第21話 突っ走るあの人
第一章のプロットできたーーーー! というわけでこの章はあと十数話で終わります。どうか最後までお付き合いください。ちなみに今回は空井白心視点です。
目覚めのきっかけは地割れのような爆音だった。
「ヤバイよヤバイよどうしよどうしよ始まっちゃったよこのままじゃテルがでも僕が行ったところでできることは何もないしでもここで震えて待ち続けたくないしでもでもあーホントにどうすればいいんだ僕は!?」
それに改蔵の慌ただしい声が続き、白心が寝ぼけ眼をこすってリビングの方を向くと、襖の隙間から改蔵が頭を掻き毟って煩悶とする姿を認めた。何か非常事態なのだろうか、と思って照光の布団から(なぜ入っているのか気づくことなく)抜けて和室を出ると、襖の開く音に改蔵がビックリ箱のように身体を踊らせた。
「どうしたの、そんな四次元ポケットが、壊れたネコ型ロボット、みたいに慌てて?」
「お、驚かさないでよ空井さん。別に何もないよ。ただ、その、……ここのダストタワーが折れちゃってその処理に困っていただけだよ。だからほら、まだ朝も早いことだし寝ておきなよ」
そう言って改蔵は至極あいまいな笑みを白心に向けた。
普通だったらその話で納得できるだろう。改蔵はここの管理者であってトラブルの責任を負わされる立場なのだから慌てていてもなんの不思議でもない。
だがその笑みは施設にいた研究者たちの欺瞞に満ちたそれと少し重なっていて、それに晒され続けた白心にとって改蔵の笑みは懐疑に値するものだった。
そして何より、逃亡者という立場の白心からしたらそのトラブルからは他の解釈ができた。
あの大きなダストタワーが折れるほどの戦闘。
つまり————そんな戦闘力を持つ怪物と今ここにいない照光が一人で戦っているという、白心にとって最悪の展開。
マイナス思考な自分が嫌になる。呼吸のリズムが早くなる。首筋に一筋の汗が伝う。
それでも勇気を振り絞って聞いた。
「……あの人はどこ?」
その行為を後悔することになるとも知らずに。
「ッ……!」
カマをかけると案の定反応を示され、白心の無表情の内側に絶望が広がった。
「ねえ、あの人はどこ? どこにいるの? 外? 外でゼンちゃんとフクちゃんと、野球をしてるの? それとも愛歩ちゃんと、洗濯物を干してるの? ねえ、答えて?」
「ッ…………」
どこかでそう答えてくれることを期待していた。そう答えてもらって、汗だらけで帰ってきた照光にタオルでも渡してまた無邪気な笑顔を向けてもらいたかった。そして朝食をみんなで食べて温もりを感じたかった。そして穏やかに身体の崩壊を受け入れ、笑顔で逝きたかった。
だが、改蔵の両肩を掴んで揺さぶっても、いつもの大人びた笑みを浮かべるどころか固く口をつぐむばかりだ。
まさか。まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか。
白心の脳裏にボロボロになりながらも敵に立ちはだかり、自身の嫌う鉄腕と鋼脚を白心を護るために振るう、魔王にして騎士の少年の後ろ姿が浮かぶ。
嫌だった。あんな人を化け物か人形のように扱って、メスや薬や電極を入れて喜ぶような気狂いの巣窟では感じられないような、太陽の温かさをくれる少年にそんな身を削るようなことをしてほしくなかった。
だというのに、その後ろ姿がどんどん離れて行くのを止めることができない。
改蔵の肩を掴む手に力がこもる。
——お願い。一人にしないで。私から離れないで。
——もうあんな思いは、したくない!
そんな無表情だが切実な白心の顔を目の前にして、改蔵は身を切るように辛そうに答える。
その言葉は、白心の抱く願いを容赦なく砕き尽くした。
「……危険な奴と一緒にいる」
「————————」
「ダストタワーを折ったのはたぶんそいつだよ。あれは自然に折れることがないようにタングステン製の心柱が埋め込まれていたり上下部に密度差を作って重心を落としたりしてるから折れるとしたら人為的にしかあり得ない。それを折れる奴とテルは今、一緒にいる。察するに……君たちの敵なのかもしれない」
そんな……、と信じられずにヨロヨロとよろめき、壁に背中を預ける。
最も危惧していた展開だった。
照光の『太陽の魂』は人の心を温めてくれるとても優しいものであると同時に、自らに黒い影を落とす自己嫌悪の象徴だ。自らを犠牲にしてまで城ヶ崎家を助けたことからそれは読み取れる。
しかし同時に、それはあまりにも度が過ぎたものでもある。彼は白心と関わったばかりに右耳が欠け胸と背中に大きな傷を負ったというのに、怒るどころか笑顔を見せるほど自身を顧みない人なのだ。だから護ると決めた白心に障害が現れたらこちらの意思など介さずに一人突っ走るだろう。ただ側にいてくれるだけでいいと思っている白心にとってそれは悲喜交々なものであった。
それに白心は自分のためなんかに命を懸けてほしくなかった。薬に冒され明日も分からぬ女のために命を懸けて誰が得をするというのだ。
——……いえ、違うわ。
その考えを白心はすぐに否定した。
——彼は、だからこそ命を懸けるんだわ。
——あの人は、損得や将来を、一切考えない人。
——ただ己の魂に従う、高潔な人。
——そして、命を大事にしない、私のような人間を、嫌う人。
——だから彼は、私に生きる喜びを、教えようとしているのよ。
——……それで自分を、ないがしろにしたら、本末転倒よ……。
ハァ……、とわんぱくな息子に呆れる母親の気持ちでため息をつく。
自分のことなど護らなくていいのに。自分のためなんかに命を懸けないでいいのに。ただ側にいてくれるだけでいいのに。ただ一緒に星を見たいだけなのに。
なのに————皮肉なことに、彼の『太陽の魂』はそれらの願いの邪魔でしかなかった。
ギュッ、と下唇を噛む。その悔しそうな仕草を見て改蔵が申し訳なさそうにうつむく。
「ごめんよ空井さん。僕はテルを見捨ててしまった。この前だってそうだ。袋叩きにされているテルを見てるだけしかできなかった。僕に……僕にに勇気がないばかりに。本当にごめん!」
「……彼はどこ?」
「え?」
「彼はどこかと、聞いているの。勝手に突っ走って、勝手に死に急ぐ、あの人を迎えに行くのよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの教えるわけにはいかないよ」
「じゃあ城ヶ崎くんは、このまま逃げると言うの?」
「それは……」
それは突然の出来事だった。
『おおおおおおおおおおおおおおァァあああああああああああああああああああああああああああああァァがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
耳をつんざく絶叫が城ヶ崎家を揺らした。
遠方から響くその声は世界を割るかと思えるような轟音であり、オモチャを奪われた子供が邪悪な大人に襲いかかる時に見せるような純粋な憤怒と憎悪に彩られていた。聞く者が聞けば震え上がる恐ろしいまでに黒い声だ。
そして聞き間違えでなかったらその声の主は————
「あの人なの……!?」
最初は耳と頭を疑った。こんな負の感情に満ちた声を彼のような太陽の優しさと温もりを秘めた人に出せるはずがない、と。
だが同時に、彼にしか出せないものだとも思った。
どれほど傷ついても白心を責めないことから分かる通り、彼は自分のために怒ることは決してない。その代わり、誰かのためだったらまるで自分のことのように怒る。それは電車の中で何かに苛まれている時と白心にチカラの使用を戒めた時にはっきり見たから断言できた。
その怒り方というのが元々の人格すら霞むほどのもので、それを見た白心は未だにその激しさが忘れられないほどとにかく激烈だったのだ。
そうなると必然的にあの激しい声は彼が誰かのために怒っている証明となる。
そしてそれが誰のためなのかは、もはや議論の余地はない。
「行かなくちゃ」
くるりと身を翻した白心に改蔵が慌てて声を掛ける。
「わー待って待って! 行っちゃダメだって!」
「止めないで。私は行かなければ、ならないの。人の温もりを、教えてくれたあの人に、恩返しをするために。誰よりも素敵な、笑顔を向けるあの人に、笑顔の作り方を、教えてもらうために。だから、止めないで」
チラリと改蔵を一瞥する。白心自身気づくことはなかったがその瞳には照光と同じ鋼の如く固い意志が秘められていて、今まで幾度となくそれを見てきた改蔵は、今の白心はテコでも動かないと容易に分かった。
それに命を救われた改蔵は、照光と重なる彼女を止めることはできなかった。
「うう〜〜〜〜〜〜あーもう分かったよ! 三分、いや二分だけ待って。どうせ君だけじゃテルがどこにいるか分からないでしょ」
「ニオイがあるわ。この方角から、あの人のニオイが、強く感じられるの。それをたどればいいのよ」
「どうしてニオイが分かるかは置いとくとして、少なくとも十キロは離れている。きっと君が着いた時には決着がついているよ。たぶん、悪い意味でね」
「ッ」
「僕も行くよ」
チャリン、とキッチンカウンターに置かれていたキーホルダーを手に取った改蔵は裏口へと駆けていった。
「僕はもう逃げないよ」
「待って。ダメよ。いくらなんでも、城ヶ崎くんまで巻き込む、わけにはいかないわ」
「君は何か大きな勘違いをしているね」
クフフ、と改蔵は落ち着きに柔らかさが加わった笑顔を見せた。
まるで、息子の横を歩く花嫁に感謝する父親のような、穏やかな笑顔を。
「彼と絆を築いたのは君だけじゃないんだよ」
投稿ペースはいつも通り1〜4日に一回以上になると思います。




