第17話 4人での初陣
『転送を開始します。バトルエリア18――工場地帯区。制限時間、五時間』
無機質なシステム音声と共に視界が真っ白な光に包まれ、次の瞬間、アゲハ、ボルテック、シーラ、メルティの四人は、重厚な鉄錆の臭いが立ち込める巨大な工場跡地へと転送された。
周囲を見渡せば、巨大なパイプラインや錆びついたサイロが不規則に並び、いたる所に高低差のあるキャットウォーク(高所足場)が張り巡らされている。
「……ふん。本当に私たちは『弾除け』じゃないんだろうね、アゲハ」
転送直後、メルティがアサルトライフルを肩に担ぐ仕草をしながら、不敵な表情でアゲハを睨んだ。
「ええ。約束通り、私はあなたたちの盾になるわ。キルのトドメはすべてあなたたちに譲る。ボルテック、周囲の警戒をお願い」
「了解」
ボルテックは短い返事と共に、自身の狙撃銃を具現化することなく、身軽な状態で近くの鉄骨の陰へと滑り込んだ。四人は、移動中は銃を消し工場内を静かに進む。
アゲハは無駄のない低姿勢のステップで、直線的な通路を徹底的に避けて移動する様子を見て、メルティやシーラは「さすがに下層区を支配しただけはあるな」と、内心でその技術を認め始めていた。
しかし――中層区のサバイバルは、やはり下層とは異次元だった。
三階建ての大型クレーンが崩落した広場に差し掛かったその時、アゲハの『気配察知』が、正面のキャットウォークの上から放たれる強烈な「殺意」を捉えた。
「――っ、散開して! 上から狙われてる!」
アゲハの叫びと同時に、上空から激しい銃撃が降り注いだ。
――バババババッ!
「チッ、敵チームだ! 4人揃ってやがる!」
メルティがアサルトライフルを物質化させ、クレーンの瓦礫の陰から応戦しようとする。だが、敵は中層区で鍛え上げられたレベル18前後の洗練されたチームだった。
一人がキャットウォークの上から圧倒的な高低差を活かして制圧射撃を放ち、残る三人が素早い物質化と解除を繰り返しながら、地上からシーラとメルティを包囲するように距離を詰めてくる。
「くっ、レーザーが遮蔽に防がれて、チャージが間に合わない……!」
シーラが、特異なラインが発光するレーザーガンを具現化させて応戦するが、敵の盾持ち(頑丈な大盾を具現化させた前衛サバイバー)の強固なディフェンスの前に、その実直な射線が完全に遮られてしまう。さらに、敵のもう一人のアタッカーが、メルティの死角を突いてアサルトライフルを構え、その銃口を無防備な彼女の胸へと向けた。
「しま――」
メルティの顔が、死の恐怖に強張る。その、コンマ数秒の絶望の隙間に、ダークグレーの影が割って入る。
アゲハだった。
アゲハは、おばあちゃんとの猛特訓で培った「体捌き」により、自らの重量デバフを完全に殺した状態で、敵アタッカーの懐へと一瞬にして滑り込んだ。
タイムラグは、ゼロ。
アゲハの右手に光が収束し、近距離大ダメージ型のピストルが、男の視界の死角で具現化した。
「なっ――!?」
アタッカーの男が驚愕するよりも早く、アゲハのピストルが火を噴いた。
――ドォンッ!
至近距離から放たれた弾丸が、男の胸を撃ち砕く。
アタッカーは悲鳴を上げる間もなく、赤い光のエフェクトを撒き散らしてよろめいた。
「メルティ、今よ! 撃ち抜いて!」
アゲハの鋭い叫び。
「――おぉらぁッ!」
我に返ったメルティが、アサルトライフルをぶれずに構え、よろめいた男へ必殺の連射を叩き込んだ。男の身体が光の塵となって完全に消滅する。
『キル獲得。+2000ラム』
メルティの視界の端にポップアップした、確かなキル報酬。
「シーラ、左上の狙撃手を私が崩すわ! レーザーのチャージを始めて!」
「はい!」
アゲハはピストルを一度消し、キャットウォークの狙撃手の射線を狂わせるように、ジグザグのスラロームステップで障害物を縫った。
「ちょっ!!!」
ボルテックは援護射撃を急いで行う。
――ズドォンッ!
背後から、鼓膜を震わせる重厚な銃声が響き渡った。ボルテックの放った正確無比な狙撃弾が、キャットウォークの敵スナイパーの足元の鉄骨を激しく抉り、火花を散らす。
「チッ、ライフル持ちがやがるか!」
敵の狙撃手は、ボルテックの容赦のないプレッシャー(援護射撃)に照準を激しく狂わされ、アゲハの蛇行ステップを捉えきれない。ボルテックの『眼』としての完璧なアシストが、アゲハの突撃を確実なものにしていた。
アゲハは狙撃手がいるクレーンの支柱の影に回り込むと、再びピストルを物質化。
――ドォンッ!
支柱を撃ち砕き、高台にいた狙撃手の体勢を激しく崩させた。
「シーラ、撃ちなさい!」
アゲハの合図に合わせ、シーラがチャージを完了したレーザーガンを放つ。
極太の熱線が、バランスを崩して無防備になった狙撃手を正確に射抜き、光の塵へと還した。
これで、目の前の敵チーム(4人)は完全に壊滅した。
「……ふぅ、なんとかなったわね」
メルティがアサルトライフルを消し、荒い息を吐きながら額の汗を拭った。その視線は、すぐにアゲハへと向けられる。
「おいおい、本当にあのレベル18のアタッカーの攻撃を、紙一重でかわしやがった。お前、本当にレベル12なのかい? 動きのキレが下層区のサバイバーのそれじゃないよ」
「私も驚きました。私たちのピンチを完璧なタイミングで救ってくれるなんて。……ありがとう、アゲハさん」
シーラもレーザーガンを光の塵へと戻し、深く息を吐きながら感謝の言葉を述べた。
「お礼はサバイバルが終わってからね。銃声を鳴らした以上、ここはもう危険よ。すぐに移動しましょう」
アゲハは冷静に周囲をスキャンしながら言った。
4人は音もなくクレーン広場を離脱し、安全地帯の収縮に合わせて、錆びついたサイロの内部へと身を潜めた。それからの数時間は、まさにアゲハとボルテックの「独壇場」だった。
残り時間が少なくなればなるほど、焦ったサバイバーたちがエリア内で激しく衝突し始める。だが、アゲハの『気配察知』が、周囲にひそむ敵の殺気を事前にすべて看破し、ボルテックがその『眼』となって敵の狙撃手の射線を事前に遮断した。
敵との無駄な衝突を完璧に回避し、安全なルートだけを縫うように移動する。
シーラとメルティは、双子とボルテックの洗練された立ち回りを背中で感じながら、彼らの実力が「本物」であることを、身をもって理解していった。そして、長く張り詰めた5時間が経過し、タイマーが静かに『00:00:00』を指した。
『サバイバル終了。生存者、10名。おめでとうございます……』
軽快なファンファーレが鳴り響き、4人の身体は真っ白な転送光に包まれた。
こうして、中層区のレギュラーサバイバルにおいて、アゲハチームの4人は「誰一人として傷つくことなく、無傷での生還」を果たしたのである。
アゲハとボルテックが敵を極限まで崩し、トドメをすべてシーラとメルティに譲ったため、二人の懐には、それぞれ4000ラムずつのキル報酬が転がり込んでいた。
――中層区のアパート。
ボルテック、シーラ、メルティを招き入れたアゲハの部屋で、4人は静かにテーブルを囲んでいた。
「……信じられないね」
メルティが、自分の口座に振り込まれた金を見つめながら、呆れたように、けれど確かな感嘆を込めて呟いた。
「本当に、お前が盾になって、私にキルをすべて譲りやがった。……ハッタリじゃなかったわけだ」
メルティは、アゲハの真剣な瞳をまっすぐに見つめた。
「気に入ったよ、アゲハ。自分の命を賭けてまで他人の命を守るなんて、バカのすることだと思ってた。だけど、お前はそのバカを本物の実力でやってのけた。お前のその覚悟、私の『背中』を預けるに値するよ。チームに入ってやる」
シーラもまた、実直な笑みを浮かべて頷いた。
「私も、あなたの強さと、その嘘のない心に打たれました。助けてもらったんですから、今度はこっちが助ける番です。……ただ、これだけは言っておきます。私が協力するのは、ラグランドルを倒すまでの、一回きりの『プレミアムサバイバル』の付き合いですよ? 復讐が終わったら、チームは一度解散です。いいですね?」
「ええ。ありがとう、シーラ、メルティ」
アゲハは深く頭を下げた。これで、おばあちゃんの言っていた「信頼できる4人のメンバー」が、名実ともに完成したのだ。
「さて、チームが完成したところで、中層区を生き抜くための『戦術』を本格的に話し合おうかねえ」
ボルテックが、腕を組んでアゲハに視線を送った。
「中層区の敵は、レベル補正が高い。まともに撃ち合えば、レベル12の俺たちやアゲハは、スピードで押し潰される。お前、何か具体的な連携(作戦)はあるのか?」
アゲハは静かに頷き、自分の端末をテーブルの中央にホログラム投影した。
「私たちが獲得したスキル、そして武器の特性を組み合わせれば、中層区のレベル差を完全にハックできる『必殺の連携(戦術)』があるわ」
アゲハは、シーラを指し示した。
「シーラ、あなたのレーザーガンは、射撃音が一切しない【消音】の特性と、物質を熱でじわじわと『溶かす』特性を持っているわよね?」
「ええ、そうです。コンクリートの壁や障害物を、高熱で薄く削り取ることができます」
「そして、私の新スキルは【気配察知】。壁一枚向こうにいる敵の位置や座標を、視覚的イメージとして完璧に捉えることができる。……さらに、私の【徹甲弾】は、具現化する弾丸が、壁や防具を『すり抜けて』撃ち抜く貫通属性を持っているわ」
アゲハの言葉に、ボルテックがハッとしたように目を見開いた。
「アゲハ、まさかお前……」
「そうよ。壁の向こうに敵チームが潜んでいるのを私が【気配察知】で看破したら、シーラがその壁をレーザーで焼き、極限まで『薄く』する。壁を薄くすれば、それだけ私の弾丸が『すり抜ける』ための抵抗が減り、成功率が上がる。そして私は、薄くなった壁の向こうの敵に向けて、ピストルに【徹甲弾】を装填して、壁をすり抜けさせて直接撃ち抜く」
アゲハは、冷徹なサバイバーの瞳で微笑んだ。
「敵からすれば、銃声も、壁の破壊音すらも一切しない状態で、壁の裏から、あるいは床の下から、自分の心臓を一方的に撃ち抜かれることになる。防具や盾を構えていようとも、私の徹甲弾はすべてを『すり抜けて』彼らの命を刈り取るわ。中層区のレベル差なんて、この壁越しの死角ハントの前には、何の意味も持たなくなる」
アゲハの口から語られた、あまりにも知的で、そして冷酷なまでに完成された「連携戦術」。シーラもメルティも、その戦術の凶悪さと、それを一瞬で組み立てたアゲハの底知れない戦術眼に、息を呑んで圧倒されていた。
「……おいおい、お前、とんでもない策士じゃねえかよ」
メルティが震えるような笑みを浮かべ、ボルテックも「これなら、中層区を無傷で這い上がれるな」と不敵に笑った。
アゲハチームは、名実ともに、中層区を支配するための「最強の牙」を手に入れたのだった。
初心者ムーブする人なんてこの世界には居なかった! というかそれを元に金を稼いでるわけであって、いるわけがないのです。




