第28話 一縷の希望
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「まったく君はバカだ。本当にバカだ。底なしのバカだ。救いようのないバカだ。なんであそこで手脚を捨てたりするんだいまったく。奇襲にしてはリスクが大きすぎるし撹乱にしても同様だよまったく。おおかた手脚がなくても勝てるって証明でもしたかったんでしょまったく」
頭に包帯を巻いた改蔵が回収した無機義体を照光に装着し、脱がした上半身に応急処置を施しながらプリプリと愚痴をこぼす。傍らにある簡易医療キットは『A-MAX』に常備しているものを持ってきたのだろう。
「それにしても酷い傷。完全に胸の傷が開いているよ。気絶どころか今すぐショック死してもおかしくない出血と痛みのはずなのに、よく生きていられるね。まさに愛の為せる技ってところかい?」
心が死ぬ、という言葉があるとすれば、それは今の照光のことを言うのだろう。
改蔵のからかいや心配、麻酔なしの消毒と縫合に一切の反応を見せず、なんの感情もこもらない瞳で朝空を見上げる照光は、まさに抜け殻という表現が妥当だった。大切な人が自分のせいで死に、自分だけのうのうと生きる苦しみなど、常人に計り知れるものではない。
「……泣いているのかい? ごめんね、麻酔はないからもうちょっと我慢してね」
「そうじゃねえ。……そうじゃねえんだ……」
「だろうね。分かってるよ、理由くらい。……よく見たらテルの身体、ウチに来た時と同じ状態だね。胸と背中の傷も欠けた右耳もそのまんまだよ。完全に治さないように空井さんに頼みでもしたのかい?」
まるでその言葉が引き金だったかのように仰向けのまま照光は改蔵の胸ぐらを掴み上げる。
「その名前を出すんじゃねえ! あいつはもう死んだんだよ! 俺との約束も守れないまま、あいつは死んだんだ! 俺にもっと力があればこんなことにはならなかったんだ! 俺の存在がいらない悲劇を起こしちまったんだよ! ほら、哀れんでくれよ、見下してくれよ、軽蔑してくれよ。生ゴミよりも存在価値に劣る俺を、……殺してくれよ……」
自分の生きる価値と理由を見出せない照光は涙と鼻水を滝のように流し、懺悔とも取れる言葉を漏らす。そこに白金のネクストを倒した勇猛さの影もなく、希望を失って途方に暮れる少年しかいなかった。
「そんなに声を張り上げられるならまだ大丈夫だね」
押し潰さんばかりの激情をぶつけられても、何事もないかのように針を持った手を動かし続ける改蔵。彼の顔も声も、おそらく心も場違いなまでに落ち着いたものだった。
「…………本当にそう思っているのかい?」
「当たり前だ。だからその手で俺の首を絞めろ。苦しみの中で地獄に落としてくれよ」
「いいニュースと悪いニュースがある。それを聞いてからだったら殺してあげるよ。どっちから聞くかい?」
この時、改蔵が意味深な笑顔を浮かべたことにこの上ない殺意を抱いたがなんとか押さえ、
「……これ以上の地獄なんてねえよ」
「じゃあ悪いニュースからだね」
胸ぐらを掴まれた窮屈な姿勢のまま、改蔵は飴を転がすように言った。
「空井さんが重体だ。病状は刻一刻を争うもので、今すぐ死んでもおかしくない状態だ」
「ケッ、なんだそんなこ————カイ、お前今、なんて?」
「そう、同時にいいニュースでもある」
改蔵の笑顔が、弾けた。
「空井さんはまだ生きている。危険な状態だけど、たしかに脈があったんだ」
グオアオンッ!! と。往年の盗塁王の体捌きを超えかねない速さで、傍らで手術をしていた改蔵が吹き飛びかねない勢いで、手術針が刺さったままの身体を弾き出した。その身体が向かう先はただ一つ。白心の側だ。
白心との距離はそれほど離れておらず、まもなく見つけた照光は彼女の横にピッタリ張り付く。その豊満な胸に耳を当てると不安定だが人形ではなく人間の温かい心音が聞こえ、顔を見るとその口から熱い吐息を漏らしていた。
生きている。白心はまだ生きているんだ!
「もう一度言うけど危険な状態だ。大量の発汗、呼吸の乱れ、痙攣、頻脈、不整脈、特に頭部の異常な発熱がマズイね。触診だけどたぶん四十二、いや四十三度はあった。早く病院に運び入れた方がいいよ」
いててて、と頭を押さえながら改蔵が二人の許に駆け寄る。
根源の羽根。白心の力の源にして一連の出来事の原因。
それが『リバティーランド』でリミッターが外れた状態となり、最大出力で解き放たれたために脳内で暴走しているのだ。
それによる発熱は異常なもののようで、まぶたは城門のように固く閉ざされ、吐き出す息も一定ではなく、素人目でも死ぬ直前だということがはっきりと分かった。
あれもこれも、自分が不甲斐ないせいで起こったことばかりだ。
「クソッタレ……」
自らを罵倒しながら白心の手を取ると、激痛に苛まれるように指先をピクピクと痙攣させ時折持ち上がっては落とすを繰り返す。気絶しているはずなのにまるで照光に触れようとするそれに、照光は強く握り締めることで応える。
「バカ野郎が。俺を生き返らせたお前のことだ、どうせ自分のためじゃなくて俺のために今も生きようとしてんだろ。そういう自己犠牲なところが大っ嫌いっつってんのがなんで分かんねえんだよ」
そんな白心と同じように照光は自分を削る男なのだが、誰かのためならそれが当然だと思っているからか自覚なしに白心を叱責する。
「なあ空井、俺、お前に謝らなくちゃいけないことがある。俺、笑顔を捨てちまった。もうお前を笑わせるための笑顔はなくなっちまったんだ。俺はもう、笑うことも笑わせることもできないんだ。……ごめん……約束を破って本当に……ごめんよおおおおぉぉぉぉぉぉ…………」
涙は枯れない。溢れて流れて、白心の頬に落ちる。ポタポタ、ポタポタと、葉の上の朝露のように途切れることなく落ちる。
「う、う、うぐううああああああはっあはっはああああああああぁぁぁぁ…………」
それは奇跡だったのかもしれない。
大切な人に涙を流す優しさが起こした奇跡だったのかもしれない。
最初にそれに気づいたのは二人を見ていた改蔵だった。
「テ、テル! テルってば! ほっぺた! ほっぺたに触って!」
突然そんなことを言われて反射的に自分の頬に魔龍の腕を伸ばした照光も、その奇跡に気づく。
白心の温かい手が、照光の頬に触れている。おぼろげな目が照光を見つめている。
滴り落ちる熱い涙がまるで産湯となり、白心を目覚めさせたのだ。
「まあ、こんな——ところに、いたの——ね、強くて優——しい、私だけの魔王。清く正しい、私——だけの騎士。笑顔が素敵——な、私だけの道化師」
「空井! 良かった、目を覚ましてくれたんだな」
「すごい……あの状態から目を覚ますだなんて。まるでドラマだ、信じられないよ」
「空井、俺はお前に礼を言わなくちゃならない。お前は二度も俺を人間にしてくれて、二度も命を救ってくれた。初めて会った時に俺に頭突きをかまさなかったら、今頃精神が崩壊していたかもしれない。お前が俺の希望にならなかったら、今頃人間未満に逆戻りしていたかもしれない。お前は、俺の『ネジ』になってくれた。お前への感謝、お前という希望が俺を人間に留める『ネジ』になってくれたんだ。ありがとう。ありがとう。ありがとう……」
感謝の言葉を口にして白心の手を強く頬に押し当てる。その温かさが自分の笑顔と同じで散り際に見せる最期の輝きだと悟っても、泣くだけで何もしてやれない自分が酷く憎く恨めしかった。
「あなたが無事で、本当——に良かった。もしかし——たら私は、あなたを笑わせる——だけじゃなくて、あなた——を救う役目も、あった——のかもしれないわね」
「もういいッ、もういいから、それ以上しゃべらないでくれッ……!!」
「ああ、なんてきれい——なのかしら。私の大好き——なあなたの笑顔が、こん——なにも近くにあ——る。こんなものを特——等席で、見られるだなんて、私は世——界一の、幸せ者だわ」
「空井……? 俺は笑ってねえぞ? お前の目の前には汚い泣き顔しかないはずだぞ?」
「こらこら、そんなに——笑うと、疲れちゃう——でしょ? 私はもう、お腹——いっぱいだから、あ——なたは休みなさい。また——明日、見せて——ちょうだいね」
「お前まさか、意識がもう……ッ!!」
照光は白心の目を見て息を呑んだ。
瞳孔の開き具合、目の向き、充血の酷さ、揺らぎの間隔などものを見るための条件が左右で統一されていない。上を向く真っ赤な右目の瞳孔は極限まで広がり、左を向く薄紅色の左目の瞳孔は対極にすぼまっている。かと思った直後には左右ともにまったく違う様相を示す。これでは波打つ海の底から地上を見るようなものだ。きっと照光の存在も視覚ではなく照光のニオイから判断したのだろう。
それでも、今すぐ死んでもおかしくないこの少女は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの照光の頬を愛でるように親指で撫でる。
まるで、生きる以上に価値あるものが目の前にあると言わんばかりに。
まるで、これに触れられたらもう一片の悔いもないと言わんばかりに。
「世界は本——当にきれいね。あなた——がいる、この美しい世界が、——私はやっぱり、大——好きだわ。憎いだ——なんて、思えるわけが——ないのよ。ねえ、今度——は答えて。あなた——はこの世界を、どう思っ——ているの?」
「違うんだ空井……俺は……お前は……」
言えるわけがない。
白心の真実を映せない双眸の先にあるものが、まさかこの世で最も醜いものだなんて。
白心が大好きだと言ったこの世界を、まさか照光が誰よりも強く憎んでいるだなんて。
人間の照光がそんな残酷なことを言えるわけがない。
そしてあろうことか、苦悩と絶望に歪む照光の顔を見ながら白心は、
「フフフ……あったかぁい……」
「ッッッ!! 空井、今お前、笑っ…………」
「太陽の魂。……その親愛なる、器に幸、あらんことを……————」
それっきり白心の手から力が失われ、照光の頬と手の隙間からだらりと垂れ落ちた。
「空井? 空井!? 空井ッ!!」
「……脈はある。気絶しただけだよ」
「…………」
白心の寝顔をもう一度見る。そこにはいつものように感情の欠片もない無表情があり、笑った痕跡は見られなかった。
絶望の果てにありもしない希望でも幻視したのだろうか。しかしその割には照光の脳全体を覆うようにそれが焼き付いていた。
間違いなく白心は笑ったのだ。感情を消す薬や気絶するほどの苦しみ、世界に虐げられる絶望などに屈せず白心は笑ったのだ。
だが、全然嬉しくない。
自分と、そして白心の悲願が達成したのだから、それは何よりも喜ばしいはずなのに。むしろ自分が今までやったことを問答無用で否定されたような理不尽さへの苛立ちすら覚えた。
思い当たる節は一つしかない。
「……気に食わねえなあ」
「ッ!?」
「『大切なのは努力することじゃなくて、自分は何ができるかを見つけること』とか言ったくせに、笑顔にすることを否定しやがって。これじゃあ俺は本当になんの価値もない全無能な無運枠じゃねえか。身も蓋もねえよ、クソッタレ」
「テル……」
「カイ、俺は決めたぞ。俺はこいつを蘇らせる。その時に俺が死んだらまたこいつは死んででも俺を生き返らせようとするだろうが、そしたらまた蘇らせるんだ」
「で、でもそれじゃあ永久ループだ。どっちかが妥協しないと二人は何度も死に続けるようなものだよ。それでもテルは、……空井さんはいいって言うのかい?」
「絶対言う。過信でも増長でも、傲慢でもない。俺とこいつはお互いを希望としている。カイも言ってただろ? 二人は『共なんとか』だって。それに、そうならなきゃいいんだ。なんなら俺が死ぬことなく空井を生き返らしゃいいんだ」
「君にとって彼女は大切な人だということはよく分かる。でもどうしてそこまでしようとするんだい? ここで君だけが普通の生活に戻っても誰も文句は言わないよ。空井さんだってそれを望んでこうなったはずだよ」
「それじゃあダメなんだよ」
照光は垂れ落ちた白心の手を拾い上げ、もう一度自分の頬に当てる。その所作を見た改蔵は何かを思い出したようにギクリと身体を強張らせたが、照光はそれに気づくことなく続けた。
「こいつは笑うに値するものを見て笑ったわけじゃない。いわば偽物の笑顔だ。それだとこいつと会う前の俺と同じで空っぽのままで何も変わったことにならない。俺は道化師としてこいつを腹抱えるまで笑わせるって、星空を見せるって誓ったんだ。それを果たせないとこいつは人間にはなれねえんだよ」
「そう……だったね。忘れてたよ、君の笑顔と意志には人を救う力があることを。覚えてるかい? 君が城ヶ崎家全員の命を————」
突如、今時の中高生が好んで聴きそうなポップな着メロが流れ出した。自分のではないから改蔵のか? と思ったが真面目で理系男子な彼がそんな趣味をしているとは思えない。
だが、その予想を裏切る形で改蔵のポケットからケータイが出された————と思ったがよく見たらアクセサリーやプリクラだらけで彼のものではない。
「さっき天野計から没収したものだよ。発信者は、ええっと、……どこかで見たことがある名前だけど、テルは知ってるかい?」
そう言って改蔵は照光にケータイの画面を見せた。
ざわり、と。まるで心臓を鮫肌で撫でられたような緊張が身体中を駆け巡り、改蔵の手からケータイを奪ったのは同時のことだった。
何度も表示されている名前を読み返すが間違いない。あの人の名前だった。
「なんで、この人が……?」
「あ、やっぱり知ってる? たしかテレビか何かで見た名前なんだけど、誰だっけ?」
ワケが分からない。自分の人生に深く関わっているその人物が、先ほどまで死闘の相手となっていた襲撃者のケータイにかけてくるだなんて考えられなかった。
カラッカラに乾いた喉をツバで無理やり潤し、震えそうになる指を押さえて『応答』のボタンを押した。恐る恐るそれを耳に当てると、
『ほう? 電話に出たということは、キミが勝ったようだね』
若くツヤのある女性の声、そして大人の雰囲気を醸し出す落ち着いた口調を聞いたことがあった。そしてそれに該当するのは照光の中では一人しかいない。
「なんであなたがこの電話に……?」
『そう驚きで声を震わせないでくれたまえ。まあとりあえずは久しぶり、とでも言わせてもらおうかね。照光くん』
「どういうことですかッ。説明してください!」
『おおう、驚かさないでくれたまえよ。還暦越えのババアに怒鳴るだなんて君もなかなかにワルだね』
「誤魔化すな!!」
ただでさえ白心が死にかけている現実に焦っているのにのらりくらりとした態度に怒声を放つ照光。それに対して電話の相手はなだめるように、
『まあまあ、私が悪かったからどうか落ち着いてくれ。だが、とりあえず第二次試験は合格だとだけ言わせてもらおう』
「第二次試験……? なんのことですか」
『眠れる白雪姫を救い出す王子様認定試験、と言ったところかね』
ドクン、と胸が高鳴る。この人はいったいどこまで事情を知っているのだ?
「どういう、ことですか?」
『君が倒した戦兵衛くんと計くんはだね、私が送った刺客なのだよ』
質問の返答はやはり、と納得できる部分とどうして? と疑問に思う部分とがあった。
「いったい何を考えて……」
『積もる話は後にしよう。その廃棄場の四番ゲートから出てY地区にある『未来道ビル』の三十八階に来たまえ。なに、大丈夫。君の天龍の脚なら八時間以内に着くよ。その間に白雪姫が夢の世界で死なないように祈るのだね。それでは、待ってるよ』
「おい!」
ちょっと待て! と続く言葉は一方的に切られてしまい、侘しいビジートーンだけが残った。
頭の中で様々な疑問が錯綜する。
彼女と白心の関係はなんなのか。高天原でどのような立ち位置なのか。指定先で何をさせるつもりなのか。なぜ刺客など送って試すようなことをしたのか。彼女の目的はなんなのか。
——いや、考えるだけ無駄だ。
——どの道行く当てなどないのだからどんな危ない藁にでもすがるべきだ。
時間は刻一刻と過ぎている。過ぎた分だけ白心の命が削られているのだからもう行くしかない。
だがそう結論づけて白心を背負い上げる照光の目は、自己暗示に反して揺らいでいる。言うなれば暗闇で星明かりだけを頼りにする人間と同じ目をしていて、主体性が窺えなかった。
本当にこれにすがっていいのだろうか。そこに行けば白心が救える方法か何かを提供してくれる可能性はあるにはあるが、逆を言えば罠である可能性も大いにあるわけだ。到着した途端に問答無用に白心を回収されるかもしれない。最悪再起不能と見なされて白心が殺されることだって無きにしも非ずだ。しかしそれ以外の道は完全な真っ暗闇で、距離や険しさどころか方向すら分からない。でももし手当たり次第にどこかで何かを探せばなんとかなる可能性だって————
「テル」
諭すような声に照光は我に返る。顔を上げるとそこにはなぜか嬉しそうな顔の改蔵がいた。
「電話の相手に何を言われたか知らないけど、だいぶ悩んでいるみたいだね。君はいつも自分のためにしろ人のためにしろ最善の選択を取ろうと悩みに悩むよね。それは人としてとてもいいことだと思う。でも残念ながらそれはいつも外れる。きっとそういった才能も皆無なんだろうね」
クフフ、と笑う改蔵に嘲笑の意図は感じられず、不思議と苛立つことはなかった。
「でもよく思い出してほしい。君は考えた上での行動よりも心からの行動の方が最善を手繰り寄せるチカラがあることを。現に君は、手脚を捨てて頭突きという破れかぶれで考えなしの悪手で勝利を手繰り寄せたこともあれば、反射的にトラックの前に立ってとある四人の命を救ったこともある。だから、考えるのをやめて心で思う行動を取ってほしい。それもきっと誰かを救う選択になるだろうから」
微笑みに反して改蔵の目は真剣そのものだった。まるで、楽しかった、または喜ばしい実体験をなんとか伝えようとしているようだった。
「君たちは世界中探しても見られないような美しい人間関係を見せてくれた。だからどうか生きてほしい。きっとその美しさは二つとないものになるだろうから」
パチンッ、と改蔵は照光の腹からぶら下がったままの手術針をハサミで切り取り、ビニール袋を照光に差し出した。
「増血剤と水だよ。めまいや立ちくらみを感じたら迷わず飲むんだよ」
「……お前の言っていることは難しくてよく分からない。でもなんだか、行かなくちゃならないと思えてきたから行ってくるよ」
受け取る手と立たせる脚に迷いが消えていたことに、照光が気づくことはなかった。
無意識だが照光は自分が白心を救わなければならず、そしてそのためのチカラは自分にしかないことを理解していた。そして生きて白心と何かを変えなければならないという使命感を覚えたから、照光は立ち上がることができたのだ。
「そういえばさっき何か言いかけてたけどなんだったんだ?」
「やっぱりいいよ。反射的にやったことをいちいち覚えている君ではないからね。……奪い返しに行きな、君の笑顔と、彼女の明日を」
「何から何までありがとう。愛歩とヨシとフクによろしく言っといてくれ。……すまんな、何も聞かないでくれて」
「クフフ。いってらっしゃい」
照光はヒラヒラと手を振る改蔵に深々と頭を下げてから、天龍の脚の駆動系を全解放してロケット噴射とともに駆け出した。
行く当てなんてない。だが、この魔竜の腕で少女を持ち上げず、この天龍の脚で探し巡らないとその可能性すら掻き消えてしまうことを知っているから、照光は溢れそうな感情を噛み殺し怨嗟のようなうめきを口の端から漏らしながら走り続けた。
白心は死に瀕しようとこの世界が大好きだと答えた。
だが、その世界が白心の思いを土足で踏みにじる。
照光は決意した。ただ笑いたいと、星空を見たいと望んだ少女を殺す世界を————




