第23話 無運枠VS???
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断末魔すら掻き消され耳障りな破砕音が鳴り響く。地が揺れ粉塵が舞い上がり空が砂と鉄色に覆われる。その惨状の最中でも計は残酷な笑みを浮かべていた。
ちょうど弾切れを起こしたところで歩き出す。
「俺ァ今まで相当数の人間を望むままにぶっ壊してきた。だから人間が原型を留めないボーダーラインも知っている」
誰とも知れずに語り山積みされた金属塊を一斉に吹き飛ばす。そしてその下で横たわるものを空腹の蛇の目で見据えた。
「資料には書いてあったが打たれ強すぎだろ。どーしてあれで生きてられんだよ」
もぞもぞと死にかけの芋虫のように蠢く人間が答えた。
「死ぬわけには、……行かないんだよ……。空井のためにも、……俺のためにも……」
「カッカ。『あいつへの思いがチカラになる』、ってヤツか。俺ァいいと思うぜ? 最近のJ—POPの歌詞みてーで反吐が出そーなセリフだ。そーだな、じゃー感動ついでにいっちょ現実の話をしよーか」
計がソフトボール大の金属片を能力で浮かし、それを手の平まで運んだ。
「例えば、ここにハンバーガーがあるとする。これは俺にとってのとテメェにとってのと同じか? 答えは『ノー』だ」
「…………」
「分かりやすく言や王サマから見たハンバーガーとホームレスから見たハンバーガーは同じじゃない、ってことだ♬」
ぽいっ、と早々に役目を終えた金属塊が手から放り投げられ、
「万人から見て同じハンバーガーでも食べる生物や状況によって面白いように価値が変わる。ホームレスが食べれば『命をつなぐ糧』にも『惨めな人生を続ける鎖』にもなって、王サマが食べれば『未知なる味の経験』にも『体調を害する毒』にもなる。要するに万物は持つ者によってその姿が劇的に変わるってこった。豚に真珠、猫に小判、馬の耳に念仏とかの表現がいい例だ」
つまり、と言葉は続く。
「こうとも捉えられないか? 俺とお前、どっちがアレを持つにふさわしいか、ってな」
「少なくとも……お前じゃない」
「声が震えてるぜテルミ♬ ハッキリ言うがな、テメェじゃアレを上手く扱えねーよ。チカラも、才能も、執着すらねーんだからな」
「あの娘は……人間だ……」
照光は絞り出すように言葉を紡いだ。
身体中を何度も強く打ち意識が朦朧とする。衝撃で胸の傷が開き熱さと冷たさを同時に感じる。身を沈める赤い池から虚血を自覚させられる。
もう拳も握ることも叶わない状態だ。
「人形だよ。オラ、もー疲れたろ。なんもかんも俺に委ねて楽になんな」
「クソッタレ、黙れよ、……黙れよ!」
悪魔の囁きが耳元にへばりつく。拭えば拭うほど逆にそれは原油のように粘りながら耳の中へと流れ込んでいく。頭を振れば振るほど脳に染み込んでいく。
「テメェがアレを持ってても文字通り飼い殺すだけだ。だったら俺に渡して有意義に壊した方がいいだろ?」
「黙れっつってんのが分かんねえのかッ!」
犬歯を剥き出して怒りを露わにするが傷だらけの照光を見て分かる通り、二人の間に存在する格の違いは歴然だった。
「そもそも無運枠と金剛石が出会う時点でカモが鍋セット背負ってやってきたぐらいありえないんだっつーの。まっ、いい夢だと思って諦めるんだな」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 黙りやがれ!」
嘲笑を浮かべて近づく計に照光は声を張り上げるが、その姿は肉食獣を威嚇する草食動物のようにもはや憐みすらあった。
「黙らなーい♫ 実験身体は実験身体らしく、無運枠は無運枠らしく下向く人生を過ごしな♬」
「ヒトは誰しも幸せになる権利、いや義務がある。笑うことのできないあの娘はその義務を果たさなきゃなんねえ」
だが追い詰められた弱者は得てして何をしでかすか分からない。
「なのに」
ましてや照光は誰かのために怒れる道化師であって、獣ではない。
力を振り絞るネタとしては充分すぎるものだった。
「誰よりも人間であるあの娘をこれ以上否定するんじゃねえぞクソッタレがァァア!!」
「おわ!?」
怒声とともに腕を地面に埋め込み、最後の力を振り絞る。すると野球のダイアモンド大の地盤がさながらちゃぶ台返しのように跳ね上げられた。
突然現れた壁が倒れかかるという不意打ちに、計は後ろへ飛ぶことで避ける。そしてその直後にいくつもの金属塊を照光のいた場所に砲弾のように叩きつけた。
「どこ見てんだよ」
「ッ!?」
振り返るよりも速く照光の腕が計の首に絡まる。計の知る由もないが地盤が跳ね上げられた直後、照光はそれを死角にしつつ駆け上がり一気に後ろへと回り込んでいたのだ。
「ごがっ、げっ」
「念動力で攻撃してもいいぜ? その時はお前も巻き込まれるがな」
「クッ、ソがぁ……」
ギリリリリ、と人外の腕を万力のようにして少しずつ力を込めていくと計の喉笛から胡乱な音が漏れる。
パンパンと腕をタップされるが緩めることはせず、むしろ力の加え方をさらに遅くして少しでも痛みや苦しみを味わわせようとする。今の照光ならたとえ幾千回も鉄塊を叩きつけられてもこの腕を止めることはないだろう。
「すぐには殺さない。あの娘に与えた痛みをゆっくり思い知らせてやるッ!」
直後、殺意に輝く目を細めようとして、
「クカッ、ッカッカッカ」
耳と目を疑った。こんな絶望的な状況にあるにも関わらず、背後からでも分かるほど計の口の端が釣り上がり、笑い声を上げたからだ。
もし普段のままだったらその不気味さから距離を置いたかもしれない。だが怒りに猛る今の照光はそうせず、絡めた腕でそのまま首をへし折ろうとした。
その誤った判断は、皮肉にもチカラとなるはずの怒りの感情が原因だった。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
半径五メートル。二人を中心としたその範囲すべてが迸る電気に覆われ、照光はそれに焼かれながら外へと弾き出された。
「ゲホッゲホッ、……クソ、今のはマジで死ぬかと思ったぜ」
首の骨を鳴らして調子を整える計にまた底意地の悪い笑みが浮かぶ。
「魔龍の腕に感謝するんだな。もし腕が肉体だったら緊張でほどけずに耐久電気地獄だったぜ?」
「お前……念動力使いじゃ…………」
生焼けの肺から煙を吐き出しながら聞くと計は詐欺師の笑みを向けた。
「能ある蛇は毒を隠す、ってヤツだよテルミ♬」
痺れで立ち上がれない照光の側頭部にゴルフクラブのように遠心力のついたローキックが襲いかかる。
「がっ……」
「ちなみに『キックボクシング』のジーニアスでもある。接近すれば勝てるって思ったかもしんねーがたとえそうなってもそれなりに戦えたぜ?」
頭を踏まれてその場に縫い止められる。
「もういっちょ言や俺ァ『雷神太鼓』っつー電気系最高位のネクストだ。もちろん純度は白金で十二天道の一人だ。悪かったな自己紹介が遅れて♬」
カカカカカ! と心底バカにするような笑い声に照光は歯噛みすることしかできなかった。
「たしかに電磁力を使って念動力の真似事すっからいつもそうだって間違われんな。んでそっから俺の本当の能力を知った時の奴らの顔といったらもうたまりませんよ♫」
「クソッタレが。人を見下ろしてんじゃねえぞ!」
「クッカカ! 見下ろされることが能の出来損ないが何を言う!?」
たしかにその通りだ。照光はネクストよりもジーニアスよりも一般人よりも誰よりもチカラも才能も器も何をも持っていない出来損ないだ。
「そーだいいこと考えた。テメェから毟り取った手脚でアレを叩きのめそう。自分を護ってくれる存在の手脚に殴られ蹴られたらどんな顔をすっかねー? 今までに見せたことのない絶望の顔が見れたらいいねークッカカ」
そもそもそれがネクストに歯向かうという時点で畑違いなのだ。
「俺ァ強欲だ! テメーからすべてを吸い上げてアレを壊すエネルギーにしてやんよクカァーッカカカカカカ!!」
悔しい。
この少年を黙らせられない自分が悔しい。あの少女の願いを叶えられない自分が悔しい。ここで立ち上がれない自分が悔しい。
悔しいし惨めで哀れで残念で不憫で気の毒で情けなくて無念で侘しくて儚くて全無能で無運枠で、
そして————
「……ニシシ」
嬉しい。
「ニシシ。ニシャシャシャ。ニシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!」
まるで壊れた人形のように足元で笑う照光を見て、計の眉が不愉快そうに揺れる。
「……何がおかしい」
ずっと飄々としていた計の顔から笑みが消え、対照的に照光の顔には心からの喜びが浮かぶ。
「何がおかしいかって聞いてんだよ」
「いでででで踏みにじんなよ痛ぇだろ。別になんでもねえよ。ただおかしかったから笑っただけだ。何かおかしいか?」
「それがなんだって聞いてんのが分かんねーのか」
その声には明らかに苛立ちが含まれている。身体からバチバチと放電することがそれを雄弁に物語っていたからすぐに分かった。
しかし逆鱗に触れかけても照光は楽しそうに口を開く。
「うんにゃ、ただな、結局勝てなかったのは俺だけかって思っただけさ」
そう、勝てなかったのは照光だけ。それがとてもおかしく、そしてとても嬉しかったのだ。
「言いたいことがあればハッキリ言えや。殺すぞ」
ニシシ、と笑う。
そして照光は言う代わりに突き立てた。
今まで負けたことのないであろう超人に向けて、氷柱のように冷たく鋭い言葉の刃を、その逆鱗に。
「————————————」
頭を踏みつけられたまま何を言っても格好がつかなかったが、それでも照光の顔は自慢の娘の晴れ姿を見ているように誇らしげだった。
「……………………あっ?」
「あれ、聞こえなかったか。じゃあもう一回言うぞ」
「いやいい」
計は踏みつけた足をどかして代わりに胸ぐらを掴んで照光の上体を起こし、
「それ以上聞いたら義体ごと消しちまいそーだ。だからいい」
空いている手に豪雷を顕現させた。
「【破雷籠手】。十億ボルトを超えた電力を片手に集中させた。これに触れたら痺れを感じる前に炭になる」
その手から鳴り響くのはまるで死神から垂れ下がる幾千本もの鎖が擦れ合う音で、人の恐怖心を舌で舐め回すようなそれだった。
それでも、照光は笑う。大道芸を見る子供のように無邪気に、あるいは馬鹿馬鹿しそうに。
ビギリ、とこめかみに青筋を走らせた計が、ゆっくりとその魔手を照光の顔に伸ばす。
もう何も心配はない。そう悟った照光はさらに笑顔を強めようとして、
耳がある音を拾った。
反射的に首を動かしてその方を見ると、何か物々しいのがこちらに走ってきている。
あれは————




