表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

第八章 風間ジェミニ――護衛艦『ぎんが』艦長 その三

「では次に、被告人にお聞きしたいのは、被告人が自衛官になった動機です。被告人は、なぜ、自衛官になったのですか?」

 滝村が質問を続けた。

 しばし、風間は間を置いてから、答えた。

「親友が――死んでしまった親友が、自衛官になりたいと、言っていたからです」



「なあ、シマブー! 今日さ、帰ったら一緒にミニモン――」

 小学校の昼休みの教室――

 風間は同級生である太った少年、島袋翔太(しまぶくろしょうた)に声をかけた。

 が――

 島袋――シマブーは、黙って風間の脇を、ふいっ――と、通り過ぎた。

 なんだよ、シマブー! 昨日から変だぜ……

『ひめゆりの塔』の文字が大書された校内新聞の前で――

 風間は立ち尽くした。

 シマブーだけではなかった。

 金城(きんじょう)我那覇(がなは)も、風間と目を合わせようとしない――

 この二人も、昨日から一切、風間と話をしようとしなくなっている……


「おう、シマブー! それでいいんだ! もうアメリカ人には口を利くんじゃねーぜ!」


 声の飛んできた方を見ると、一人の少年が、机の上に腰かけていた。

 比嘉勇真(ひがゆうま)――身体は小さいがすばしっこい運動神経抜群の少年。

 クラスの、ちょっとしたリーダー的存在だった。

 風間は、吊り上がった比嘉の視線をまっすぐに見詰めて歩み寄った。

「俺はアメリカ人じゃない!」

 大きな声で訴える。

 が、比嘉は、

「何言ってんだよ! お前、どう見てもアメリカ人じゃねえか! 瞳の色が薄くて気持ち悪いんだよ! そんな日本人、いねえよ!」

「俺の母さんは、日本人だ!」

「じゃあ何でお前の瞳はそんな色なんだよ!」

「父さんがアメリカ人だから――」

「ほら見ろ! やっぱりアメリカ人じゃねえか!」

 比嘉が勝ち誇る。

「父親がアメリカ人だったら、何でダメなんだよ!」

 風間が食って掛かると、比嘉は、

「お前らアメリカ人が沖縄にどんなひどいことをしたか、考えてみろよ! 俺は許さねえぞ! アメリカ人は、俺の敵だ!」

「そうだ! アメリカ人は、ひどいやつらだ!」

「じいちゃんばあちゃんも、ひどい目にあったんだ!」

 金城も、シマブーも、口々に風間を攻撃した。

「それは昔の話だ! なんでそれで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!」

 比嘉は、机から素早く降りると、風間の胸を手で押した。

「うるさい! お前は純粋な日本人じゃない! なら、俺の敵だ!」

 風間の胸の奥で、怒りが渦を巻いた。

 握り拳を作った手が勝手に震えた。

 歯を食い縛り、比嘉の顔面に突きを見舞いそうになったその時――


『いいか、ソウジ、空手は人を守るためのものだ。絶対に、自分のために使ってはいかんぞ』


 祖父の風間清賢(きよたか)の言葉が脳裏に蘇った。

 風間は自分の中の荒れ狂う獣を無理やり抑え込み……比嘉に背を向けた。

 刹那――

 背中に衝撃が走り、床にうつぶせに倒れた。

 どうやら比嘉に蹴られたらしいという理解は後からだった。

「これからは俺たち日本人に気安く話しかけるんじゃないぞ! いいな!」

 比嘉の声と、

「こら! お前ら! 何してるんだ!」

 担当教師が教室に入ってきて叱声を放つのが同時だった。

 蜘蛛の子を散らすように、比嘉たちが自分の席に戻る。

「おい、風間、大丈夫か?」

 立ち上がる風間に担任が声をかける。

「大丈夫です」

 悔しい気持ちを噛み殺し、風間は答えて席に戻る。

「おら、お前ら! いじめとかダメだからな! 仲よくしろよ!」

 担当の言葉に、

「はーい」

 シマブーたちが返事をし、比嘉は憎々しげな眼で風間を睨みつけていた――


 風間の小学校五年は、孤独のうちに過ぎて行った。

 クラスのリーダー、比嘉に目を付けられ、教室に風間の居場所はなくなってしまった。

 誰も相手をしてくれない――

 あれ以降、比嘉たちが風間に暴力をふるう、ということはなかった。ただ、比嘉の圧力で、級友全員が風間を“異物”とみなし、無視するという態度に出たのだった。

 担任も、特にこの状況に手を打つということはなった。

 そもそも、気付いていたのかどうか。

 また、風間自身も、担任に相談するという選択肢は持っていなかった。

 それは風間にとって、“弱さの証明”のように思えた。

 唯一、祖父母だけが、風間の変化に気付いていたようではあった。

「最近、島袋君、来ないねえ? ミニモン、一緒にやらないの?」

 祖母が心配そうに風間に訊いてきたことがある。

「あー、シマブー、最近、塾で忙しいみたい」

 風間はそう、嘘を吐いた。そんな風間に、

「おい、ソウジ、道場に行くぞ」

 と、祖父は声をかけてくれたりした。


 米軍のジェット戦闘機が空を滑り、エンジン音に窓が震える。

 大きな部屋の隅にあるソファに、風間は座っていた。

 手には、ぼろぼろの漫画週刊誌――


 中央の卓球台で、弾かれたピンポン玉の軽快な音が響く。

 傍らの机上で、ボードゲームを囲む少年たちが、喚声を上げる。

 別の場所では、少女がヨーヨーを振り回している。

 児童館は、程よく空調が効いていて、子供たちがそれぞれの世界を楽しんでいた。

 六年生になった風間の、ここが避難場所になっていた。

 風間のそばの本棚に、人気の漫画週刊誌が数か月分、無造作に置かれている。

 その週刊誌で連載中の海洋冒険漫画に、風間は夢中になっていた。

 何度も何度も、貪るように繰り返し読んでいて――

 この時と、祖父の道場にいる時だけ、風間の心は孤独から解放された。


 六時のチャイムが部屋に響き渡った。

 風間は、雑誌を本棚に戻し、児童館を後にする。

 駐輪場に停めた自転車に乗り、ペダルをこいで家路に向かった。

 蒸し暑い夕暮れ時――

 蝉がかしましく鳴いていた。

 児童館と自宅の間にあるゲームセンターの前を通りかかる。

 その駐車場に、シマブーたち同級生三人を見かけた。

 彼らの前に、明らかに身体の大きい少年三人が立ち塞がっていて――

 異様な雰囲気に、風間は、ペダルをこぐ足を停めていた。


十一

 風間は、自転車をゲーセンの建物の壁に立てかけると、ガジュマルの絡み合う幹の影に身を潜めた。

 同級生は、シマブーと、金城、我那覇の三人だ。

 学ランを着た少年たちは、近くの中学生だろうか……

 蝉や虫の声に交じって、中学生たちの声が届く――


「なあ、ボクたち、ちょっとでいいんだよ……数百円、俺たちに貸してくれたらいいんだけどなあ」

 学ランのボタンを全部外した太った少年が、俯くシマブーに顔を近づけた。

 背の高いひょろっと痩せた少年が、ポケットに手を突っ込んで三人を睥睨し、

「そうそう、ほんのちょっとずつでもいいのよ。そうねえ、五百円くらいくれたら、お兄ちゃんたち、嬉しいんだけどなあ」

「五百円ずつ出してくれたら千五百円だあ! これなら全然手を打つよ、君たち」

 もう一人の、中肉中背で眼鏡をかけた中学生が嗤った。

 シマブーたちは、ただただ身を縮こませてもじもじしているだけ――

「おいおら、何とか言えよボーズ!」

 太った男に身体を押され、シマブーは後ろによたよたと後退った。

「痛い目にあいたくなかったら、とっとと出すもん出せよ、おい」

 ひょろひょろの男が、手をポケットに入れたまま金城を胸でどん、と押した。

「早くしろよ、らぁ!」

 眼鏡が我那覇の足を軽く蹴り、

「たっ!」

 我那覇は叫んでその場にうずくまった。

 と、シマブーが、

「お、お前らなんかな、比嘉っちが来たら、お前ら何か!」

 叫んだ。太っちょが、

「ああ? ヒガッチが、どうしたってえ?」

 シマブーの胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 シマブーの身体がぶるぶる震えるのが、遠目にも判った。


 いい気味だ――


 ガジュマルの葉の陰からこの様子を眺めていた風間は、思った。

 あんなに自分と仲良く遊んでいたくせに、簡単に自分を捨てたシマブー。

 そんな彼が、中学生に脅され震えているのが、滑稽でおかしかった。

「おら、早く出せよ!」

 太っちょに突き飛ばされたシマブーが、あっけなく地面に尻もちをついた。

「いつ来てくれるんだ、そのヒガッチってのは?」

 太っちょがシマブーを嘲笑いながら蹴っ飛ばしている。


 ざまあ見ろ――


 風間の心に、得体の知れないどろどろとした感情が渦を巻く。

 渦を巻き――

 気が付けば、風間は――

 風間の身体がひとりでに木陰から飛び出し、太っちょに向かって全速力で走り出していた。


十二

「なぜ、あなたをいじめていた人たちを、あなたは助ける気になったんですか?」

 法廷の白い光に照らされながら、書類を持った滝村が、風間に訊いている。

 風間は、少しだけ考えてから――答えた。

「自分でも、よく判りません」

「大きい者が小さい者からお金を巻き上げる――力の強い者が弱い者をいじめる、これが許せなかった、違いますか?」

「判りません、でも、そうかも……いや、判らないです」

「そうですか――まあ、子供の頃の感情は、なかなか言葉にしにくいものです。ともかく、あなたはお友達を助けに入った。中学生たちの前に立ちはだかったのですか?」



 走り寄る風間を、太っちょが驚いたような目で見つめた。

 風間は太っちょの前に立つと、


「シュッ!」


 呼気一閃、右足を跳ね上げ、太っちょの腹部につま先蹴りをめり込ませた。

「うげぇ!」

 妙な声を上げて太っちょがうずくまった。

 続いて今度は両手を突っ込んでいる痩せた男に向き直る――

 その瞬間だった。

 顔面を激しい痛みが襲った。

 思わず目を閉じる。

 膝をつき、顔を抑えた風間は、つん――と、鼻の奥が出血するのを感じた。

 目を開けると、痩せた男が相変わらずポケットに両手を突っ込み、立ちはだかって風間を見下ろしていた。


「てめえがこいつらの言ってたヒガッチさんかぁ?」


 物凄い目つきで睥睨してくるやせっぽち。

 この時になって――風間は、どうやらこのやせっぽちの頭突きを顔面に喰ったのだと理解した。

「何笑ってやがんだてめえ――気持ち悪い奴だな」

 やせっぽちが足元に唾を吐いた。


 笑ってる? 俺が?


 風間は自分の唇の端が無意識にめくれあがっていることに気付き――

「調子くれてんじゃねえぞ!」

 いつのまにかそこにいた眼鏡が、立とうとした風間を蹴りつける。

 わき腹に走った激痛に、風間はその場にうずくまった。

「らぁっ!」

「クソがきゃっ」

 やせっぽちと眼鏡が、所かまわず風間を蹴りつける。

 したたかに後頭部を踏みつけられた風間は、思いっきり頬を地面に打ち付け、歯が砂を噛む感触を味わう――

 その時だった。


「うああああああっ!」


 誰かの叫び声――

 直後、風間の頭部の圧迫が消え、目の端にやせっぽちが地面に倒れ込むのが見えた。

「ああ? 何だてめえは?」

 眼鏡が、新たな闖入者に向き直った。


「ヒガッチ!」


 シマブーの縋るような声……

 眼鏡に対峙しているのは、あの、背の低い比嘉だった。

「何だ、てめえがヒガッチ様か」

 眼鏡が凄みながら比嘉に近付いていく――

「らぁ!」

 眼鏡が比嘉にパンチを見舞う――

 が、比嘉はそれを、するり――と躱し、眼鏡のお腹に頭から飛び込んだ。

「おおっ?」

 眼鏡はそんな比嘉を受け止め、比嘉のTシャツをわっしと掴むと、

「らぁっ!」

 比嘉をぶん回して地面に投げ転がした。

 その頃には、やせっぽちも立ち上がって、

「なろ」

 言いながら倒れた比嘉を蹴りつけ始めた。

 太っちょも、苦し気に腹を抑えながら比嘉に近付き、蹴りを見舞った。

 風間は、鼻と全身の痛みに歯を食いしばりながら立ち上がる。

 比嘉を助けに動こうとした、その時――


「おい! お前たち、何をしている!」


 背後から大人の男性の声がかかり、

「やべえ! ずらかるぞ!」

 中学生たちは、風間たちを残して、疾風のごとくその場から逃げて行った――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ