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レインボーピエロ 太陽の魂と白雪の心  作者: 水無月 一
第01章 少女の笑顔
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第24話 届かない想い

投稿です。今年最後になる……のかな?

 白心と改蔵は車両に乗って照光の元へと急行していた。


 ただ、その車両というのが少しばかり常識を逸脱した車種と形状であり、そんなものが自動車と遜色ない速度で走っていることが白心には信じられなかった。


「どうだいこの機能美にして機体美! この廃棄場の資材で作ったとは思えないでしょ?」

「すごい、……本当に手作りなの?」


 白心がそう言うのも無理はなかった。


 改蔵に呼び出されて城ヶ崎家の裏口からガレージに入ると、そこにはすべてを押しのける重厚さと武骨さを併せ持った鉄塊があり、さらに鏡餅みたいな形状の一番上の段から一本の鉄柱が伸びていることからそれは戦車なのだと理解できた。内装も外を覗くスリットに加えてモニタリング機能があったこと以外はだいたい戦車と呼べるものだった。ただ、それを一介の学生が作り上げたことに驚きを覚えたのだ。


「そうだよ。これは『A-MAX』って言ってね、城ヶ崎家とテルの総出で作った最高傑作さ」

「あの人も……?」


 そう聞くと改蔵はレバーを繰りながら楽しそうに微笑む。


「うん。僕は家族を、我が家を護るためならなんでもするつもりでいてね、そのためにはどうしようかと悩んでいたら『戦車を作ろうぜ!』ってあの無邪気な笑顔でテルが言ったんだ。何を根拠に言ったのか未だに分からないけど、それを見た愛歩たちが賛成したから作ることになったんだ。製作期間はもう楽しいこと楽しいこと。おかげでより家族と親密になれたよ。……これは家族の絆であると同時に、我が家とテルの絆でもあるんだよ」

「そんな大事なものを、家から離して、いいの?」

「クフフ。そもそもこれは護る兵器であって、今が使う時なんだよ。それに、彼に救われている・・・・・・・・君も同じ状況だったらそうするんじゃないかい?」

「…………」


 なんで分かったんだろう、と少し嘆息する。


 たしかに改蔵の言う通り照光を救いに行くだろう。というのも、彼は自分という人形に太陽のように温かい心を注いでくれて人間にしてくれた。つまり、命以上に大切なものをくれたのだ。だからその恩を返せるぐらいのこと————もらった命をかけて彼を助けるぐらいのことはしてあげたかった。


 ——でもそれじゃあ、彼は絶対に喜ばない。

 ——救われた命で恩人を、救うなんて行為は、彼は絶対に許さない。

 ——ううん、それ以前に彼は、私にそんなことを、絶対にさせないわ。

 ——彼は私を、笑わせようとしている。

 ——そのためにはきっと、何がなんでも私を、危険から遠ざけるわ。

 ——それこそ今みたいに、命を賭けて。


 ふとここで、照光の言葉が脳裏に浮かんだ。


『絶対に最高の星を見せてやるからな』


 たったそれだけ。たったそれだけのために彼は死地へと飛び込む。


『自分が幸せになるために笑ってくれ』


 羽毛のように優しく、どんな名言格言よりも心に響く言葉を残して。


『生まれてきてくれて、ありがとう』


 誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも温かい手の感触を残して。


『ニシシ、オッケー』


 子供のように無邪気で花のように美しく、太陽のように温かい笑顔を残して。


 思い出すたびに彼への欲求が源泉のように溢れ出る。


 彼の側にいたい。彼の手に触れたい。彼の言葉を聞きたい。彼の笑顔を見たい。


 願うほどに顔が熱くなるのを感じる。彼への想いの一つ一つが灯籠のように白心の人生を彩っていることを自覚する。


 ——こんな感情を抱けるのも、何もかも、あの人のおかげだわ。


 この時、自分を人間にしてくれた照光への感謝と照れ隠しの気持ちから、もしかしたら笑えるかもしれないと思った。


 しかしその予感は、現実を前に儚くも散ることとなった。


「なんだろあれ?」


 ポツリとつぶやいた改蔵がモニターをズームさせ、拡大させた光景に白心は絶句した。


 照光が膝立ちのまま金髪の少年に胸ぐらを掴まれ、今にも死に瀕しようとしていたのだ。


 しかもその少年というのが過去に白心がいた施設で拷問を担当していた一人の、血も涙もないような酷薄な笑みを浮かべる男だったのだ。


 今度はその笑みが、照光に食いつこうと向けられている。


「大変。城ヶ崎くん、なんとかして!」

「ダメだ! 撃とうにも近すぎるからテルも巻き込みかねない!」

「そんな!」


 少年の右手には乱れ狂う不気味な光があり、それが破滅的な力を内包していることが誰が見ても明らかだった。そしてそれが照光に向かおうとしている現実が白心を焦燥へと掻き立てた。


 だが改蔵は既にエンジンをフルスロットルにしていたようで、スピードが上がる気配がない。それが白心の焦りに拍車をかけて、もう外に出て走ろうと思い立った————その直後だった。


 照光がこちらを見たのだ。どうやら彼に近づく『A-MAX』に気づいたようで、画面の照光と目が合った白心は心臓が飛び出たと錯覚するほど驚いた。


 照光も心底驚いているようで一瞬間の抜けた顔をしたが、ディスプレイ越しに白心の目を見つめて、彼の象徴とするものを向けた。


 絶望を前にしても揺るぎない、無邪気と決意、そして歓喜の笑顔を。






 ニシシ。






 それが永遠のお別れで渡す手向けの花だと直感した白心は慌てて手を伸ばしたが、


「待っ————」


 手も、声も、心も。何も届くことはなかった。


 照光もまるで白心の手を取ろうと手を伸ばしたが、次の瞬間には少年に顔を掴まれ、一瞬のうちに真っ黒な炭に変えられたことによって。


「————————」


 硬直。絶句。放心。


「テ……ル……?」


 改蔵も信じられないように言葉を漏らす。


 照光の形をした炭は少年に蹴り倒されて粉々に砕け、無機質な義体だけがコゲ一つ作らずきれいに四つ残された。


 まるで、死してなお白心に温もりを伝えようとせんばかりに。


 このまま永久に白心の意識が正常に戻らなかったらどれだけ幸福だっただろう。


 だが世界は残酷にも、その光景を白心の脳に刻みつけた。


「あ」


 心の柱が音を立てて崩れる。


「あああ」


 初めて抱いた希望が信じられないほど呆気なく、一瞬で潰えたことによって。


「————ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 もう彼の温もりに触れられない。その現実を認めた白心は狂いに狂って叫び声を上げる。


 真珠のように滑らかな爪を雪のように白く美しい顔にかけ、何度も上下させた。


 ガ、ガ、ガリ、ガリガリ、ガリガリガリガリ、ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ


 いくら自分を傷つけてもあの人の痛みの1%も理解できない。それどころか薬物で能力のリミッターを外された身体によって自動的に掻き傷が治り、元の美しく歪んだ顔になる。


 狂気と絶望が精神キャパシティを大きく超えて白心を錯乱へと誘う。


「なんで!? どうして!? どうしてなの!? 私の希望! 私の太陽! 返事をして! 私を笑わせるんでしょ!? 約束はどうしたの!? 一緒に星を見ようよ! また私に触れてよ! 優しい言葉をかけてよ! いつもみたいに笑ってよ! ねえ何か言ってよ! 私だけの道化師ピエロ! 私だけの魔王サタン! 私だけの騎士ナイト! お願いだから帰ってきてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 号哭が狭い戦車の中に轟く。


 憎い。


 照光を殺したあの少年が憎い。


 遅々としか進めない改蔵が憎い。


 のうのうと寝ている城ヶ崎弟妹が憎い。


 勝手に逝った照光が憎い。


 大切な人の痛みを共有できないこの身体が憎い。


 二人を無慈悲に引き裂くこの残酷な世界が憎い!


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 少女の崩壊は止まらない。身体はストッパーが外れたミキサーのようにガクガクと揺れ動き、心は雪に硫酸をかけるように少しずつ、じわじわと、しかし確実になくなっていく。


 そしてそんな中、白心は唯一の救いの道を見つけた。


 それは皮肉にも、今はいない照光にとって最も残酷な道だった。


「そうだ! 死ねないなら殺せばいいのよ! 私の心を! そうすればきっと彼に会えるわ! そうよそうに決まってるわ! だったら話が早いわ!」


 そう決意してからは早かった。自分の心を『ないものだ』と否定すればいいだけなのだから。


「待つんだ空井さん! 早まっちゃダメだ!」

「待っててください! 今会いに行きます!」


 天国で照光と幸せに暮らすことを想像しながら心を否定しようとして、


「テルはまだ助かる! 君の力さえあれば!」


 寸前でそれをやめた。


「……えっ?」


 ゆっくりと白雪の心を再構築しながら、白心は信じられないように改蔵の横顔を見る。対する改蔵は親友の惨死と白心の絶望を目の当たりにしてもあくまで冷静に、そして激情を抑えるように淡々と話した。


「だいたい分かったよ。君のそれ・・が、あいつに狙われている理由だね?」


 そう言って改蔵はパリパリパリ、と掻き傷だらけの肌が元の雪肌に戻っていく白心の顔を横目で見ながら指す。


「そ、れが、どうし、たの?」

「その能力でテルを元に戻せないかい?」

「……あ」


 事象を否定する能力。


 聖母の愛マリアズギフト


 自然の法則ルールすら否定するこれなら、あるいは照光の死を否定して生き返らせることができるだろう。


 だが。


「それだ、けは、で、きない、わ」

「なんでさ!?」


 心がまだボロボロな状態だからいつも以上に言葉が途切れ途切れになるが、それでも一生懸命に自分の思いを紡ぐ。


「だっ、て、『あ、の人の、死』を否、定するこ、とはつまりあ、の人の死に顔、……『笑顔』を、否定する、ことと同、じよ。そん、なこと、わた、しにはで、きないわ」


 照光の笑顔に特別な思い入れがある白心にとってそれは究極の選択に等しく、すぐに決めることはできなかった。


 だが、それは改蔵の説得によりすぐに決断へと導かれた。


「あー煩わしいなもう! そこから先は君と彼の問題だ。テルの『命』と『笑顔』、どっちを取るかっていうこの上なく単純な話だよ。君は彼が好きなんだろう?」

「!? べ、別にそん、なことは」

「はいはい二人とも末永くお幸せに!」


 バガンッ! と急に後部ハッチが開かれる。おそらく改蔵が運転席から操作したのだろう。


「このままテルだったもの・・・・・・・の横を駆け抜ける。その直前で君は飛び降りるんだ。かなり痛いだろうけど耐えてくれ。その代わり後のことは任せてよ」


 その返事をする間もなくこちらに意識を向けた少年がモニターに映される。


『クカッ、もしかしてさっきのメガネか!? ザンネンだったな、大切なオトモダチはもう真っ黒黒助だ! ちょーっち来るのが遅いぜ?』


 マイクの拾った声にギリッ、と歯を食い縛るや否や、耳をつんざく轟音が廃棄場に響き渡った。主砲が火を噴いた音だ。


 轟くと同時に少年は手近のダストタワーに向かってクモのように張りつき砲弾をかわす。砲弾はそのまま流れて奥のダストタワーに抉り、そしてそれはゆっくりと倒れていった。


 そうだ、怒っているのは自分だけではない。改蔵も至極冷静に見えるが大切な友人を失った怒りを必死に抑えつけているのだ。そして照光を生き返らせるという目的を見据えているのだ。


 自分も目的を失ってはいけない。


「そろそろだ。合図をしたら飛び降りるんだよ、いいね?」

「はい」


 後部から見る地面は超高速のベルトコンベアに見えないこともない。小石や砂が敷き詰められたこの地面への着地を誤れば一瞬であの世行きだろう。


 空気をたっぷり吸い込み、そして吐く。


「今だ!」


 躊躇はしなかった。


 普段身体を動かさずジャンプもろくにしたことがない白心は滑るような形で飛び降り、水泳でいう腹打ちを時速八十キロの地面でモロに食らった。


「————————ッッッッッッッッッッ!!」


 死を連想させる激痛。しかしそれも聖母の愛マリアズギフトによって願ってもないのに溶けるようになくなっていく。悲しいことに、彼との約束を一度も守ることができなかった。


 ——でもそれも、これで最後だわ。


 這うようにして照光がいた場所に近づく。そこには大小様々な黒炭が散らばっていて、それを四神のように囲むのが彼の義体だった。


「ごめんなさい。私のせいで、ごめんなさい」


 縋るような手つきで彼の黒鋼の右腕を撫で、愛おしそうに抱え込む。その光景は白い聖母が捨てられた黒犬に愛を授けているかのように神々しく、荘厳で、そして儚かった。


「でも、あなたもあなたよ。どうして私に黙って、勝手に逝っちゃうの? 酷いじゃない」


 破砕音に爆発音、そして発砲音も雷鳴なども響く。だがそれが聞こえないかのように一人語りを続けた。


「それだけじゃないわ。初対面でいきなり、怒鳴り散らしたり、嫉妬してきたり、人形呼ばわりして、初めての外の人間との会話が、あんなのだったら、もう忘れられないじゃない」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ、と子供に折檻するように、あるいは寝かしつけるように優しくリズム良く義体を叩く。


「そのあとも散々よ。いきなり現れて、頭突きして、怒鳴り散らして、しかも依頼の押しかけ。あなたにはモラルがないの?」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ————


「電車の中でも、私を知りたいとか言って、いろいろ聞くのにつっけんどんで、しかも助けた理由が、笑顔を見たいから? 今時のC級映画だって、もうちょっとまともな、動機があるわ」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ————


「……でも、ハンカチは嬉しかった。まさか取っておいてくれるとは、思わなかったんですもの」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ、ピチャッ————


「お風呂場ではごめんなさい。あなたは、その手脚と傷を、隠したかったのね。でも、教えてくれたっていいじゃない」


 ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ————


「本当に馬鹿よ。馬鹿馬鹿。大馬鹿者よ。あんな優しい言葉や、温かい手、無邪気な笑顔をくれるくせに、自分のつらいところは、みーんな隠しちゃう」


 ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ————


「『馬鹿と死人だけは、決して自分の意見を変えない』。あなたは最期まで、あなたであり続けたわ。でも、もうちょっと信用してくれたって、いいじゃない、この……馬鹿!」


 ピチャッ! ピチャッ! ピチャッ! ————


「それでも、私はね、そんな馬鹿なあなたのことが、…………あなたの笑顔が、大好きなの。もし同級生とか、幼馴染とか、姉弟とかだったら、もっと一緒に、いれたでしょうね。まったくをもって、無駄な人生を過ごしたわ」


 ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ————


「あなたは私のこと、どう思ってるの? 無愛想な知り合い? 手のかかる友人? それとも、面倒な人形? もしかして、……何言ってるのかしら、私ったら」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ————


「私はまだ、あなたに嫉妬してるわ。誰よりも弱いくせに、誰よりも強く清い、『太陽の魂』を、持っているんですもの。そんなあなたがなぜ、無運枠ラックラックなのか、まったく理解できないわ」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ————


「……私のために、怒ってたんでしょ? 叫び声が家まで、届いたわよ。のど、痛かったんじゃない?」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ————


「やっぱり、馬鹿なのね。こんな女のために、怒るなんて、将来きっと、悪い女に引っかかるわよ。……もう引っかかってたわね」


 ペチッ、ペチッ、ペチッ、ピチャッ————


「あなたに怒りは、似合わない。あなたには、晴天に輝く太陽の笑顔が、ピッタリよ。これからもいっぱい、見せてちょうだいね」


 ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ————


「あーあ、なんだか疲れちゃった。こんなにしゃべったの、生まれて初めてよ。責任、取ってよね」


 ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ。


「そうね、じゃあ……私を笑わせてくれたら、許してあげる」


 濡れた頬と義体をもう一度拭い、炭と四つの義体を一ヶ所に集める。


「そのためには、生き返らないとね。ほら、早く起きて」


 できた小山の上に両手のひらを置き、そこから優しい光を膨らませた。






「————————サヨナラ」


 別れの言葉を告げる白心の顔に、世界で一番美しい花が咲いたことを、世界の誰も知ることはなかった。

それではみなさん、良い御年を!

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