第25話 価値あるもの
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
根源、という言葉がある。
『物事の生じたそもそもの始まり』、『おおもと』という意味を持つそれは、高天原においてはもう一つの意味を持つ。
ここではあらゆる住民のあらゆる情報————それは身長体重はもちろんのこと、得意分野や身体的特徴にまで至る————が集積、統括、体系化がなされており、その中でも極秘の項目として例の『根源』なるものがある。
その意味は『その者の根幹をなす心の在り方』。要は人間を一言で言い換えた時の言葉であり、たとえば人間関係などのつながりを大事にする改蔵は『構築者』と『観察者』、強者との死闘を望む戦兵衛は『猛虎』と『求道者』の根源を持つといった具合だ。
先述の通りこれらは人の特徴を端的に示しており、人的資材を有効活用するため、つまり適材適所を叶える重要なファクターとなり得るから、高天原では重要機密の一つとされていて、計や戦兵衛のように裏の世界に精通した立場でないと知ることはできない(もっとも、それでも上から情報をもらうという間接的な形がやっとである)。
その話を計は独り言のようにつぶやいていた。
「ちなみに俺ァ『強欲』と『大蛇』の根源を持ってる。メガネと違って低俗なモンだと思うがなかなかに的を得てんだよなこれが」
『的を得ているも何も、お前のその胸糞の悪い笑顔を見ると誰だってそう思うさ』
「こいつぁ手厳しい♫」
計が憎たらしい笑みを浮かべたのは突如乱入してきた戦車の前。それは今や装甲が削られ黒煙を上げさらにはひっくり返されてと散々な状態だ。当然ここまでブチのめしたのは他でもない計自身だ。
たとえどれほど高性能な兵器や装甲で固めた戦車でも、このように息一つ荒げずひねり潰せるのはひとえに計が十二天道の一人であるネクスト故なのだが、面倒な仕事を増やされたことにいささか気だるさを覚えていた。
だがまあ、相応の収穫もあったから良しとした。
『で、根源だっけ? いきなりそんな話をして何がしたいって言うんだい。そんなことより殺すなら殺す、殺さないなら殺さない、そっちの方をはっきりしてくれないかい?』
唯一生きているであろうスピーカーから響く声には死に怯える悲愴感はなく、むしろそれを受け入れているような気高さすらあった。
「いや何、そんな大層な話じゃねーよ。ただ納得してほしかっただけだ」
『納得?』
しかし勝利を確信していた計は、訝しむ気持ちよりもある気持ちの方が強かったので会心の笑みを浮かべた。
その気持ちというのは当然、
「おう。これから俺にそのデカブツを奪われることに納得してほしかったんだ」
根源たる『強欲』だ。
「この世には適材適所っつー言葉があるよーに最高の素材には最高の環境を、平凡な素材には平凡な環境を充てることが世界を上手く回す最善策の一つになってる。だから人類最高位に位置する俺に最高のオモチャを提供するのは当然の摂理だってんだ」
『当然の摂理? じゃあなんだい、そんな人間なら何をしても許されると言うのかい。この『A-MAX』を奪っても、テルを殺しても、空井さんを狙っても何も裁きは下らないと言うのかい。世界はお前が思うほど優しくないよ』
「そーだよ優しくねーよ。テメェらみてーな生きているだけの人間にとっちゃまったく優しくねー世界だよ♬」
ドン、と戦車に手を置いて寄りかかる。
「俺ァ今まで生物機械問わずあらゆるものと戦ってきた。いや、いたぶってきたと言うべきだな。どいつもこいつも話になんねー。ちょいと電流流しただけでイっちまうなり壊れるなりしちまうんだもの。まーそんな俺に渡り合ったのがコレだってことだ」
ガンガンとノックするが中にいるメガネの少年はピクリとも動かない。おそらく極度の恐怖で感覚が死んでいるのだろう。
「コレ、一人で動かしてんだろ。隠しても無駄だぜ、俺には能力の応用で内部の情報なんざレーダーみてーに一目瞭然だ。スゲーよな、たぶん通常の仕様に囚われねー独自の規格と技術で作ったんだろーよ。つまり俺のモノになる資格と価値は充分にあるっつーこった。オラ、泣いて喜べよ、カカカカ!」
行動不能の獲物を前にする喜びや緊張をほぐすため、その蛇のようなスプリットタンで唇を一舐めする。
「お前の根源にある『構築者』が何を構築するかは知んねーが、天国への片道旅行に行くテメェに手向けとして作ったモン全部壊して送ってやんよ。そーだ、どーせなら向こうで『観察』でもしてろよ。死ぬきっかけとなる兄を恨む弟妹、希望を見せたテルミに絶望するアレをなぁ! クカァーッカッカッカカカカ!」
高らかに笑い終わった後、楽にさせるために戦車に添えた手に力を込めようとする。
その直前、スピーカーからメガネの少年の声が響いた。
『フフフ。クフフフフフフフフフ』
それはこの状況にはあまりに似つかわしくない楽しさに彩られていた笑い声だった。そして、自分が人をバカにする時にするものとなぜか酷似していた。
『君は僕を「観察者」だと言ったね。戦車をも圧倒する超人でも気づかないようなことに気づいているから認めざるを得ないようだ』
いや、酷似も何も、つまりはそういうことなのか。
『残念だけどこの「A-MAX」は操縦手、砲手、装填手、無線手、機関手、機銃手、観測手のすべての役割を一人で担うために相当複雑な操縦フォーマットに構築していてね、僕の処理能力、つまり頭の回転の早さでやっと動かせるものなんだ。お前みたいなチンピラの脳みそじゃ一生かかっても運用どころかキャタピラ一つ動かせないよ』
普段自分が発する軽侮の感情を自分に向けられ、計はえも言えぬ嫌悪感を覚える。
『妹たちが僕を恨むだって? チンピラと言えど面白くないことを言うね。僕はあの子たちを愛している。あの子たちも僕を愛してくれる。お前と戦った結果がもしそうだったら納得してくれるさ』
「……あー?」
『始めにお前の「根源」の話は取るに足らない妄想かと思ってたけど、あながち馬鹿にできないね。そこだけは認めてあげるよ』
「クソメガネ、死にてーならそう言えよ。まどろっこしーのはナシだ」
『クフフ、ごめんごめん。どうも僕は嬉しくなると話が長くなる癖があってね。単刀直入に言うよ』
電磁レーダー越しにもはっきりと分かる嘲笑とともに、メガネの少年はこう言ってのけた。
『お前に彼らは壊せない。彼らの何をも奪うことはできないよ』
その言葉を聞いてビギリ、と青筋を立てた計は今度こそ『A-MAX』に添えた手に全力の雷を込めようとする。そのコンマ数秒の間に、装甲部分がバラバラに弾け飛び、籠城していたはずのメガネの少年が目の前に躍り出た。
計の能力は『雷神太鼓』。生体電気の電圧を放電できるまでに引き上げることができる電気系統最高位の能力で、それは電磁力による擬似念動力や電磁波の反射を利用したレーダー能力など応用が利く。だが、ボルトやナットなどで組み立てられたものを解体するほどの正確性はまだ持ち合わせていない。
そして、資料に記されていたメガネの少年の持つ才能を思い出し、かつ彼が指に挟んでいるものを見ればこの摩訶不思議な現象に納得できた。
「クソがッ! 『解体』の才能か!」
「その左腕、いただくよ」
メガネの少年の持つ数多の工具が投げ捨てられ、その双手が計の左腕に襲いかかる。瞬きもしないうちに計の五指がクモの足のように不自然に長くなり、続いて手首のあたりが掴み取りセールの袋のように不気味に隆起した。
「あ、お、……っらあああああああああああああああああああ!!」
ここでようやく斥力を全開にしてメガネの少年を『A-MAX』の中へと押し戻し、痛みと怒りに絶叫を上げた。
「このドブネズミがッ! 左手の関節全部外しやがって! クソ、痛ぇ、痛ぇよ!」
「クフフフ。この程度で、痛いだって? うん、それは面白いよ。彼らの味わった苦痛の0.00000000000000000000000000000000001%にも満たないというのに、ギャーギャー喚くお前はとても面白いよ」
吹き飛ばされた際に頭を強く打ったようでメガネの少年の額が紅に染まる。もちろんその程度で許す気などこれっぽっちもない。
「こん、の……ブチ殺しゃらがおらあああああ!!」
唾を撒き散らして怒りを露わにする計に、メガネの少年が笑みを向ける。
「僕の役目は終わった」
「役目? 役目ならまだあんぞ! この俺にボロ雑巾になるまで弄ばれて動けなくなったら爪先から五ミリ単位で細かく刻まれて燃えるゴミに出される役目だ! せーぜー十分は持ってくれよなカァーッカカカカカカカカカカ!!」
「クフフフ」
『A-MAX』の中に踏み込もうとした計はその笑い声にピタリと動きを止める。
死に瀕しているはずのメガネの少年ははっきりしている意識のまま、どういうことか遠くを見るような目をして言葉を紡いだ。
「観察しなよ。お前が今、どういった状況に置かれているのかを。そして理解しろ。自分の運命が誰に委ねられているかを」
「テメェの運命が俺に委ねられていることを忘れてんじゃねーぞッ!!」
その右手に最大電力を込めた雷神の槍を顕現、間を置かずそれを投げようとして、
ドサッ、という音が背後から聞こえた。
弾かれるようにして振り返る。そこに広がる信じられない光景に、計は愕然とすることしかできなかった。
極雷の手によって肉体の隅々まで炭化し、魂をも焼き消されたはずの照光が、横たわる実験体の少女の側で跪いていたのだ。しかも今の彼に炭となっている部分は見当たらずそれどころか怪我の一つも見当たらない。
まるで、今までのことがすべてなかったかのようだった。
「…………ッ! 聖母の……愛か……!」
あらゆる事象をなかったことにする能力、聖母の愛。
照光の側に横たわる少女がいたことから原因は容易に想像できた。しかしまさかそれがこの世の摂理や法則をも捻じ曲げるほどのものだったとは夢にも思わず、生き返っている事実を目撃した今でも信じ難かった。
それに分からない。少女の能力は『リバティーランド』の影響でリミッターが解除されており、つまり常に脳に多大な負荷がかかっている状態だ。そんな時に能力を使えば瞬く間にオーバーヒートしてやられてしまう。それにも構わず行使して生き返らせるだけの価値が、照光にあるのだろうか。
まあどちらにしろ、直ったならまた壊せばいい。今度は生き返った原因が再起不能なのだから、この手にある雷神の槍を奴に投げればいいだけなのだ。
たったそれだけいいのだ。
だが、その『たったそれだけ』を計はできずにいた。動かない少女に必死に語りかけて顔を歪ませる照光は無防備そのもので、この光景を見れば誰もがその姿を鉄パイプの一本でもあれば倒せそうなほど脆弱に思うはずなのに、計の目にはそれが全身を逆鱗で包んだ黒龍が瀕死の白猫を看病しているように映り、指一本動かせずにいた。
そんな地に足着かずな計を知ってか知らずか、照光はおもむろに立ち上がって一つの笑顔を向けてきた。
その笑顔が、生き返る以上の価値があると言わんばかりに。
「クフフフ。僕は知っているよ。真に価値のあるものは、無価値に壊されることだけは絶対にないということを。価値を見極めずに欲しいと思ったものだけを欲する強欲のお前に、二人の絆を壊せるだけの価値があるかどうか。……興味津々で、もう…………たまらないな。クフ、フ…………————」
動くきっかけの一つはメガネの少年の気絶際に残した挑発だった。計は常に人を小馬鹿にする態度を取っているが、自分が馬鹿にされることを何よりも嫌う。つまり、その挑発は何かに縛られていた計を解き放つ効果があったということだ。
「死、……んに晒せえええええ!!」
それを些細なものとして、大部分を占めるのはもっと別のところにあった。
それがなんなのかは雷神の槍を振りかぶる計の目と、未知への存在に自ら襲いかかる獣の怯える目を比較すれば一目瞭然だ。
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