第33話 少年の狂気
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「そっちは終わったか」
『うむ、とうの昔にな。ハの型を使えばこの程度の仕事など片手間で終わる』
『こっちもおんなじだ。戦車をレールガンの要領でぶっ放しただけだが疲れちまったよ♫』
未来道ビル南出入口付近から西通りを覗き込むと、生身の人間はもとより金属製の兵器まで細切れで通りを挟む建物にも多くの爪痕が刻まれていたのが見えた。まるで刃の竜巻が通り過ぎたようでここまで鉄臭いニオイが届いた。
今度は東通りを覗くが、こちらに至ってはあるところを始点とした東側が飲み込まれたかのようになくなっていて、わずかに残ったビルや地面からは未だに煙を吹いていた。もはや何が起こったのかさっぱりな状態だ。
『ほれ、これで分かったろう照光。ワシはあの時本気を出してはおらん。もし本気を出せばうぬの命など蝋燭の火も同然で楽しめなかったからな』
『ついでに言うと俺もだかんな♬』
「勝手に言ってろクソッタレ」
この二人に勝てたのは本気を出す前に倒したからであって、真っ向から衝突すれば勝機はなかったのだろう。無運枠の勝利がすべてぬか喜びものだと思い知らされ、二人には聞こえないように小さく舌打ちする。
『して、これからどうするのだ。相手方に援軍は来ないようだから一応南側に向かっておるが』
「そうだな、お前らは腐っても俺の試験に付き合ってくれたから一ついいことを教えてやるよ」
『さっさとしてくれよ。俺ァもう電力切れそうだから早く帰って寝てーんだよ』
間もなくぶぁぁぁ……、と気怠そうに大あくびをかます計と刀一振り一振りの血糊をぬぐう戦兵衛が南側に到着した。
最初に口を開けたのは照光ではなくその二人だった。戦兵衛は照光の担当の南側大通りを、計は照光の身体を見ながら、
「ほう、これはなかなか……まるで神風の御業であるな」
「やっぱテメェおかしいわ♬ なんでその銃創の数で生きてられんだよ♬」
その惨状に二人が嘆息する。原理で言えばただ手を広げて回転しただけなのだが、それを魔龍の腕と天龍の脚で実行すればその威力は計り知れるものではない。なぜ生きていられるのかについては照光も分からない。
「だが、この程度で図に乗っては困るぞ。うぬにはワシが殺すに値する男にまで成長してもらわねばならぬからな」
反吐が出るな、と照光は吐き捨てる。
どうやら戦兵衛は偶然とはいえ照光に負けたことを根に持っているようで、今以上に強くなった照光を殺すことでその失策を挽回しようとしているのだろう。迷惑なことこの上ない話だ。
「で、イイコトってのはそのポケットにあるモンについてか?」
「……気づいてたのか」
「そりゃー空に向かってずっと電波飛ばしってからな♬ でもなんだよそれ、イリジウムケータイにしちゃパない電波量だし未来道ビルにいた時は持ってなかったろ?」
「それを今から説明する」
照光がポケットから出したのはあの『COMPLETE』と表示された端末だった。
それを二人に見せながら言う。
「『グングニル』という兵器の操作端末ものらしい」
その言葉に対して計は「?」で戦兵衛は「!?!?!?」という反応を示す。武器について造詣がある戦兵衛はそれがどういうものなのか知っていたのだろう。
「きっ、貴様ッ! まさかそれを起動したのか!?」
「とうの昔にな。あと五分ほどで落ちてくる」
「場所は!?」
「3キロ先」
そう言って照光は背中越しに親指で南側大通りを指す。
「……覚悟を決めるか」
はぁ……、と大きくため息をついてうなだれる戦兵衛。もはや怒る気力も削がれたといった感じだ。
「なんだよべーやんさっきからせわしねーな。誰か詳しく説明してくんね?」
未だに状況を理解できない様子の計が照光と戦兵衛の顔をキョロキョロと見比べる。
対して戦兵衛はもう一度呆れと諦めのため息をついて、
「この莫迦は運動エネルギー爆撃を実行しておったのだ」
「へー」
「『へー』で終わるものか。それは金属の棒を低軌道上から射出するだけなのだが、地表に着く時にはその速度は時速一万キロにまで達して核にも匹敵する破壊をもたらすものなのだぞ」
「マジか。じゃこの辺一帯が更地になるってことか」
「であろうな。して、うぬらはどうするつもりだ。ワシはここで腹を括るつもりだが、できる限り遠くへ逃げでもするのか?」
「やなこった♫ 俺ァここで圧倒的な破壊劇を見させてもらうよ♬ 死ぬ前に見たいと思ってた光景が死ぬ直前に見れるかもしんねーんだ、逃す手はねーぜ♫」
クカカカカッ! といつもより跳ねるような調子で言う計に、此奴の性癖を忘れておった……、と戦兵衛が頭を抱える。
「俺は将来が見えないから死ぬのも悪くないと思うな」
「うぬもイカれておったか。普通ならワシのようにやり残したことに後悔するものだぞ」
もう一度ため息をつく戦兵衛に、イカれてるのはお前らだけだ、と心の中でつぶやく。
死ぬ直前まで『破壊』という性癖を満たそうとする計がおかしいのは言わずもがなで、死ぬことを恐れているように見える戦兵衛も実際は自分の愛する『殺人』を味わえなくなることを残念がっているだけだ。
つまりこの二人の死生観や価値観、人生観は自分たちにも当てはまっていて、今回のように降って湧いた死の危険を前にしても自分のままであり続けられる。そんな道理に外れた精神を持つ人間が普通と呼べるわけがなかった。
……そんな自分を貫ける強さを持つ二人を、実は羨ましく思っているというのは内緒である。
だが照光は、たった一人の少女のために世界に牙を剥くという常軌を逸脱した精神を、自分こそが持っていることに気づいていない。それも自分をただの全無能な無運枠と思っていたから無理からぬ話だった。
「んでテルミ、なんでテメェはわざわざこんなことをしたんだ? 自殺にしちゃやけに手が込んでるし、まるで道連れにしてーみてーじゃねーか」
「それもあるだろうな。けどそれはお前らのことではないし、何より俺の本当の目的はもっと別なところにあるんだよ」
「「???」」
怪訝な顔をする二人を他所に照光は夜空に向けて大きく腕を広げる。
その姿はまるで落ちてくる流れ星を歓迎している祈祷師のようにも見えた。
「俺は、この辺一帯の電力供給をストップさせたいんだ」
「奇異なことを言う。たしかに『グングニル』の威力なら周囲百キロの電柱、電線路、電波塔、それに空中鉄道を破壊するのもわけないであろう。だが、そのようなことをしてもこの一帯が暗闇に包まれるだけぞ。よもやそのためとは言うまいな」
「まさにそのためだよ」
「……テメェまさか!?」
何かを察したように計の顔が緊張に染まる。そういえばこいつにはしゃべってたっけ、と思いながら照光は一つの表情を作る。それに対して二人はトラウマを抉られたように体を強張らせた。
それは笑顔だった。照光が取り返したいと願った笑顔だった。
だが果たしてそれは本当に笑顔と呼んでいいものなのだろうか。
過去に目の当たりにした戦兵衛と計からしてもそれはあまりにも外道で千々で歪曲で崩壊で混沌で狂騒で滅亡で絶望で、おぞましいという表現も生ぬるく思えるものだった。
しかし同時に星のように悠大な輝きを湛えたそれは、万物を引き寄せる引力のような妖しく危険な魅力があった。
それこそ、たとえ世界を破滅に導く凶星だろうとお構いなしに引き寄せるほどに、美しかった。
クルリと南側を振り向くと、一条の閃光がこの地球に伸びていたところだった。
「見てるか白心。あれはお前だけに捧げる一番星だ!」
その後の記憶はない。ただ、この一瞬が人生で最も幸せな一瞬だったのは確かだった。




