第31話 最後の出陣
投稿です。余談なのですが、今僕は「冒頭を中心に改稿して再投稿しよう」かと考えています。第一章が終わったら書こうかと思いますが、みなさんは本作を冗長だと感じていませんか? よろしければ意見をお寄せ下さい。
『東側、異状なーし。そっちはどーだ?』
『西側も同様』
「南側も異状なしだ。北側はどうなってるんだ?」
『先生が一階エントランスに防衛兵器のすべてを配置してくださった』
『北側から熱源体が近づいて来たら自律行動を始めるよーに設定したんだとよ』
「ふうん」
今は午後八時。準備でこの時間になって夏の空はすっかり真っ暗だ。だが星はいつものように見えず、墨で塗り潰したような空に月を置くだけという風情のなさにため息をつきたくなる。
正面を見ると地平線まで伸びた大通りとその上を行く数多くの人と車が視界に入る。前に言った通りこのビルは東西南北に大通りが伸びていて、来るとしたらそれを通ってやって来るだろう。
照光が南側の防衛を希望したのには理由がある。
このビルに一番近い軍事基地は南側にある。つまり来るとしたらそこだけ、そうでなくても一番最初にこの方角から来る可能性が大きい。照光はあんな人でなしどもに頼らずにこの運命の壁を見事突き破るところを見せてやりたかったのだ。
努力ではなくできることを見つけることが大切だと教えてくれた、あの少女に。
「…………」
照光のできることは『白心を笑わせること』だと信じて疑わなかった。それはたとえ戦闘に特化したジーニアスだろうと雷を振るうネクストだろうとできないことで、それができることが照光にとって何よりの誇りとなっていた。
それが思い過ごしだと気づくまでは。
(「……クソッタレ」)
『ん、なんか言ったか?』
「なんでもねえよ」
悔しさで拳を握る。結局、自分は完全な無能なのだ。いくら人外の域に踏み入った天才どもをブッ倒そうとも所詮は少女を笑わせることすらできない全無能な無運枠で、そんな人間が誇れる理由がどこにあるというのだ。
他にも要領が悪いことや友達がいないこと、押された烙印や才能がないことなどコンプレックスを数え出したらキリがない。
その中でも最たるものがこの手脚だ。
拳で自分の脚を軽く叩くと、カンカンと布越しに金属音が響く。それらは現実に金属でできていて、生物特有の血の通った温かさはない。できることなら海に放り投げてやりたいほどこの義体の四肢を疎んじく思っていた。
だが。
——「温かい」、か。
——何を思って……いや、何を感じてあんなことを言ったんだろうな。
白心は義体に触れて「温かい」という言葉をかけた。これらには過ぎた言葉だしどうしてそんなあり得ないことを言ったのか未だに理解できないが、その時の白心の目はなんだか日向ぼっこをする白猫のように穏やかなものだったことを思い出す。
同時に、そうなった理由と思える白心の言葉も頭に浮かぶ。
太陽の魂。
激痛に苦しむ白心が絞り出した言葉だ。正直それもなんなのか分からないが、そんな温かそうなものを義体越しに感じ取っていたのならば、そうなるのもうなずけた。
ただ。
——俺にはもう、そんなものは残っちゃいないんだよ。
鏡を見なくても分かる。今の照光の目はあらゆる負の感情で熱を失った死人の目だ。
白心の求めているものが笑顔でないとしたらきっと太陽の魂がそうなのだろうが、死んだ目をした人間にそんな大層なものが残っているとは到底思えない。つまり、照光にはもう彼女の側にいる資格はないということだ。
——所詮俺は全無能な無運枠だ。
——誰かと一緒にいたらそいつまで穢しちまうんだよ。
大切な人だけは穢したくない。そうするためには一つの道しかない。
これが終わったら白心から離れよう。胸の奥で静かにそう決意した。
『あーかったりーなーったくよー。こんなん俺一人に任せりゃいいんだよ。なんだってわざわざ役割分担せにゃなんねーんだか』
『ふん、独り占めなど餓鬼臭いことするでない。獲物はきっちり三等分ぞ。もっとも、一人に関しては乗り気ではないようだがな』
『そーだ、テルミの仕事俺によこせよ。俺ァブッ壊せてテメェは楽できて一石二鳥だぜ♫』
『いや、計は今朝暴れたばかりであろう。ここはワシに譲るのが筋というものではないか?』
『俺ァすじ肉は好きだがその手のスジはきれーなんだよ♫ なあテルミ、俺に譲ってくれよ♬』
「…………」
『……テルミ? 聞こえてっかよオイ』
「クソッタレが。お前らが羨ましいよ。強さと慣れから殺すことに対する価値観が常軌を逸してる。俺みたいな普通の人間の身にもなりやがれってんだ」
『クカッカ。なんだよテメェ童貞だったのかよ♫ 何でも屋をやってるって聞いたから一人や二人ヤっちゃてるって思ってたのに案外ウブなんだな♬』
『ふむ、先の照光の発言を聞いたところ、「俺は初めて人を殺めることに躊躇いがあるがそれを譲る気はない」と解釈できるが相違ないか?』
『んん? どういうこったそりゃ』
「…………」
それは逆だな、と思いながら照光は答える代わりにポケットから手のひら大の端末を取り出す。電話や情報媒体として使うタブレット端末に見えるが、実際は専用の操作コンソールだ。それには画面いっぱいに『COMPLETE』という文字がデカデカと表示されている。
それは戦兵衛と計がいなくなった後で黒い白衣から受け取ったもので、その時に交わした会話を思い出す。
——なんですかこれ。
——君たちの夢を叶える装置だ。パスワードに君の名前をローマ字入力するとロックが解けて『LAUNCH』が表示される。よく考えて決めたまえよ。それを押すと、って押しちゃったのかね!? まだ全部説明してないのに!
——夢が叶うんでしょう? だったら押さない理由なんてないじゃないですか。
——……代償があるのだよ。言うことはできないが今の君にとって最も重い代償がね。
——代償、ですか。
——そうだとも。君の命や精神を保証できないほどのものだ。
——なんだ、たったそれだけですか。安心しました。
——たっ……た?
——さすがに世界が滅亡するとかだったら慌てましたけどそれぐらいだったら安すぎるくらいです。ありがとうございます。
——き、君は自分の言っていることが分かっているのかね!? 君には使命があるのだぞ! これが終わった後も白心ちゃんの側にいて温かさや笑顔を教えるという重大な使命が!
——すみません、そのことなんですが、反故にさせてもらいます。
——んなッ!?
——あいつは俺がいなくても強く生きていけます。なんたってあの人でなしどもを倒した俺より強いんですからね。
——じゃ、じゃあこうしよう。何でも屋である君に『白心ちゃんと共に生きる』よう依頼する。報酬は代償の免除以外なら望むものを与えよう。どうかね?
——お断りします。
——……一応理由を聞かせてくれないか。
——俺にはもう温かさも笑顔もありません。それを教えることが依頼に含まれるのですから履行できず、履行できない依頼を受注するほど俺は馬鹿じゃありませんよ。
——いや、君はやっぱり馬鹿だ。それもジーニアス認定されてもおかしくないレベルの馬鹿さ加減だ。なんで君は白心ちゃんが求めているものを理解できないのかね。まあともかく、何もかもが終わってから二人で話し合いたまえ。……話せたらの話だがね。
——無駄でしょうけど分かりました。それよりこれってなんの端末なんですか?
——ああそうだった。これはだね、————
それには多くの希望と何かの絶望が詰まっていた。
言うなれば、照光の怨念を世界へと叩きつけなおかつ白心との約束を果たす希望が詰まっていて、しかしその底にどのような不幸が残っているのか分からない逆パンドラの箱を開けるスイッチだったのだ。
それが世界に与えるダメージを考えたら、今更何人殺そうがほんの誤差程度でしかないし何よりこの世界の住人を憎く思っているから、照光は誰かを手にかけることになんら躊躇いはない。
ただ、いかに笑顔を忘れた道化師といえど観客がいる舞台で出演者を殺すわけにはいかないというところが少々面倒だと思っていただけだ。
だから正確には『躊躇いはないが殺すことができない』というのが今の照光の立場である。
——あいつは、今の俺を見たらどう思うかな。
伏し目がちにそんなことを思った照光は、白心の落胆の瞳を想像して少し気持ちが沈む。
『————ミ。テルミ。おいテルミ』
「ん、お、なんだ?」
『奴さん、どーやらおいでのよーだぜ』
計がインカム越しにも笑っていると分かる楽しそうな声で言う。チャキ、と戦兵衛が刀を抜いた音も聞こえた。
感覚を研ぎ澄ますと全方位から地響きが感じ取れる。それにキャタピラが道路を掴む音やローターが空気を叩く音も聞こえた。どうやら照光の願い届かず同時侵攻してくるようだ。
正面の南側大通りを見据えるといつの間にか車の通りが減っていた。よく目を凝らすと奥の方で交通制限の様子が見て取れて、行儀良く並んで行軍する戦車や兵士、その上空にヘリコプターが確認できた。
その瞬間、身体中の血液が燃える錯覚を覚えた。
何かの冗談だと言ってほしかった。
白心の確保に軍を利用することは事前に知っていた。だがなんだあの兵力は。まるでこれから正体不明の宇宙人と一戦交えるみたいではないか。
いや。
実際奴らにしてみれば、そのつもりなんだろう。
聖母の愛。それを持っているだけのただの女の子である白心を、この世ならざるものと認識しているのだ。
本当は頭突きが強くて料理が上手でちょっぴり繊細な、ただの女の子なのに。
「ふっ、ざっ、けっ、んじゃねえぞ」
あのすべてが、白心を捕らえに来ている?
有事の際には、白心を殺そうとしている?
銃で? 銃剣で? 手榴弾で? 主砲で? 機銃で? ミサイルで? ○○○○で?
白心がいる世界で人は殺さない。そうやって自分を縛ったばかりの鎖が引き千切られる。
「一人の女の子を、……白心をよってたかって虐げて何が楽しいってんだよ」
魔龍の腕が鳴り響く。
天龍の脚が轟き渡る。
虹野照光が喚き叫ぶ。
「白心がバケモノ!? 冗談も大概にしやがれ! その娘をメスで切り刻んで薬に漬けて笑っているお前らの方が人間じゃねえよ!!」
たった一人の少女を思って、一人の少年が世界に牙を剥いた瞬間だった。
「ブッ潰してやるッ! どいつもこいつも、白心の未来の礎になりやがれってんだッッッ!!!!」
さあ、終止符を打とう。
美しくて気高くて優しい少女を苦しめる、クソッタレな運命に。
笑顔を求め星空を望んだ少女を否定する、クソッタレな世界に。
大切な少女を救うために笑顔を捨てた、クソッタレな道化師に。




