第14話 チーム作りの焦燥
中層区に居を移してから数週間。アゲハとモミジの前に立ちふさがったのは、下層区とは比較にならない、中層区ならではの「戦術の壁」だった。
「だめね……。中層区のレギュラーサバイバルは、下層とは文字通り次元が違うわ」
新居のアパートのリビングで、アゲハが厳しい表情でマップ端末を睨みつけていた。
中層区へ移籍して初めてのサバイバル。双子は自分たちの『気配察知』や『タイムラグゼロの具現化』を駆使して立ち回ったが、獲得できたキル数はゼロだった。
下層区のサバイバーが、生き残るために必死に動く野生動物だとするならば、中層区のサバイバーは、高度に訓練された軍隊のようだった。
彼らの多くは、最初から「4人チーム(スクワッド)」や「同盟」を強固に構築してエントリーしている。個人の戦闘技術がどれほど高くとも、4人の精密なフォーメーションと、射線を重ねた集中砲火の前には、2人きりの双子では近づくことすら叶わなかった。
「とりあえず、中層区でメンバーを探すしかないね……」
モミジが唇を噛み締めて呟く。
だが、他人に裏切られた過去を持つ双子にとって、見ず知らずのサバイバーとチームを組むことは、死よりも恐ろしいリスクだった。
そんな時、二人の前に、一人の青年が現れた。
名前の表示は『ボルテック』。
彼は、待機ロビーで双子を見つけると、親しげに、けれど真面目な態度で近づいてきた。
「よう。お前たちが、おばあさんの言っていたアゲハとモミジだな」
「え……? おばあちゃんの知り合いなの?」
モミジが驚いて訊ねる。
「ああ。俺もおばあさんには、下層区にいた頃からサバイバルの基礎や、中層区での生き残り方を色々と教えてもらっていたんだ。お前たちの噂も、おばあさんから聞いていたよ」
ボルテックは、双子と同じタイミングで中層区への移籍資格を手に入れた、努力家の中堅サバイバーだった。
だが、中層区の物価やアパートの維持費は、下層区の比ではない。中層区に上がってわずか一ヶ月で、彼の資金は底を突きかけていた。そのため、生活資金を稼ぐために、レギュラーサバイバルにソロで参加していたのだという。
「中層区でソロやデュオ(二人組)で挑むのは無謀だ。見ての通り、周りは4人チームばかりだからな。お前たちが、ばあさんの弟子なら技術は信用できる。――どうだ? 1人や2人で挑むより、3人で組む方が効率がいい。一緒にレギュラーを回さないか?」
おばあちゃんの知り合いであるボルテックの言葉に、双子は深く安堵した。彼なら信頼できる。
こうして、双子はボルテックを交えた3人チームとして、中層区のレギュラーサバイバルへと挑み始めた。
しかし――現実は、それでもなお厳しかった。
3人で二回、レギュラーサバイバルを回したが、獲得できたキル数はほとんど伸びなかった。
原因は、中層区のサバイバーとの圧倒的な「力量差」と「レベルによるステータスの壁」だった。
中層区のサバイバーたちの平均レベルは15〜20。身体強化などの基礎スキルをもっているのだろう。アゲハやモミジがいくら気配察知をもっていたとしても、それはここではスキルとして手に入れている人も多い。レベルがまだそこまで上がっていないボルテックや双子とは、単純な筋力や移動スピードにおいて大きな差があった。
そんな停滞感の中、少し前の事だ。双子の焦りに致命的なガソリンを注ぐ「事件」が起きた。
その月、上層区で年に一度の『プレミアムサバイバル』が開催されたのだ。双子とボルテックがアパートのテレビで見守る中、無慈悲に映し出された生存者10名のリスト。その中には、あの忌まわしいIDコードが、誇らしげに刻まれていた。
【生存者:L22-08911(ラグランドル)】
ヤツは、またしてもプレミアムを生き残ったのだ。そればかりか、今回の生存でさらに莫大な資金と実績を得たラグランドルは、上層区における『レベル保護者(特権階級)』としての地位を、さらに盤石なものにしつつあった。
「あいつ、また生き残った……。さらに高いところへ行っちゃう……!」
モミジがテレビ画面を睨みつけながら、爪が食い込むほどに拳を握りしめた。
「私たちは中層区のレギュラーでさえ、3人でちまちま戦って、キル数すらろくに伸ばせないでいるのに。このままじゃ……一生、あいつに手が届かなくなる!」
この激しい焦燥感が、モミジの冷静さを完全に奪った。
そして、3人で挑んだ二回目のレギュラーサバイバルの中盤。
悲劇が双子を襲った。
「早くキルを……もっとキルを取って、レベルを上げなきゃ、あの男に追いつけない……!」
モミジは焦っていた。下層区では「死神」とまで恐れられた自分が、中層区に入った途端、何一つ通用せずに足踏みしている現実。
ラグランドルとの距離が、少しも縮まらない焦燥感。
モミジは焦りから冷静さを欠き、敵の気配を十分に察知しないまま、遮蔽物を飛び出して前に出すぎてしまった。
「モミジ、戻って! そこは射線が通ってる!」
アゲハの悲痛な叫び。
だが、時すでに遅かった。
――ガチリ、と不気味なシステム電子音が響く。
敵のしかけた、具現化拘束トラップ。そう、中層区でのサバイバルではこういったトラップも存在していたのである。
突如地面から現れた光の鎖が、モミジの両足を縛り付け、その場に縫い止めた。
「しまっ――!?」
「モミジ!」
アゲハとボルテックが、必死のカバーを試みる。
ボルテックはスナイパーライフルを具現化し、モミジを狙う敵に向けて正確な牽制射撃を放った。アゲハもピストルで敵の突撃を防ごうと弾幕を張る。
しかし、敵は洗練された4人チームだった。
一人がボルテックの狙撃を遮蔽で防ぎ、もう一人がアゲハのピストルの射線を遮る。そして残る二人が、足を止められたモミジに対して、寸分の狂いもない集中砲火を浴びせた。
モミジの身体が、激しい赤いエフェクトに包まれる。
「アゲ、ハ――」
モミジは、助けを求めるようにアゲハに手を伸ばしたが、その指先が届くよりも早く、彼女の身体は光の塵となってその場から消滅した。
『YOU DIED. レベルは1にリセットされます』
二人になったアゲハとボルテックはそこから離脱、そこでたまたま単独で動いてる敵を見つけ1キルをもぎ取るのが精いっぱいであった。
――現実世界、中層区のアパート。
「うあああああぁぁぁッ!!」
モミジはリビングのソファの上で跳ね起き、自分の胸をかきむしりながら絶叫した。
リセットに伴う凄まじい痛みの感覚と、自分の愚かさに対する激しい悔しさが、彼女を狂わせる。モミジは、レベル1にリセットされた。
中層区の居住資格である「レベル10以上」を、モミジは完全に失ってしまったのだ。
だが、システム上、アゲハが『レベル12』を維持しているため、二人は同じチームとして登録され、モミジは中層区のアパートから強制退去させられることなく、辛うじてここに居続けることはできた。
しかし、実質的な戦闘能力を失い、お姉ちゃんに「おんぶにだっこ」で生かされているような現状に、モミジは激しく落ち込み、狂いそうなほどの焦燥感に包まれていた。
「……モミジ、大丈夫よ。手堅くキルを稼いでやっていけば――」
アゲハが優しく声をかけるが、モミジは壁を睨みつけたまま、その言葉を遮った。
「また一から這い上がるの!? そんなの、時間がかかりすぎる! 中層区の奴らは強すぎるのよ! 3人なんかじゃ連携の物量で押し潰される! これ以上、何ヶ月も足踏みしてたら、ラグランドルはもっと遠くへ行っちゃう!」
モミジの瞳には、かつてない焦りと、冷たい光が宿っていた。そんなある日、アパートの呼び鈴が鳴った。扉を開けると、そこには、下層区から中層区に上がってきたばかりだという、見知らぬ数人のサバイバーたちが立っていた。
彼らの頭上に輝くホログラムレベルは『10』。中層区の最低ボーダーラインの、まだひ弱なサバイバーたち。だが、彼らはモミジを見るなり、興奮した様子で言った。
「あんたが、あの『下層区の死神』の一人、モミジさんだな!」
「噂は聞いてるよ。レベル1にリセットされちまったんだってな。……なぁ、俺たちと組まないか?」
「え……?」
モミジが訝しげに目を細める。
「俺たちもレベル10でギリギリなんだ。中層区の4人チームの連携に勝てなくて、いつリセットされるか怯えてる。だけど、あんたの『戦術眼』と『二丁拳銃の腕』があれば、俺たち大勢で、複数のチーム(同盟)を組んで戦えば、中層区でも絶対に勝てる! 1チーム4人の枠なんか気にせず、別チーム同士で協力(同盟)して、8人の大所帯でエリアを制圧するんだよ。そうすれば、レベル1のあんただって、絶対に安全に稼げるはずだ! アゲハさん、いいだろ?」
その言葉に、モミジの脳裏に、電撃のような閃きが走った。
(そうか……! 少人数の実力なんて、リセットされれば終わり。だけど、こうやって『数(同盟)』を集めてお互いをカバーし合えば、レベル1の私でも、中層区のどんな強敵だって数の暴力で圧殺できる。……これなら、すぐにでも中層区を制覇して、ラグランドルを包囲できる!)
「いいわ。その同盟、組みましょう」
だが、モミジは、即座に彼らの提案に乗った。その様子を見ていたアゲハが、激しい怒りを込めてモミジを制止した。
「待ちなさい、モミジ! 正気なの!? そんな寄せ集めの大所帯なんて、裏切りのリスクが跳ね上がるだけよ! プレミアムサバイバルになった時、人数が余ったらどうするの? これ以上は言わなくてもわかるでしょ!」
「じゃあお姉ちゃんは、これからも3人で戦って、私のキルを稼いでレベルを戻してくれるの!? 戻すとしても、ボルテックはきっとキルは譲らない。だってお金がないんだもん。聞かなくてもわかるわ! 私はサバイバルで死んだ。レベルを元に戻すにはそれだけの人数がいるの! ラグランドルを殺すのもそう!」
モミジの叫びが、狭いリビングに響き渡る。
「ボルテックは譲ってくれないかもしれない。でも本当に信頼できるメンバーを厳選して、4人チームを作るべきよ。それ以外に生き残りレベルを上げる道はないわ!」
「そんなの、お姉ちゃんの臆病な理想論よ! 私は、数の力で確実にラグランドルを殺す!」
アパートの暗いリビング。
かつて泥大根を分け合い、笑い合っていた双子の間に、決して埋まることのない決定的な「亀裂(思想の対立)」が生じた瞬間だった。返事は明日すると妹は言い残し、そのサバイバーの住所を教えてもらい帰らせた。
今週も月曜から金曜まで毎日20時投稿を頑張ります。よろしくお願いします。




