第20話 同盟の快進撃と歪み
廃重工業地区での初勝利を契機に、モミジ率いる「8人同盟」は、中層区のレギュラーサバイバルを嵐のように蹂躙し始めた。
通常、サバイバーたちが戦場で談合や協力関係を結ぶ場合、システムによる「不自然な非交戦データ」の検知を恐れて、コソコソと隠れて行うのが普通だった。しかし、モミジたちはシステムをハックする【同盟の認証(エントリー同期)】をあらかじめ行っている。システム上、彼らの非交戦は「正規のシステム機能」として処理されるため、8人は戦場で堂々と連携し、他の4人チームを蹂躙することができた。
中層区のサバイバーたちの間で、その異質な「数の支配者」たちの噂は瞬く間に広がり、彼らは戦場で出会えば真っ先に逃げ出すべき『最悪の浮いた存在』としてマークされるようになっていった。
しかし、その圧倒的な快進撃の足元では、冷たい不信の闇が、じわりと広がり始めていた。
中層区の下層に近い安アパート。
同盟を組む二つのチーム、合計8人がテーブルを囲むミーティングの席で、モミジは冷徹な声で「ルール」を告げた。
「次のサバイバルでも、基本戦術は変わらないわ。……ただし、これだけは徹底してもらう。キルのトドメ(キル報酬)は、すべて私と、もう一つのチームのリーダーである彼にだけ譲りなさい」
モミジが視線を向けた、もう一人の4人チームのリーダーである男は、満足そうに腕を組んで頷いた。
だが、その言葉に、サブリナ、マーリン、ゲイダ、そして他のチームのメンバーたちの表情が、一瞬にして凍りついた。
「モミジさん……それ、本気で言ってるのか?」
ゲイダが、不満を抑えきれない聲音で身を乗り出した。
「俺たちだってレベル10でギリギリなんだ。いつ中層区の強豪にリセットされて落とされるか、毎日怯えて暮らしてる。多少は……俺たちにもキルを回してくれたっていいだろ。あんたたちのレベルを20(上層区の資格)に上げるためだけに、俺たちは命を張ってるわけじゃないんだ」
サブリナもまた、傷ついたような、やりきれない瞳でモミジを見つめている。
だが、レベル1に堕ち、泥水をすすって這い上がろうとしているモミジの瞳には、かつての優しさの面影は微塵もなかった。
「忘れたの、ゲイダ」
モミジは、氷のように冷たい視線を男に突き刺した。
「あなたたちは、中層区の4人チームの連携に勝てなくて、いつリセットされるか怯えていた。私の『戦術眼』と『8人同盟』のアイデアがあったからこそ、あなたたちは今、無傷でここにいられるのよ。この同盟を維持するための対価として、リーダーである二人のレベルアップを最優先するのは、当然の論理よ」
「だけどよ……!」
「嫌なら、今すぐこの同盟を抜けなさい」
モミジの容赦のない言葉が、ゲイダの反論を完全に圧殺した。
「抜けて、元のひ弱な4人チームに戻って、中層区の手練れに囲まれてレベル1に落とされればいいわ。全員レベル10以下になれば下層区行きは確実ね。引き止めはしない。……どうするの?」
誰も、答えられなかった。
一度同盟の「数の暴力」による安全な勝利に味をしめてしまった彼らに、いまさらソロや4人チームという「死と隣り合わせの地獄」へ戻る度胸など、あるはずがなかった。
「……わかったよ。指示に従えばいいんだろ!」
ゲイダが悔しそうに顔を背け、平メンバーたちも、ただ黙って俯くしかなかった。
モミジは、彼らを「仲間」ではなく、ただ自分を上層区へ運ぶための「弾除け(デコイ)」、そして「システムの駒」として冷酷に支配していた。
――数日後。
第16戦目のレギュラーサバイバル。
エリア15の崩落したドック。
モミジの放った「釣り銃声」に誘い込まれ、管制塔に突入した敵の4人チームは、8人がかりの圧倒的な集中弾幕の前に、一瞬にして壊滅寸前に追い詰められていた。
「クソッ、待ち伏せか! 中層区でこんな小賢しい談合を――」
敵の最後の生き残りである、レベル18のサバイバーが、強固な鉄板の遮蔽物の裏へと滑り込み、絶望的な応戦を試みようとしていた。
鉄板の厚みは、アサルトライフルの弾丸はおろか、シーラのレーザーですら数秒は防ぎきるほどに頑丈だった。
「モミジさん、あいつ鉄板の裏から動きません! 回り込もうにも、死角から狙撃されます!」
同盟のメンバーが焦った声を上げる。
「回り込む必要なんてないわ」
モミジは、二丁のリボルバーを両手に具現化させ、静かに一歩前に出た。彼女は、自身の【気配察知】を極限まで研ぎ澄ます。鉄板の裏で、恐怖に息を荒げている敵の座標。それが、モミジの脳裏に視覚的なイメージとして完璧にトレースされていた。
そして――モミジの「戦術脳」が、驚異的な速度で演算を開始した。
モミジの脳内では、鉄板の角度、背後にある錆びついたサイロの壁の位置、そしてコンクリートの地面の反射角が、無数の「幾何学的な光のライン」として瞬時に弾き出されていく。
――新スキル【跳弾】。
モミジは、腰を落とし、体幹を完璧に固定。
そして――彼女は、敵が潜む鉄板ではなく、まったく明後日の方向である「右手のサイロの壁」と「地面」に向けて、二丁のリボルバーの引き金を引いた。
――ババァンッ! ――ババババァンッ!
激しい銃声がドックに響き渡る。
放たれた弾丸は、モミジの超高速な脳内物理計算通りに、右の壁で鋭角に反射し、次いでアスファルトの地面で跳ね返り、鉄板の裏側に潜んでいたサバイバーの「死角」へと、完璧な幾何学軌道を描いて吸い込まれていった。
「なっ――がふっ!?」
鉄板の陰で安心していた男は、背後の地面から跳ね上がってきた弾丸に、胸のコアを正確に撃ち抜かれ、驚愕の表情のまま赤い粒子となって消滅した。
『キル獲得。+2000ラム』
モミジの視界の端に表示された、確かな報酬。
「……バカな……今の、跳弾を計算して撃ったのか……?」
ゲイダやサブリナ、同盟のメンバーたちは、モミジが披露した異次元の戦闘技術に、ただ息を呑み、恐怖の混じった羨望の眼差しを向けることしかできなかった。
レベル1の身体能力でありながら、おばあちゃんの特訓で培った「極限の技術」を完全に肉体化しているモミジ。彼女は、システムに頼ることなく、本物の力で戦場をハックしていた。
サバイバル終了後。
モミジは瀕死となっていて動けないサバイバーのキルをも奪ってレベルを順調に戻そうとしていた。
アパートへの帰り道。
サブリナ、マーリン、ゲイダの三人は、薄暗い中層区の路地を歩きながら、重苦しい沈黙を破った。
「ねえ……サブリナ。モミジさんは、本当に私たちのことを、仲間だと思っているのかな。このままだとたまにキルはもらったとしても、お金が貯まらなくて生活も変わらないままだよね」
マーリンが、繕ったばかりの靴下の先を見つめながら、弱々しく呟いた。
「俺たちは、ただの弾除け(デコイ)じゃないのか? キルはすべてモミジさんとあいつに吸い上げられ、俺たちは、いつかプレミアムサバイバルが始まった時……本当に生き残らせてもらえるのか?」
ゲイダが今度は呟く。サブリナは何も答えられなかった。
モミジの『8人同盟』は、キル数は稼げる。だが、そこにはお互いの背中を100%信じて預けられる「信頼」などは微塵も存在しなかった。
お互いが、自分を守るための「弾除け」に過ぎない。
中層区の錆びついた歯車の裏で、崩壊寸前の歪みが、確実にその不満の泥を溜め込んでいた。
バレなきゃ狙い撃ちできるし、一人でも倒せば、人数的には強いよね。仲間がやられてないのは運がいいだけです。




