、もはや力では押さえつけられないほどに、深く、深く、その毒を溜め込んでいた。
モミジ同盟の足元で、崩壊へのカウントダウンが不気味な音を立てて早まっていく。
双子の「すれ違い」が最悪の決裂の歯車を、さらに激しく回し始めていた。
題名、カッコヨイ……ンダヨイ……ヨイ……




