第32話 道化師の最期
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「まったく楽な仕事だぜ。ガキ一人確保するだけでいいなんてよ」
言っていることの割には吐き捨てる調子でつぶやいた男は、戦車の中でつまらなそうに両手を後頭部に回した。
「確保するのは先遣隊で戦車部隊はそのガキがビルから出てきた時に、逃げられるのを阻止する壁として機能すりゃいいだけだ。ぶっちゃけ燃料費が無駄なだけなんだがな」
男は今作戦の南方部隊司令である、四十前後の軍人だ。気怠そうな雰囲気を持つ彼はこの道二十年のベテランだが、ここに来たのつい最近であるいわゆる『雇われ組』であり『引き抜き組』であった。ここに来た理由というのも、彼が最新の設備や装備をこの目で拝めるからというものであった。
つまり、彼もまた高天原の科学力という『表』に魅せられた人間の一人である。
今回は先ほど言った通り今回は戦車の存在を見せつけて動けないようにする抑止力として、出てきたとしてもそれを押さえつける壁として働くために出向いていて、五十を超える戦車の内、彼が率いるものは南から接近していた。
潜望鏡から見える目標のビルは徹底的に丸みを排除した企業ビルの様相を見せ、設計者のセンスか所有者の意向かは分からないが、あまりの趣のなさにこれが科学や実用性を突き詰めた結果なのかと考えてしまい、少なからずため息が漏れる。
「知ってますか司令。あのビルは子供を実験体としてメスで切り刻むマッドサイエンティストの個人所有ビルらしいですよ。おそらく今回はそこからその子供を助ける救出任務なのでしょう」
この戦車を操縦する操縦手がレバーを握りながら、やる気と使命感に満ちた笑顔を見せる。
しかし司令はそれをはっきりと否定する。
「どうもそうとは違うみたいだぜ」
「違う、というと?」
聞いてきたのは後部に控える砲手だった。
「たしかにガキを確保しに行く任務だ。だが確保というのは救出の意味じゃなくて『捕獲』の意味なんだよ」
「捕獲……ですか」
「ああ。この国のことは知ってるだろ。この国のガキは指先からライターほどの炎を灯せるのから、磁力を使ってポルターガイスト現象を起こせるのまでピンからキリまでだ。俺らが捕獲しにいくのはそのピンのさらに向こう側の存在だとよ」
「し、しかしどちらにしろその子供を危険な場所から助け出すのには変わりはないのでは」
「お前は人間の姿をしたバケモノを助けて野に放ちたいと思うか?」
「……それは……」
「俺なら絶対に逃げ出さないように鎖でがんじがらめにして熱した金属を頭からかけて固めるだろうよ。……キツい質問をしたな、忘れてくれ」
さっきまでの楽しそうな雰囲気は一瞬で冷え込んだ。
その空気の原因は自分であることを自覚していた司令は話題の切り替えようとする。
「そういやこの国にある七百七十七個の都市伝説の一つとしてあのビルにはあらゆる兵器があるって噂があるらしいな」
「そ、その噂僕も知ってます!」
食いついてきたのは先ほどまで通信機器と向き合っていたオタク気質の通信手だ。
「高天原制式採用のアサルトライフルはもちろんのこと戦車を貫く対物ライフルや超小型オートパイロット戦車である『Killing-Macaron』、果ては航空機を撃ち落とすミサイルターレットや『グングニル』の操作端末までそのビルにあるらしく、その手の人間が手中に収めればこの国の軍隊をも相手できる難攻不落の要塞として機能できるらしいんですよ! 一度でいいからこの目で見てみたいものです」
一気にまくし立てて恍惚とした表情を浮かべる通信手に若干引きはしたものの、司令は耳慣れない単語について聞いたみた。
「その、なんだ、『ぐんぐにる』? 物々しい名前だけどどんなんなんだ?」
「アメリカが開発中の運動エネルギー兵器を実用化したものです。低軌道を飛行する衛星から推進器のついたタングステンの棒を地表に落とす戦略兵器で、放射能を撒き散らさない『クリーンな兵器』として今後の抑止力として有力視されているんです」
へー、と司令は至極興味なさそうに相槌を打つ。
心の中ではそれよりこの戦車の機銃の方が強いのではないかと思っている。金属の棒を落とす程度では槍投げのように地面に立つぐらいにしかならないだろうし、それなら大量の弾丸で目標を蜂の巣にする機銃の方が強いだろうと考えていたからだ。
だが大人である司令はそのことを口にすることはなかった。
「うーし、そろそろ目的地だ。さっさと終わらせていつもの店に呑みに行こうや」
『『『うーい』』』
「いや、その前にもう一つ仕事がありますね」
そう言って水を差したのはスリットから前方を凝視する操縦手だった。
「なんだ。トラブルか」
「いえ、それほどのことではありません。ただの子守ですよ」
チョイチョイ、と苦笑いを浮かべて前方を指す操縦手に釣られてスリットを覗き込むと、一人の少年が先遣隊のど真ん中を突っ切りながら戦車団に向かってくるところが見えた。先遣隊も少年があまりにも当然のように歩くものだからあまり疑問に思えない様子だった。
そしてその少年は、司令の乗る戦車の前に立った。轢くわけにもいかないので操縦手に行軍の一時停止と通信手に後続への連絡を指示する。
「なんでしょう、この機体を近くで見てみたかったのでしょうか」
「……そうだろうか」
あまりことを大きく見せないために交通整理だけで避難勧告を出していないとは聞いていたが、だからと言って行軍の前に立つ理由にはならない。それにその少年というのが『異様』の一言に尽きるものだった。
血が滲んだ学生服を着込んでいたことはもとより、少年の手袋と袖、靴と裾、それらの隙間から見える手脚が心なしか黒く見えた。夜だからかと一瞬思ったがこんな照明の光に満ちたところで黒光りを放つのだからそうではなさそうだ。
そしてそれより異常だと感じたのは、少年の目だった。
司令は四十年の経験でいろんな人間を見てきた。中でも国内外の被災地派遣などで被災者たちの悲痛な姿もこの目で収めてきた。
だが、その少年の目はそれと比較にならないほどに黒く淀んでいる。あの目は大切な人が死ぬか自分が一度死にでもしないとできないほどに沈鬱と絶望に満ちたもので、成人にもなっていないような子供がどうしたらああなれるのかと思い、その経緯を想像するのは難しかった。
と、その時。
「? 機体を触っているみたいです」
ポツリと観測手がつぶやいた通り、その少年は下手で持ち上げるように機体に触れていた。
何をするつもりだ? と司令が見守っていると、その少年の口が何やら動いたことに気づく。
もし司令に読唇術の心得があったら「第六演目」と言っていたことが分かっただろう。
それが起こったのは直後のことだった。
「————【戦車返し】ィイ!」
少年が吼えると同時に、戦車が180度回転した。横にではなく、縦にだ。
あまりの突然の出来事に車内の隊員たちの平衡感覚が機能せず、司令と操縦手だけが一瞬スリットの隙間から夜空とヘリコプターを見上げることができた。
直後に襲い来る衝撃。天地が反転したことも相まってようやく隊員たちは状況を理解する。
緊急脱出口に最も近かった砲手がそれを開けるのに手間取っている時、バギンッ! と硬質ゴムが引き千切れるような音が車内に反響する。
「し、司令! どうやら履帯をもぎ取られたようです!」
「そんなことはどうだっていいッ。早くここから出せぇ!」
車内が阿鼻叫喚となっている最中も、外では死の音が鳴り響く。
どれぐらいの時間が過ぎただろうか。ようやく開いた脱出口から隊員たちを制して一番に外に顔を出すと、司令は眼前に広がる光景に絶句した。
まさに地獄絵図だった。
ムチのように振るわれる履帯で薙ぎ払われる兵士たち。
ただの踏みつけで呆気なく砕け散るコンクリート道路。
もぎ取られた戦車の主砲が突き刺さって火を吹きながら堕ちるヘリコプター。
ヘリコプターが墜落した先にはビルがあり、その中と下にいた逃げ遅れた一般人が爆発や崩落に巻き込まれて金切り声を上げる。それが痛みに耐える声なのか断末魔なのかを考えるだけでも吐き気がこみ上げてきた。
周囲からは煙と火の手が上がり、それがさらなる混沌を呼び起こす。周辺には逃げ惑う、悲鳴を上げる、動けないの三通りの人間しかいなかった。
いや、正確には一つだけ例外がいた。
それはこの惨劇を引き起こした人間だった。
しかしそれを人間と呼ぶにはあまりにもはばかられるものがあった。
「なんなんだ、あれは……!!」
それを視線の先で捉えた司令はその現実離れした姿に喉を上下させる。
悪魔。
闇のように黒い金属の四肢を湛えたそれはボロボロの履帯を投げ捨て、完膚無きまでに踏み砕かれたコンクリートの上で何かを求めるように夜空を見上げていた。絶望に満ちた空間の中で悠然と希望を探していたそれに『悪魔』という表現以外は思い浮かばなかった。
「『ありがとう』だと!? ふざけんじゃねえ! お前の人生はまだ始まったばかりだ、そんな言葉で終わらせてたまるかってんだ! お前は今までの分を取り返すぐらいに楽しい思いをしたり笑ったりしなきゃなんねえんだよ。だってのに、どうして、なんで、そんな悲しそうに笑ったんだ!? お前は俺じゃねえんだぞ、新しい未来があるんだぞ、それに対して楽しそうに笑えよ。だから起きろ、生きろ、そして笑ってくれ! 白心ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」
世界を揺るがす轟咆と共に目から淀みや穢れを吐き出すその姿は、悲鳴や絶望という背景にあまりに溶け込んでいたから、司令は美術作品を見ている錯覚に陥る。
しかし残酷なことに、そんな鑑賞者に対しても悪魔は容赦なくサーカスを開催する。
「第七演目…………————」
メギギッ、と力の限り開かれた黒鋼の手のひらを横に振りかぶる。
まるで、一を得るために全を捨てることへの覚悟を見せるように、大きく。
「————【黒風転拳】」
その覚悟は形をなし、万象一切を吹き飛ばす死の嵐となった。
サブタイトルを一応説明すると、照光自身が死んだのではなくて照光の中にある道化師が死んだということです。




