第16話 テストエントリー
中層区の喧騒から少し外れた路地裏。サバイバーたちが怪しい取引や情報交換に使う薄暗い電子カフェ『グリッド・アイ』へと、アゲハとボルテックは足を運んでいた。
道中、ボルテックはいつものようにスナイパーライフルの手入れをシミュレートする無駄のない動きをしながら、アゲハに声をかけた。
「言っておくがな、アゲハ。基本的にはお前らの復讐劇なんてのはお前たちの勝手だ。だが俺は手は貸してやる。……下層区のあの肥溜めみたいなスラムに戻るのなんて絶対に嫌だからな」
ボルテックは、少し冷めた、けれどどこか現実的なサバイバーらしい眼差しをアゲハに向けた。
「俺は、中層区や上層区で生き残るために金が必要だ。お前とチームを組めば、今後もレギュラーサバイバルで安定して金を稼がせてもらえる。だから、お前たちの復讐は自由にやればいい。俺は俺の生活のために、お前の『眼』となって敵を狙撃する。……おばあさんとの縁もあるしな。このスタンスで納得してくれるなら、俺はお前に付き合うよ」
アゲハは、そのボルテックの割り切った、けれど実直な言葉に静かに頷いた。裏切りが当たり前のこの世界で、綺麗事ではなく「お互いの利害が一致している」というボルテックの現実的なスタンスこそが、何よりも信頼できた。
「ええ、それでいいわ。ありがとう、ボルテック」
カフェの自動扉が開き、煤けた照明の光が、奥のボックス席を照らし出した。
そこには、ボルテックがあらかじめ呼び出していた二人の女性サバイバーが、すでに席について待っていた。
一人は、青いミディアムヘアを整え、隙のないタクティカルスーツを身にまとった女性。
名前の表示は『シーラ』。
彼女は、ボルテックが言っていた通り「実直すぎて嘘がつけない」という性格を表すかのように、背筋をぴしりと伸ばし、生真面目な瞳でアゲハを見つめていた。
もう一人は、男勝りなライダースジャケットを羽織り、つまらなそうにテーブルの端を指先で弾いている赤髪の女性。
名前は『メルティ』。
彼女の纏う空気は荒々しく、まだ具現化されていないが、その背中には無骨なアサルトライフルの焦げ臭い殺気が、確かに漂っていた。
「……で、話ってのは何だい、ボルテック」
メルティが、アゲハを一瞥もしないまま、ボルテックに向けて低い声を投げかけた。
「私たちはあんたの腕は買ってるが、長話をするつもりはないよ。中層区でのサバイバルを生き抜くのでさえ、毎日がギリギリなんだ。お茶を引いてる暇はない」
「メルティ、少しは落ち着きなさい」
シーラが実直な声音でメルティを制し、それからアゲハへと、重く、真剣な眼差しを向けた。
「ボルテックからの紹介ですから会うだけは会いました。……アゲハさん、ですね」
「ええ、アゲハよ。今日は来てくれてありがとう、シーラ、メルティ」
アゲハは静かに頭を下げた。だが、その丁寧な挨拶に、メルティは不快そうに鼻を鳴らした。
「下層区の有名人『下層区の死神』が中層区に上がってきたと思えば、相棒の妹がレベル1にリセット。で、スナイパー(ボルテック)を抱き込んで、今度は私たちをスカウトかい? 悪いが、おねんねの時間なら他でやってくれ。双子のガキと組む気なんて、私にはこれっぽっちもないね」
メルティの言葉には、敵意というよりも、中層区を生き抜いてきた者特有の、強烈な「不信」が滲んでいた。
「お前たちの目的は、ボルテックから聞いてるよ。両親をプレミアムでハメ殺した上層区の『ラグランドル』って男に復讐したいんだってな。……ハッ、笑わせるね。そんな復讐っていう私怨の面倒ごとに、なんで私たちが命を賭けて巻き込まれなきゃならないんだい? そんな割に合わない戦いに乗る義理はないよ」
メルティの容赦のない拒絶。それに続き、シーラもまた、その実直すぎる性格ゆえの、重く、真っ直ぐな正論をアゲハに突きつけた。
「アゲハさん。ボルテックが手を貸しているということは、あなたの実力は本物なのでしょう。ですが……復讐という私怨のために、他人の命を利用するようなチームに、私は入れません。私たちは、お互いの背中を100%信じて預けられる、チームを探しているんです。あなたの『目的』がただの復讐のチームであるなら、私たちの求めるものとは違います」
二人の言葉は、アゲハの胸を深く抉った。
当然の反応だった。裏切りと利害が渦巻くこの中層区で、わざわざ他人の復讐のために自らのレベル(命)を危険に晒す者など、いるはずがなかった。
アゲハは、テーブルの下で自らの膝を、爪が食い込むほどに強く握りしめた。
おばあちゃんの言葉が、脳裏に響く。
『時間をかけて、厳選しなさい』
アゲハは深く息を吸い、激痛の走る右肩の痛みを堪えながら、二人をまっすぐに見つめた。その理知的な瞳には、怯えも、慢心もなく、ただ透き通った真摯な光だけがあった。
「あなたたちの言う通りよ。復讐は私の私怨。あなたたちを巻き込む権利なんて、最初から私にはないわ」
アゲハは静かに、けれど明確に言葉を紡いだ。
「だけど、私はあなたたちの技術と、何より『裏切らない心』を信じたいの。だから、一度だけでいい。テストとして、次のレギュラーサバイバルに、この4人でエントリーしてほしい」
メルティが怪訝そうに眉をひそめた。
「テストだと? 何のメリットがあって私たちがそんなものに付き合わなきゃならないんだい。まさか、お前の弾除けになれとでも言うんじゃないだろうね」
「いいえ。次のレギュラーサバイバル(第15戦目)で、私があなたたちの命を、文字通り全力で守ってみせる。私の力量が、あなたたちのチームメイトにふさわしいかどうか、その目で確かめて」
アゲハは、テーブルの上に乗り出すようにして条件を提示した。
「そして――そのサバイバルで獲得した取り分(キル報酬)は、ボルテックのものも含めて、すべてあなたたち二人に無償で譲るわ」
「なっ……!?」
シーラが目を見開き、メルティも思わず言葉を失った。
「キル(金)を、すべて譲る……? 罠じゃないだろうね。物々交換はシステムで100%検出されて没収・ペナルティを受けるはずだ」
「ええ。だから、サバイバル中に私やボルテックが敵を極限まで崩し、あなたたち二人がトドメを刺す『漁夫の利』の形を取るわ。これならシステムは検知しない。あなたたちは一切のリスクなく、キル報酬(2000ラム)を山分けにできる。ボルテックも、この条件には合意しているわ」
ボルテックは黙って頷いた。
メルティは、アゲハの狂気とも言える「キル全譲渡」の提案に、呆然とした後、不敵な笑みを浮かべた。
「タダでキルが貰える、ねぇ……。そこまで言うなら、お前たちの実力とやらが、中層区の連携の前に剥がれ落ちるのを特等席で見せてもらおうじゃないか。いいぜ、乗ってやるよ」
「そういう事なら、私も……あなたというサバイバーを、この目で確かめさせてください」
シーラもまた、実直な瞳でアゲハを見つめ、静かに頷いた。
こうして、アゲハは、一回限りの「共闘テスト(第15戦目)」の約束を取り付けることに成功した。
双子が決裂し、別々の道を歩み出したその裏で、アゲハチームの結成へ向けた、最初の一歩が静かに踏み出されたのだった。
某ゲームでチーム組んでテストするようなもんですね。




