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小説 吉田松陰 座右の火 1830-1859  作者: 山田 誠一


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第五章:国をどう守るか

安政三年(1856年)、萩の町外れ、松本村。杉家の敷地内にある木造の小さな物置小屋に、いつしか灯火が夜通し灯るようになった。

「松下村塾」――もともとは松陰の叔父である玉木文之進が開き、後に久保清太郎が継いでいた私塾を、二十七歳となった吉田松陰が譲り受けたのである。


当時の長州藩には、藩校「明倫館」という最高学府が存在していた。そこは広大な敷地に立派な門構えを誇り、上級武士の子弟が厳格な身分秩序のもとで儒学や武芸を学ぶ場であった。

一方、松陰の松下村塾は、わずか八畳一間の粗末な小屋に過ぎない。しかも、松陰自身は藩外への外出も叶わぬ「実家禁固」の身。これ以上ないほど狭隘な「土地と身分の制約」であった。


しかし、この制約こそが、逆に既成の秩序を打破する奇跡の構造を生み出す。

松陰は、身分による差別を一切排した。上級武士の子弟から、足軽、さらには医者の子や農商の倅にいたるまで、志を持つ者であれば誰でも等しく塾生として迎え入れたのである。


「ここには師も弟子もない。皆、一歩先を歩む者が後ろの者を導き、共に国を憂う友である」

これが、松陰の打ち立てた新たな協調の構造であった。


松陰の教育法は、明倫館のような退屈な漢籍の暗唱ではなかった。彼は最新の瓦版(新聞)や、諸国から届く書簡を塾生たちに示し、常に「今、この瞬間に世界で何が起きているか」を議論させた。

「今、英吉利イギリスが清国を侵略している。もし我が国に黒船が攻めてくれば、お前ならどう守るか。お前の命をどう使うか」

松陰は、塾生一人ひとりの眼をじっと見つめ、魂の奥底にある覚悟を問い続けた。


この熱狂の渦の中に、後の世を動かす若者たちが次々と飛び込んできた。

最初に頭角を現したのは、後に「むら塾の双璧」と称される二人の若者であった。


一人は、久坂玄瑞。医者の子でありながら、身の丈六尺(約百八十センチメートル)の巨躯を揺らし、地響きのような美声を持つ天才肌の男。松陰は、彼の尊王攘夷の激しい情熱を見抜き、

「お前は天下の英才である。己の才を私することなく、国家のために燃やし尽くせ」

と激励し、自らの妹であるふみを嫁がせるほどに深く愛した。


もう一人は、高杉晋作。藩の重臣の倅であり、将来が約束されたエリートでありながら、明倫館の形式的な学問に退屈し、松陰の門を叩いた。晋作は鼻っ柱が強く、容易に他人に頭を下げない男であったが、松陰の至誠に触れて激しく心酔した。松陰は、この風狂の若者に対し、あえて久坂と競わせることでその才能を開花させた。


さらに、周囲からは「利口だが軽薄」と評されていた足軽の子、桂小五郎(後の木戸孝允)や、実直だが目立たない存在であった百姓上がりの伊藤利助(後の伊藤博文)、山県小輔(後の山県有朋)らも、松陰の眼には「日本の未来を背負う宝」と映っていた。


松陰は、人間の「業」や「短所」を否定しなかった。むしろ、その人間のへきこそが、時代を動かす爆発力になると信じていた。

「晋作は型にはまらぬ狂気がある。利助は才知は劣るが、実直に動く誠がある。それで良い。己の志に合った命の使い方をすれば、誰もが天下の偉人になれる」

これこそが、松陰の至高の人間学であった。


客観的にこの小さな塾を俯瞰すれば、それは地方の不満分子が集まる私塾の、一過性の熱狂に過ぎないかもしれない。現に、近隣の住人たちは「杉家の物置から、夜な夜な若者たちの恐ろしい怒号が聞こえる」と眉をひそめていた。


しかし、歴史の必然性という視点から見れば、この八畳一間こそが、徳川二百五十年の封建制度という強固な岩盤を内側から爆破するための、最強の「火薬庫」であった。松陰が塾生たちの魂に植え付けたのは、知識ではなく、自らの足で立ち、自らの頭で決断する「独立不羈の精神」であった。


安政五年(1858年)、松下村塾の活動はわずか一年あまりであったが、塾生たちの絆は血よりも濃く結ばれていた。


しかし、平穏な学びの時間は、突如として終わりを告げる。

江戸の幕府において、一人の冷徹な権力者が最高権職である「大老」の座に就いた。太政の重職、井伊直弼である。


井伊は、悪化する対外危機を前に、天皇の勅許(許し)を得ないまま、亜米利加との間に「日米修好通商条約」を調印するという、強硬な決断を下した。


この報が萩の松下村塾に届いたとき、吉田松陰の顔から、いつもの温和な笑みが完全に消え失せた。

彼の脳裏で、一つの冷徹な決断の導火線に、火が点いたのである。


「もはや、言葉の毛筆を握る時は終わった」

松陰は、塾生たちの前で静かに立ち上がった。その眼には、これまでとは明らかに異なる、不気味なほどの「狂気」の光が宿っていた。


次章、第六章へ続く。

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