第30話 黒幕の正体
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目的地。そのエレベーター内。
噂では聞くが実物は初めて見た。十字型大通りの交差点、少し盛り上がったそこに威風堂々と立つ様から将来の高天原のさらなる栄華を示すようだと言われ、『未来道ビル』と名付けられたのがこの建物だ。
「人間を実験体にするような国に何が栄華だ……ふざけがって……こんな世界はやっぱり作り変えられるべきだ……(ブツブツ)」
ドス黒い怨嗟を吐きながら階数表示のパネルを見上げる照光の目は、極度の疲労と不安で細かく痙攣し人としてなくてはならない柱がないように思えた。
いや————実際にそれはもうないのだ。
人間性。
照光が取り戻し、白心が欲して止まないもの。それを照光は再び手放していた。
憤怒、憎悪、悲歎、絶望。自分を含めるありとあらゆるものへと向けるそれらも理由だろうが、笑えない自分にはもう無用の長物だと判断した諦念が大きいだろう。
故に、仮に白心が復活したとしても自分は彼女の側にいていいものかと疑問に思っていた。
笑えないどころか空っぽの道化師など、壊れた人形以上に価値がないのだから。
カーン、と甲高い到着のチャイムが鳴ってエレベーターのドアが開かれる。その先にあったのは仕切りのない大部屋フロアで、その中央で一人の人間が二人を出迎えた。
二十代後半の若々しい見た目をした、墨に染めたように真っ黒な白衣を着込んだ女性だった。
「八時間と見積もっていたところを六時間十三分五十二秒でつくだなんて、よほどその娘のことを大事に思っているようだね。その思いに敬意を表して歓迎しよう。我が城へようこそ、照光くん」
計のケータイにかけてきた人物。高天原総合第一病院院長。照光の義体の提供者兼施術者。今回の騒動の首謀者。そして、この国では『黒い白衣』と呼び慕われている人物だ。
「お久しぶりです院長先生。最後にメンテナンスしてもらって以来ですね」
「事情はだいたい分かっている。早速最終試験の内容を説明しよう」
「その前に先生、一つ伺いたいことがあるのですがよろしいですか?」
穏やかな歩調と物言いとは裏腹に、照光の顔には至るところにあり得ない太さの血管が浮かび上がっていた。なんなら今すぐ飛びかかって黒い白衣を食い散らかしてもおかしくない形相だ。
そんな風になるのはもはや議論の余地はない。
「停電を起こしてでも逃がそうとするくらいならどうしてもっと早くに助けようとしなかったのですか? なんであなたは刺客を送ったりして俺らを試すようなことをしたのですか? いったいなんのつもりで……こいつをこんな目に遭わせたのですか!?」
彼女の前に立って圧倒的な怒気をぶつける。
計の電話に彼女の名前が出た時にはおおよそのことは理解できた。おそらく白心にハンカチを渡して自分を助けてくれる人間を探すように指示したのはこの人だ。子供が大好きで照光のようなワケありの子供の相談に乗ったり救済の手を差し伸べるような人だからそうとしか考えられない。
だからこそこの一連の騒動を起こしたのには理由があると察すると同時に、それが白心を傷つけてまでやるほどのものなのかと疑問と憤慨を覚えていたのだ。
「私は不明瞭なことが嫌いだ。三つ聞きたいのだったら最初からそう言いたまえ」
「俺は誤魔化されんのが嫌いだ。言いたくないってんなら最初っからそう言え」
「全部言うつもりだよ。だがその前に白心ちゃんをこれに入れたまえ」
ポン、と手を置いたのは人一人すっぽり入るカプセルのような機械だった。
フロアの中央にあるそれはまるで斜めにリクライニングされた蚕の繭で、そこから床に四方八方に伸びるコード類はそれを支える繭糸だった。当然機械でできているそれはやはり無機質なのだが、どことなく中に入った人間を優しく包みそうな母性的なイメージがあった。
「なんですかこれ」
「『神の子』と名付けている。延命機能があるから早く入れたまえ。一時のお別れだから言いたいことは言うように」
そう言って彼女は遠くのデスクに座って何やら事務仕事を始めた。そこは二人の声が聞こえないところで、おそらく空気を読んで移動してくれたのだろう。
一瞬ためらいはしたものの、背に腹はかえられないので指示通りそれに白心を入れる。
「空井、生きろよ。絶対に笑わせてみせるからそれまでの辛抱だぞ」
「待っ……て……」
手を離す瞬間、眠っていたはずの白心に袖を掴まれ、バッチリ目が合う。その目は雨の中飼い主にダンボールに詰められ運ばれる白猫のように必死で、すがるようなものだった。
捨てられるとでも、思ったのだろうか。
「なんだ、不安なのか? 安心しろよ。空井が眠っているうちに世界は変わってるからさ」
「……白心」
「えっ?」
「白心って、……呼んで」
白心が深呼吸しながら振り絞るようにしゃべり、照光に触れようとゆっくりと手を持ち上げた。
その手はただ照光の存在だけを求めていて、世界の改変などどうでもいいかのようだった。
それを照光は優しく包むように握り、
「分かったよ白心。じゃあ俺のことは照光って呼んでくれ」
「……照光、くん。……どこにも、行かないで……ずっと、側にいて……お願い……だから……私を……置いて、行かないで……」
「…………」
涙を流して懇願する白心に、しかし照光は何も言わない。照光が笑えないことを知ってもそう思ってくれるのかと考えるのが怖く、その問いにだけは答えることができなかったのだ。
そもそも白心は照光の笑顔を拠り所としていたのだ。それがなければこんな全無能の側にいる必要はなく、新たに自分にふさわしい伴侶を見つければいいのだ。
自分よりふさわしい器の人間など、高天原にはいくらでもいるのだから。
この少女は白鳥のように、幸せになれる場所に行く権利があるのだから。
「また、……答えてくれない、のね」
「……ごめん」
「馬鹿な人、ね。……私は、笑顔じゃ、なくて、……照光くんが、欲しいのよ。……笑えなくても、全然、気になんてしない、わ」
「!!! まさか白心、お前はもう、気づいて……」
「ねえ、照光くん」
「なん、なんだ白心?」
「————————」
この時からすでに白心の意識レベルはギリギリだったのだろう。声帯を震わせる力もなくなってただ唇を動かし、ブレーカーが落ちたようにフッとその手から力が抜けた。
死んではいない。気絶しただけだ。
そしてその声はたしかに届いた。
だけどどういった巡り合わせか、それは照光が誰よりも白心に言いたかった言葉だった。
「でもさあ白心、それはそんな顔して言う言葉じゃねえよ…………」
悲しみを呑み込むのにも限度がある。
応えることのない白心の手を強く握りながら笑えない顔を無理やり引きつらせ、嗚咽を漏らしながらうずくまった。
ありがとう
「終わったようだね」
いつの間に側に来た黒い白衣がいくつかパネルを操作した後、ガルウィング式の天蓋が閉まり瞬く間に内部が液体で満ちていった。それを見た照光は全身の毛が総立ちする思いで、渾身の拳を叩きつけようと振りかぶるのに一切の間隙を置かなかった。
「ああ待ちたまえ待ちたまえ! その液体は対象の身体に負荷をかけることなく酸素を供給するよう特殊調整されたものだ! 溺死するなんてことはない!」
フーッ、フーッ、と荒い息を吐きながら、あと十センチも伸ばせば天蓋を突き破るその手を押し留めた。別れた直後に溺死なんて冗談でもタチの悪い話だ。
「すまない、今の君に人を信じろという方が酷な話だった。どうか許してくれ」
「信じる? ————人を?」
照光の寄せた眉間のシワは、特殊相対性理論を説かれる幼稚園児、または算数の授業を聞かされる大学教授のそれと同種。
つまり、照光はその話を不可解であると同時に当然のものだと感じていた。
「先生……あなたは何を言ってるんだ? 俺は人を信じますよ。信じることしかできませんよ。だって人は白心しかいないんですから、信じるに決まっているじゃないですか」
「ッ……」
「もう俺には人類が人形にしか見えない。どいつもこいつも己の中の欲望や自己満足に操られるだけの操り人形だ。人間を超越した殺人鬼や破壊狂、他を魅了する世界の守護者、そして先生も、最悪の場合俺の親友でさえそうなのかもしれない。……鏡にもきっと、笑えない道化師の人形がいるでしょうね」
「…………」
「そもそもそんなことはどうだっていいんです。問題はただ一つ、どうして白心がこんな目に遭わなければならないのか、その一点に尽きます。ちゃんと相応の理由が、あるんでしょうねェ?」
プカプカと浮かぶ白心を心配そうに見つめる照光は、その背中から強い悔恨の念を放つ。
それに対して黒い白衣は一回うなずいてから口を開いた。
「もちろんだとも。まずは一つ目の質問に答えよう」
一つ目。『なぜ早く逃がさなかったのか』について。
「時間が欲しかったのだ。私は長年続く白心ちゃんにまつわる計画のチーフを任されていてね、そんな立場の人間が周りの目を欺くにはとにかく時間をかけるしかなかった。停電を起こして白心ちゃんを逃がす準備もその一環だったのだよ」
「とりあえず納得しましょう。二つ目は?」
二つ目。『なぜ度々刺客を送ったのか』について。
「白心ちゃんに選ばれた照光くんを試したかったのだ。どれほどの敵を前にしてもただ白心ちゃんのためだけに戦う気概を持っているかどうかを知りたかったのだよ」
「別に逃がすだけでも良かったのでは?」
「この娘はずっと孤独で心も感情も死んでいた。人の温かさというものを知らないこの娘には人として生きてほしかったから照光くんのように豊かで優しい心の持ち主の側に置いてやりたかったのだよ」
「ではもし白心が心の乏しい人間を選んだらどうするつもりだったのですか。それこそ取り返しのつかないことになっていたのではありませんか?」
「温かさを無意識に求めていた白心ちゃんにその心配はないよ。三つ目に行こう」
三つ目。『どうして白心が死に目に遭うのか』について。
「こればかりは予想できなかった。戦兵衛くんか計くんに負けたらそれまでと思っていたのだが、まさか生き返らせてまで照光くんを求めていたのは計算外だったのだ」
「計算外で済む話じゃ、ねえんだぞ……!!」
「本当に申し訳ない。お望みとあらば目でも歯でもなんでもこの場で抉り取って詫びてみせよう。そうだ、なんなら両手脚を切り取って君と同じ苦痛を味わうというのもやぶさかではないが?」
そんなグロテスクな提案をむしろ楽しそうに言う黒い白衣に、照光は呆れるように息を吐く。
「もういいですよ。本当に予想できなかったのは分かりましたから」
おそらく彼女は照光を『何がなんでも主人を守る騎士か番犬』に仕立て上げたかったのだろうが、まさか改蔵の言うような共依存の関係を築くとは予想だにしなかったのだろう。さしずめ医科学者でも人の心までは予想できないといったところか。
「それと最後にもう一つ聞いてもいいですか?」
「なんだね」
「なんで白心を……いや、俺たちを助けようとするんですか」
「まあ確かに知りたいだろうな。私はだね、才能というものが嫌いだ。持つ者が敬われ持たざる者が蔑まれ、取捨の選択もできずに人の人生を左右し、時として命の選択を迫るそれが大っ嫌いだ。現に君たちみたいに極端な例を目の当たりにしてどうして好きになれようか」
「…………」
照光は才能がなさすぎて、白心は才能に恵まれすぎている。どちらになりたいかと聞かれれば十中八九が後者を選ぶだろう。だが、そちらの方がよほど修羅の道となることに気づかないのが世の常なのだ。
黒い白衣はその本質を理解している。強すぎる薬は時として毒となるように、大きすぎる才能は人を内と外から蝕むということを。そして理解しているからこそ才能において両極に位置する子供達————照光と白心を救いたいと思ったのだろう。
「つまりは老婆心が過ぎただけだよ。大人が子供を助けても、別に罰は当たるまい?」
「先生は才能持ちではないのですか?」
「少しばかり好奇心の強いただのババアだよ。もっとも、私が高天原の創成メンバーに選ばれた時にはそうだと気づく輩はいなかったようだがね」
「……先生っておいくつですか」
記憶では高天原ができたのは照光が生まれるずっと以前の話だったはずったはず。で、目の前の美女はどう見ても二十代、多く見積もっても三十代前半だ。
「女性の年齢なんて聞くもんじゃないよ。でも疑問に思うのは当たり前か」
さもありなん、しかし秘密だといった風に口元を綻ばせながら、黒い白衣は『神の子』の操作パネル上で手を動かし続ける。
「なんとなく察しているんじゃないかね? これがただの延命装置でないことぐらい」
「なんとなくは。しかし詳細までは分かりません」
「ヒント。コレは長年高天原から隠れながら制作に尽力してきたものだ。なんだと思う?」
黒い白衣の目が何かを期待するように光った。
なぞなぞは苦手だし付き合う気もなく、そもそも興味がなかったからさっさと話を進めてほしかったのだが、気分を害するのは得策ではないと踏んで型落ち電卓な頭で必死に考えてみた。
黒い白衣は自分たちに機能の一部である延命機能を使わせているところから少なくとも殺す気はなく、おそらく装置も毒となるものでもないはずだ。現に備え付けの生体情報モニターには安定しているであろう白心の心電図が映されているからとりあえず信じてもいいだろう(もっとも、それらすべてがフェイクではなく本物だと信用する根拠がないのは否めないが)。
——長年隠れながら制作、って言ったよな。
——それってつまり昔から叛意かそれに近いものを……ってそれは今関係ないか。
ただ、高天原にとって害になると自覚がある上で作っているのは確かで、きっとこの国の標榜するものに反するものだろう。
——この国の標榜するものか。
——標榜ってつまり、「俺はナントカ主義だ〜」っておおっぴらに言うことだよな?
——この国はええっと、功利、科学、現実、物質、あとチカラとか才能とかを————
「まさか」
「そのまさかだ。やはり君はバカではないね」
パネルを操作しながら黒い白衣の口の端が不気味に歪む。
しかしその口から出た言葉は、照光が誰よりも望んでいたものだったのかもしれない。
「虚数次元演算領域、つまり根源の羽根を消す装置だよ」
「……………………………………本当なんですか」
才能の消去。
超人から常人への退化。
天才から凡才への逆行。
金剛石から石ころへの遡及。
普通の感覚を持つ人間にとっては絶望に等しいものも、しかし照光と白心にとっては希望以上のものだった。
根源の羽根を消す。それはつまり発熱の原因や追われる理由を取り去るということで、白心がこれ以上自身の出生や運命を呪わずに済むということだ。
夢でも見ているのかと思った。
「ほ、……本当なんですかッ。本当にこれはあいつを悪夢から救う装置なんですかッ!?」
「本当だとも。これで根源の羽根をアンインストールすれば白心ちゃんは普通の女の子になることができる。髪の色はそのままだろうが君たちは平凡な日常を過ごすことができるようになるのだ」
「信じられない。そんなことは考えたことすらなかった」
だが、そんなものを作った人間をこの国が見過ごすわけがない。
高天原は研究を名目にネクストを進んで集めている。黒い白衣が作り上げたものは言わば高天原の意思を真っ向から否定しているようなものだ。そんな反乱分子を放っておくほどこの国は甘くないはずだが……。
「先生はこれからどうするつもりですか」
「これを皮切りに私は子供を実験体にする狂ったこの国に反旗を翻すつもりだ。最終試験が始まった時にはもう私は反逆者、後は知り合いの組織に身を寄せるからきっともう君には会えないだろうね」
「そ、んな。じゃあこの『神の子』はこの日のためだけに作られたのですかッ!?」
「いや、本当はもっと似たように悩む子を救いたかったのだが、この際致し方あるまい」
そう言って黒い白衣は窓に囲まれたこのフロアの一角に赴き、外の景色を一望する。照光からは見えなかったが、その目は過去の過ちを悔やむように沈痛そのものだった。
「いい人だなんて間違えても思うなよ。私がこの国に与してしまったことからどれほどの子供たちが絶望の淵に追いやられたか知ってるかね? 私がやったことはもう、一生かけても償えるものではないのだよ……」
「でも、あなたはこいつを救ってくれる」
照光の言葉に黒い白衣は意外そうに顔を向け、興味深そうに目を細めた。
「確かに先生がどれほどのことをどれだけしたかなんて分からないし正直知ったこっちゃありません。でも、助かる白心の命と人生は確かなもので、白心と俺はそのことを一生かけて感謝するでしょう。それに、あなたは医者として多くの人を救い、多くの人から感謝されています。俺も先生が義体を提供してくれなかったら今頃どうなっていたか、想像に難くありません。俺は先生に感謝してもしきれません。そのことは少なくとも、胸を張ってもいいのではありませんか?」
「……救うのは君だ、私ではないよ。あと正確には医科学者だ。間違えないように」
そう言いながらそっぽを向く間際の黒い白衣の目が、少し赤くなっていた気がした。
「白心ちゃんを護ってもらうためとはいえ、照光くんを巻き込んでしまったことには変わりはない。私は感謝されるどころか君に恨まれるべきなのだよ」
「冗談キツイです。俺はあいつと会えたことによって人間になれて、その上生きる目標までできました。それがどうして恨まなければならないのですか」
「フッ。変わった子だ」
そう一笑に付して、黒い白衣はこちらに向き直る。
「本題に入ろう。最終試験についてだ」
「最終試験……」
「そう。これに合格したら照光くんには白心ちゃんを一生護ってもらう。不合格の時は……分かっているね?」
「はい」
「重畳。試験はごく単純なものだ」
ふふん、と含みのある笑みを見せた先生はその試験内容を言った。
まるで、無垢な子供が核発射ボタンを押すかのように、呆気なく。
「これから高天原の軍隊を相手に戦ってもらう」
「……………………………………………………」
「これから私は白心ちゃんの居場所を密告して軍を要請する。それを君が打ち払うのだ」
「……………………………………………………」
「根源の羽根をアンインストールするのにかかる時間はおよそ二時間。その間『神の子』に入った白心ちゃんを護衛することになるのだが、どうするかね?」
「…………………………………………うあ、はい」
「さすがの君も返答には困るか。いいんだ、ゆっくり考えたまえ」
「いえ、必要ありません。かと言って、思考を放棄したわけでもありません。俺の肚はとうの昔に決まっています」
「そうか、ではその肚とやらをお聞かせ願おうか」
ニヤッ、と人の悪い笑みを浮かべる黒い白衣に、照光は期待通りの答えを言い放った。
「俺たちの前に立ち塞がるものはこの手でブッ飛ばす。です」
照光の中にはもう温もりや人間性は残っていない。
だが、白心を護って幸せにしたいという気持ちだけは本物なのだろう。
「ただ、どうして高天原の軍なんかが相手なんですか?」
「理由は二つだ。一つは照光くんが白心ちゃんを苦しめるこの国と真っ向から敵対する意思を表明してもらうため。もう一つは私がこの一件を密告することで安全に逃亡するためだ」
黒い白衣にはこの場から離脱しその知り合いとやらの組織に身を寄せるまでの時間と安全性を確保する必要がある。そのために白心と彼女を連れ去った照光の居場所を密告することで『自分は高天原の味方だ』と示唆してしばらくの間疑いの目が向けられないようにしようとしているのだろう。
それに照光が高天原に対して敵意を持っていることを見せれば、無運枠といえど白心を連れ去った実績のある照光を抹殺かつ白心を確保しようと躍起になるはず。それを真っ向から迎え撃つ覚悟を見せろと黒い白衣は言っているのだろう。
なんとなく事情を察した照光に黒い白衣が「すまない」とだけこぼした。彼女にまだ生きてこの国と戦う意思があってむしろ嬉しいくらいだったから、照光は黙って首を振った。
「代わりと言ってはなんだが助っ人を呼んでおいた。この国を一人で相手取るのは困難を極めるだろうからな。是非有効活用してくれたまえ」
「助っ人?」
ちょうどその時、カーン、と現代っ子には馴染みのあるチャイムが響き、振り向いたらエレベーターが開かれるところだった。
その中から出てきた二人の姿を認めた瞬間、照光は身体中の血液が沸騰するかと思った。
「あークソッ、まーだ頭がガンガンしやがる。テルミの頭って王鋼並にかてーんじゃねーの?」
「うむ、同意できる。だがそれより硬い拳で殴られた儂の身にもならんか」
白心を化け物だと吐き捨て、一切人間として見なかった殺人鬼————桶狭間戦兵衛。
白心への拷問を快楽と捉え、徹底的に心身を痛めつけた破壊狂————天野計。
白心をいたぶった二人が視界に入った。皮剥ぎ肉削ぎ骨折り命刈る理由としては充分すぎるものだったが、突っ込む直前で黒い白衣に襟首を掴まれそれを阻まれる。
「抑えたまえ。こんなところで体力を消費するほど照光くんに余裕はないはずだぞ」
「あいつらがァアッ! ぅあいつらがァアアアッ!!」
二人の姿を認めたことから憤怒、憎悪、悲歎、殺意の感情が照光の中で渦を巻き、今すぐこの手脚を解き放ってあの二人を原型を留めないほど叩きのめそうと暴走する。それをわずかに残った理性が必死に押さえつけようとするが、鬼神の如き形相で手脚を震わせるところから旗色が悪いことが窺えた。
そんな照光を見て頬に大きなガーゼを貼った戦兵衛は馬鹿らしそうに鼻で笑い、額に巨大絆創膏を貼って左手に包帯を巻いた計はおちょくるように舌を見せた。
ブヂン、という音が脳内で聞こえて身体を弾き出そうとする。が、その直前に黒い白衣が放った一言で思いとどまることとなった。
「白心ちゃんのためだ。抑えたまえ」
ブシューーーーーーッ、と肺に溜まった空気を鼻から噴き出す。それには冗談抜きで照光の周囲が白く曇るほどの熱気が込められていたが、それが吐き出されたことにより猛る身体がいくばくかクールダウンされる。
「君がそうなるのも是非はない。が、彼らは私の命令しか聞かないからもう白心ちゃんが傷つけられるようなことは起きないよ」
「そのあなたが白心を拷問するように言ったんだろうがッ!」
「周囲からの信頼を得て疑われないようにするため、ひいてはこの日を迎えるためにやむを得なかったのだ。どうか分かってくれ」
「……クソッタレがッ」
「あまり彼らを恨まないでくれ。今朝の出来事が決め手とはいえ、白心ちゃんは『リバティーランド』の影響で遠からずこうなっていたのだから」
事情は頭では分かる。だがいくらそうせざるを得なかったとはいえ白心が酷い目に遭った事実には心で納得することができなかった。
襟首を掴む手を振り払い、こちらに歩み寄る二人を射抜くように睨む。
「どのツラ下げてここに来やがったッ。先生が呼んだ援軍とはいえお前らをこの場で八つ裂きにしてやってもいいんだぞ」
「テルミのやろうとするこたぁ親の仇でヤクザの事務所に乗り込もうとするガキとなんら変わんねーぜ? まーつまり俺が言いてーのは、『命を粗末にするな』ってこった♫ わー俺ってばやっさしー♫」
「ふん。照光、見たところうぬにはもうそんな力は残っておらぬ。うぬを殺したいと思っている儂でも、万全でないうぬとやるのは少々本意から外れるな」
「なら刺し違えてでも八つ裂いてやるよ」
「お? やっちゃってもいいカンジ? 瞬殺ってもいいカンジッスか?」
「ふむ、まあ、万全でないとはいえ憎悪に滾るうぬを斬り刻むのも一興かも知れぬな」
「悪いがそれには答えてやれねえ。ブッ潰してやる」
ゴガギギギ、と血に濡れた魔龍の腕の指関節を鳴らして眼光を鋭くする照光。
日本刀を慣れた手つきで抜いて殺人衝動にスイッチを入れる戦兵衛。
髪の毛が静電気で逆立つほどの雷をまとって破壊欲を解き放つ計。
そんな一秒後には荒野ができかねない爆発寸前の空気のど真ん中に、見てられないと言った風に黒い白衣が踏み入る。
「やーめーたーまーえ。君らの敵は一つにしているつもりだ。それを見失わないように」
「……チッ」
「仰せのままに」
「あいあーい♫」
それにしても分からない。こんな傍若無人な異常者どもがいったいどういう経緯で誰かの命令の下で動くようになるのか。どっちみちそんな輩を助っ人にされて迷惑千万だ。
「重ね重ね申し訳ない。今手元で動かせるのがこの二人だけなのだ。どちらも戦力として最高のものだし今回に限ってどんな命令でも聞くように言っているから好きなように使ってくれ」
「まったく、仕方ありませんね。じゃあちょんまげは西の道路から、先割れ舌は東の道路から来る軍隊を相手にしろ。俺は南のをやる」
「名前も覚えられんのかうぬは」
「だけどテルミよー、それだと北側がガラ空きんなるけどどーすんだ?」
「無運枠舐めんな。それぐらいお前らがやれ」
「「いばるな!」」
「仕方ない、出血大サービスだ。このビルにある兵器すべてを北側の防衛に充ててあげよう。感謝したまえよ?」
「おお、なんという寛大なお心遣い。この桶狭間武道守戦兵衛、恐悦至極にございまする」
「スンマセンねバーさん。テルミがもちっと人間だったら話は変わるんスけどね♬」
「…………(ビキビキビキ)」
「それとこの小型インカムを耳につけたまえ。離れていても連絡が取れるから重宝するだろう」
「御意」
「ありがとうございます。でも先割れ舌にはいりませんよ。経費削減のためにもこいつには自家発電波で通信してもらいます。お前もそれでいいよな? ていうかできるのかな?(ニヤニヤ)」
「そーだなー、無運枠のテルミじゃ絶対にできねーことをやることも白金ネクストの義務だからな。頭下げりゃやってやらんこともねーぞ?」
「んだとゴラ」
「クッカカッカカ! テメーから吹っかけてきて逆ギレすりゃー世話ねーわな♬」
「潰す」
「やってみろや♬」
「推して参る」
「あーーーーーーーーもうやめたまえ! 仲良くしろとは言わないがせめて今だけは協力してくれ! ほら散った散った!」
いよいよ堪忍袋の緒が切れた黒い白衣の鶴の一声によりその場は収まる。だが青筋浮かぶ照光、居合い構えの戦兵衛、底意地悪く笑う計を見れば一触即発であることが容易に窺えた。
この子たちで本当に大丈夫なのだろうか。こうなるとは分かっていたとはいえ心配を禁じ得ない黒い白衣であった。
あともうちょっとで第一章が終了します。




