第28.5話 黒幕の思惑
すみません、ちょっといろいろありまして遅れてしまいました。次話は早めに出しますのでご容赦ください。
「今、そちらに向かい始めました」
ダストタワーの頂上で胡座を掻く瞑目で巨漢でちょんまげな和装少年、桶狭間戦兵衛がケータイ片手に報告する。
『了解した。では戦兵衛くんもそっちでノビてる計くんを回収してこちらに向かってくれ。いくらか遅れても処罰は科さない、しかし夜までには来てほしい。頼んだぞ』
「御意。……先生」
『ん、なんだね?』
戦兵衛はたとえ相手が電話口であろうと話を聞く気構えを取るために姿勢と身だしなみを整えてから、核心を問い質した。
「儂には少々、先生があの二人に入れ込みすぎのように見えるのですが、一体何を以てあの二人に関わろうとするのですか?」
この国、高雅天上ヶ原は超科学国家にして天才と超人たちの楽園だ。
戦兵衛の電話口の相手である上司はそこの最上層部に位置する人間であり、戦兵衛が化け物と断じた少女に関する計画の責任者でもある。そんな彼女が向こうで大の字になって気絶している白金ネクスト、天野計をも超える純度の少女を気にかけるのはともかく、腐っても無能な無運枠である少年になぜそこまでこだわるのかが、戦兵衛には理解できなかったのだ。
『気になるのかね?』
ふふん、と楽しそうに鼻で笑う電話口の相手に、戦兵衛は緊張の面持ちで続きを待つ。
『別段大した話ではない。以前も言ったように私は精神医学を勉強中でね、君たちのような精神的に特異な個体同士が交錯した時の一挙手一投足の観察と研究をしたかったのだよ』
「ふむ、もしや儂や計がするあの化け物への拷問だけでは足りませんでしたか?」
『今度白心ちゃんを「化け物」などと言ってみろ。外装なしのシャトルに乗せて愉快なスペースデブリにするぞ』
戦兵衛は口をつぐむ。彼女は公明正大を信条にしている人物で、逆を言えばやると言ったことは絶対に完遂するまで行動する人物だ。今しがた言った言葉も、戦兵衛が高い戦闘能力を誇っていることを知っての上の発言だとすれば、彼女の逆鱗に触れるのは得策ではない。
ふふん、と上司は楽しそうに戦兵衛の沈黙を鼻で笑う。
『そうかしこまることもない。ただ私は君たちみたいに殺戮や破壊に意味を見出せなくてね、もっと別なパターンやシチュエーションが欲しかっただけだよ』
「ほう、そうだったのですか」
『だがことは思いも寄らない方向に進んだ。まさか「太陽の魂」を持つ無能の少年が釣れるとは夢にも思わなかったよ』
「…………」
虹野照光。
『太陽の魂』の持ち主にして黒い無機義体の装着する無運枠。そして、桶狭間戦兵衛と天野計に打ち勝った全無能の少年。
あの時の屈辱を思い出し、図らずもケータイを持つ手に力がこもる。
『彼のおかげで強靭な精神は超人の肉体や技術を超えられることが証明できた。こんなデータが採れるだなんて、まったく彼には感謝しなくてはな。戦兵衛くんもそう思うだろう?』
「ッ…………返す言葉も、ございませぬ」
『素直でよろしい。で、聞きたいことはこれで満足かね?』
「それがすべてとは思えぬこと以外は満足です」
ふふん、とむしろ向こうの方が満足そうに鼻で笑う。
「儂は、先生の抱く魂胆を恐ろしく思います。詳しくは知りませぬが、広く深く暗く、それに呑み込まれたものに終わりのない転落の運命を背負わせるような深淵を思わせるものだ。そんなあなたが、たったそれだけの理由で停電を起こしてまで空井白心を解放するわけがない」
『当然だ。いくら知りたくてもリスクとリターンを天秤に掛ける良識は持っている』
ゴクン、と戦兵衛が唾を飲み込む音に上司はふふん、とまた楽しそうに鼻で笑う。
だが、その上司が次に放った言葉に戦兵衛は呆けた声を上げずにはいられなかった。
『おとぎ話さ』
「…………はっ?」
『おとぎ話だよ。知っての通り私は子供が大好きで、よく休日を使って図書館で読み聞かせの先生をやらせてもらっているのだ。その本の中にいろんな国々のおとぎ話も入っていてね、この歳にもなって感銘を受ける作品があるのだよ』
「それが一体、なんの関係が?」
あまりにも不可解な話に一人きりとはいえ首を傾げるほど困惑する戦兵衛。それを知ってか知らずか、電話口の上司はとどまることなく語り続ける。
『どこの国かは忘れたが、その中の一冊に「お姫さまと森の民」というものがあった』
「はあ」
『その話がとても考えさせるものでね、とにかく子供たちに大人気なものだったのだよ』
「はあ」
要領を得られずあいまいな返事しかできない戦兵衛にも構わず、上司はそのあらすじを話し始めた。
『昔々あるところに、他の人と違う瞳と肌、髪の色をしたお姫さまがいました。ある日お姫さまはその気味悪さに森に捨てられてしまいます。そして森の中を彷徨っているところを森の民である少年に介抱されました。二人は共に過ごして行くうちにお姫さまは優しくてたくましい少年に、少年は健気で美しいお姫さまに恋に落ちました。ところがある日、お姫さまを捨てたことを反省した王族がお姫さまを迎えに来ました。少年と生きることを決めたお姫さまはそれを拒み、逆上した王族から彼女を守るために少年は彼らと戦うことを決めました。しかし多勢に無勢、二人は次第に窮地へと追いやられ…………』
「……追いやられ?」
『話は終わる』
「それはまた、奇異な話で」
『私は言ったぞ、「考えさせるもの」だと。その作品はどうしてか未完のまま出版されたもののようでね、結末は私がいくら調べても分からないのだ』
はぁ〜〜、と戦兵衛は胡乱な相槌とも呆れのため息とも取れる声を出す。これだとこの話どころか先の話をも帰結どころか宙ぶらりんにしてあまりあるものではないか。
『勘違いしないでくれたまえよ。それこそがあの二人に肩入れする理由の一つなのだからね』
「と、言いますと?」
『私は作中の二人をあの二人に投影して、作品を補完しようと考えたのだよ』
ゾクリ、と嫌な悪寒が背筋を走り抜ける。
恐ろしい、と戦兵衛は素直に思った。
リスクと比べて些末なリターンを選ぶ愚劣さをではない。
その些末なリターンを甚大なリスクよりも有意義と見る価値観の歪みが、ひたすらに戦兵衛の常識の根底を揺るがした。
本人はリスクとリターンを天秤にかけられる良識を持っていると言った。それは事実だろう。ただ、あろうことか彼女はかけた上で恩恵の少ない方を選んでいるのだ。
こんなしょうもないことを知りたいがためだけに超科学国家を裏切り、あまつさえ実験体の少女を無能の少年に預けて成り行きを観察するだなんて、戦兵衛はその知識への貪欲さに不可解さを通り越して身震いを覚えた。
それにしても分からない。他の理由もきっと常人(と戦兵衛が呼べるかどうかは別にして)には理解できないような奇天烈なものなのだろうとは予想できるのだが、それの方が主因ではないかと思えてしまうことが、分からなかった。
沈黙する戦兵衛の意を汲んでか上司の笑い声には特に残念そうな雰囲気はなく、ふふふ、と落ち着いたそれは村の子供を見守る長老の寛容さを連想させるものだった。
『では次はこちらから質問だ。君はあの二人をどのように思っているかね?』
そう聞かれちょうど下で駆けている照光と彼に背負われた少女の方に顔を向ける。
「どちらか片方だけでも殺したいですな。あんなありもしないつながりや絆などに踊らされているのを見ていると出来の悪い劇を見せられているようで虫唾が走る」
『君が相変わらずで何よりだ。それでは後のことは頼んだよ』
——相変わらずなのはあなたの方ですよ。
わけの分からない質問にも慣れたもので、もうつながっていない電話に対してやはりため息しか出なかった。




