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レインボーピエロ 太陽の魂と白雪の心  作者: 水無月 一
第01章 少女の笑顔
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第20話 拳を握るは誰がため?

投稿です。

「俺ァネクストをやっている天野あまのハカリってんだ。よろしくなテルミ♫」


 自らを刺客と名乗る少年は黒のメッシュがある金髪、ダメージ入りのジーパンにタンクトップというミュージシャン崩れな風貌をしていて、目鼻立ちが整った顔もあって今時の女子にモテそうな男だった。ついでに首元には自身の尾に食らいつく大蛇の刺青タトゥーがあり、なんなら舌にピアスがあってもおかしくはないだろう。


「馴れ馴れしいんだよクソッタレがさっさと用件を言え」

「カカカカ、ズイブンなご挨拶じゃねーか。まー最初はそんなもんだろーよ♬」


 カラカラと獣骨が転がるような不愉快な笑いに苛立ちと鳥肌が止まらない。だが下手に手を出すこともできないのが現状だった。


 この少年、計は会ってからずっと飄々とした態度を崩さないのだが、まったく隙がない。たとえどんなにえくぼを作ってもずっとぬめりとした視線を送っていて、変な表現だが、雪に覆われた森の中で数十匹もの狐に見られているような感覚を照光は覚えていた。


 もちろん理由はそれだけじゃない。


 目だけを動かして横を見る。同じ高さに並んで見る日の出は荘厳で、頬を撫でる風は夏にしては乾いてとても気持ちいい。まさか夏の廃棄場で居心地の良さを感じるとは思いもしなかった。


 ——まあ……場所が場所だしな。


 二人が向かい合って座っているのは例のダストタワーの上。ただしそれは他のダストタワーの上面を支点にする形で地上三百メートルを優に超える高度にあった。


 照光がこれを持ち上げたりしたわけではないし、当然管理コンピュータの手違いや誤作動でも唐突に神風が吹いたわけでもない。


 この環境は計が手も何も使わずに作り上げたのだ。


 ——おそらくサイコキネシス系のネクスト。それもかなり高純度のだ。


 景色がどんどん落ちていって下に顔を覗かせた時は驚いたものだ。何せダストタワーは十トンでも千トンでも桁が足りないほどの重量を誇る。心柱のあるそれをへし折ってさらに悠々と持ち上げたとなると相当の純度でないと筋が通らないからだ。


 おそらく『ゴールド』————最悪の場合『白金プラチナ』のネクストであることも覚悟しなければならない。


反物質弾アンチスマッシュ』の蠍原冥と同格。


 地球に選ばれし者。天上の世界の住人。


 一般人以下の存在など小指一本動かすだけで塵芥にできる人外中の人外。


 万が一にでも勝てる相手ではない。


「んじゃー俺の希望を言うぜ。全部聞いてくれたら俺が上に話つけといてやんよ」


 しかし幸運にもそんな相手が殺し合いではなく話し合いで解決できる道を示唆した。ならばそれに乗るのがはるかに現実的だと判断した照光はこうして腰を据えて話を聞くことにしたのだ。


「んじゃー条件その一だ」


 ピンッ、と立てた人差し指を前に突き出す。


魔龍の腕ドラゴンインパクト天龍の脚ドラゴンブラスト。テルミの手脚であるそれをよこせ」

「別にいいぞこんなもの」


 二つ返事で承諾された計はホントか! と言って喜びを体で表現したが、それを手で制して問い質した。


「何でこれを知っている。今までずっと隠してきたのにどこから情報を得た」

「こないだモールで剥き出しにしてたくせによくゆーぜ。つーかそもそも俺のボスがテルミにすごく詳しくてな、いろんなことを教えてくれたんだ。ここによくトレーニングに来ること、寮兼何でも屋の住所、病院に運ばれた回数、そして義体の名前にそれを着けた経緯。あの人は何でも知ってたぜ♬」


 計と戦兵衛、その二人のボス。


白金プラチナ』のネクストのみならず戦兵衛のような高位の天才は会うことすら難しい。絶対数が少ないというのもあるが力を持つ者特有のプライド故に力を隠すことが多いからだ(その点を考えると冥は珍しい例だと言える)。だからそれを雇うほどのレベルの人間はいくら世界広しといえどそういない。それこそ高天原の元首や議員、特務学者などの国家創立メンバーぐらいは行かないと無理だ。そしてそんな地位の高い人間が無運枠ラックラックの照光をよく知っているというのもまた疑問をさらに深める要因だった。


 ——いったい、どんな奴なんだ?


 頭の中の情報をまとめようにも型落ち電卓のような出来の悪い頭にそんな処理能力があるわけがなく、いったん横に置いて次の話に移すことにした。


「なんでこれが欲しい。こんな人に忌み嫌われるものを持って何しようってんだ」

「テメェはそれの価値を分かっちゃいねー。無運枠ラックラックがそれを着けているだけで戦闘に特化したジーニアスのべーやんをぶっ倒したんだぞ?」


 文脈と語感から戦兵衛のことだろう、となんとなく察する照光に、計はあるものを向ける。


 獲物を前にしても慌てず機を窺う狐、または茂みから獲物の首筋を狙う蛇のような笑みを。


「そんなシロモノを、この俺が欲しがらねーわけがねーだろ♫」


 照光は計の向けてくるへばりつくような視線の正体にようやく気づいた。


 強欲。


 この少年の狐や蛇のように狡猾に狙いを定める目は照光の所有物————希望をも狙う盗賊シーフの目でもあったのだ。


 戦兵衛の殺意をばら撒き命を斬り落とす狂戦士の目と逆ベクトルで危険な目だと照光は直感した。


 その計がゆっくりと手を差し出す。まるで今すぐよこせと言わんばかりに————すべてを刈り取ってやると言わんばかりに。


「刀を殴り砕いてベーやんを投げ飛ばす硬度と腕力の魔龍の腕ドラゴンインパクト。床を踏み砕いて一瞬で懐に潜り込める脚力と瞬発力の天龍の脚ドラゴンブラスト。これを聞けば俺じゃなくても喉から手が出るってもんだぜ♬」


 そう言ってベロン、と蛇のような先割れの舌を出す。まさかのスプリットタンに寒イボが立ちそうだった(実際は無機義体だから立たなかった)が、それを悟られまいと言葉を吐く。


「実際に着けてみてから言え。悲しいばかりだぞ。指先で人の体温を感じることもできなければ歩いているという実感も味わえない。それだけじゃない、これを見れば誰もが軽蔑と憐憫、畏怖の目を向けて————」


 言いかけて口をつぐんだ。


 自分の手を握って「温かい」と言ってくれた少女を思い出したから。


 あの少女の目と言葉に、偽りも同情もない優しい真実が込められていたから。


「? まーとりあえずくれるんだな。じゃーさっさとよこしな」


 クイクイッ、と手首を返す計に、しかし照光は首を振る。


「気が変わった。やっぱり無理だ」

「そーゆーと思って条件その二を用意してきたんだわ♫」


 あっ? と思いっきり怪訝と敵意の感情をぶつけても、ピースを向けた計は飄々とした調子を崩さず告げた。


 首筋に飛びかかる肉食獣のように、真っ直ぐ。






アレ・・をよこせ。それでお前とメガネのことは見逃してやんよ♬」






 ざわりざわりざわざわざわ


 まるで体中の血液が磁性流体になって磁石と見立てた計を突き刺しそうになる。体の奥底から湧き上がる慣れ親しんだ、しかし比較にならない破壊性を孕んだ怒りの感情に髪の毛が逆立つのを実感する。


 ——こいつもか。


 拳を握る。


 ——こいつもなのか……。


 奥歯を噛み締める。


 ——こいつもあの娘のことを……————


 憎悪を吐き出す。


「人間として、見ないのか……ッ!」


 これが勧善懲悪ものの物語だとすると照光はヒーロー、計はヒールであることは一目瞭然だ。おそらく計自身もそれを理解しているだろう。


 だが、照光の表情を見てもそうだと言える人間は、確実に皆無だ。それほどまでに圧倒的な負の感情に塗り潰されていたのだ。


「お前もあの娘を人形と見るのかッ!!」

「言い得て妙だな。人間っつーのは感情あってこそそれを名乗れる。なかったらそれはただの人の形をしたもの。とどのつまり人形だ♬」

「俺の手を握って『温かい』と言ってくれたあの娘は人間の目をしていた! そんなあの娘が人形のはずがねえ!」

「バーカ。それが証拠だよ」


 カカカカカ、と人の神経を逆撫でする声で照光を嘲笑する。


「冷てー無機義体を『温かい』なんてゆーのは感じる心がないからこそだ。そこんとこどー思う?」

「……ッ!」

「言っとくが条件その二はテルミのためでもあるんだぜ? 分かってんだろ?」

「?」

「クッカカッ! え知らねーの!? えマジで!? 超ケッサクなんですけど!」

「どういうことだ。説明しろ!」


 ヒーヒーと腹を抱えながらも計は絞り出すように答えた。






「アレはもうすぐ壊れるんだぜ? 自分の力を抑えきれずにな。クカカカ」






 感覚が死んだ。


 高度三百メートル以上で吹く涼しい風も、真横から差す日光も、廃棄場らしく聞こえるカラスの鳴き声も、整然と並んだダストタワーの幾何学的な美しさも、計の底意地の悪い笑みも、


 降って湧いた絶望に、何もかもが拒絶された。


「高天原もひでーことしやがる。もし逃げられた時の保険としてある薬を投与してたんだ。どんなのだと思う?」


 考えない。考えれらない。考えたくない。


「『リバティーランド』。ネクストにある『根源の羽根』のリミッターとストッパーを強制解除する薬だ」

「そ、それがなんで」

「人間の体っつーのは本来ある力の30パーセントも引き出せねーようにできてる。自分の体が内側から崩壊しないように無意識に枷をつけてっからだ。でだ、脳内の『根源の羽根』も同様だとして、外されたらどーなると思う?」


 聖母の愛マリアズギフトは『金剛石ダイアモンド』と新しくカテゴライズされるほどの純度であり、それはつまり白心の体を保つために何重にも枷がつけられるべき能力だということだ。


 そんな高出力ディーゼルエンジンのようなものがか弱い少女の脳内で常時全力稼働されたら————


「近々高熱を出して昏倒。そのまま脳死、ってとこだな」

「ッ!!」

「これはテルミ、テメェのためでもあるんだ。俺にアレを渡せば施設に戻して治療することができる。アレは壊れずに済むんだよ」

「…………」


 握った拳を解き、その手の平を見る。


 一度手袋を取れば軽蔑憐憫畏怖の目に晒される、深い闇のように黒い金属でできた忌まわしい手。人間でも日本刀でもなんでも砕き壊し血に塗らしてきた、罪業と穢れにまみれた手。


 そして、一人の少女を救う力と温もりとなり得る手。


 そう思っていたのは自分だけだったのだろうか?


「安いもんだろ。手脚でアレが救われると思えばな。悩む必要あんのか?」

「…………」


 照光が黙るのは別に引き渡しの決断に頭を悩ませているからではない。むしろ自分と一緒にいて死んでしまうなら今すぐ引き渡してもいいくらいだ。


 ただ、なぜ自分にそのことを打ち明けてくれなかったのかと動揺していたからだ。


 照光のことを理解したいなんて言っておきながら自分のことを言わないなんて、それじゃあ理解を拒んだ身勝手な照光と同じじゃ————






『私はこんな、手垢まみれの体になって、幸せと思ったことなんて、一度もないわ』

『薬によって能力に、最適化された私はもう、壊れた人形なんでしょうね』

『違うの、そうじゃないの。別に使いたいから使っている、わけじゃないの』






 違う。


 彼女は言っていた。レストランにいた時も。空中鉄道ハイメトロに乗っていた時も。昨日の夕飯の時も。自分の体が蝕まれていることを暗に訴えていた。


 だが白心のことだ、照光という一人の人間に重荷を背負わさないために、ハッキリとそのことが言えなかったのだ。


 それでも、白心は自分を理解してほしくて一生懸命だった。


 それなのに。


 ——本当に理解していないのは、……俺の方じゃねえか……。


 今度は怒りではなく悔しさに拳を握る。


「カカカカカ。そりゃーショックだわな。守ろーとした奴が実は心を許してなかっただなんて、俺じゃー壊したくなるね」


 そうではない。だが気づくべきだった。今朝の鼻血を寝ながらにして消したこと以前に、初対面で負わせた怪我を見る間もなく治したことから充分にそれは分かったはずだ。


 結局のところ。


 ——俺はあいつのことを、別に知りたくないんだ。


 嫌なことを知ってしまったと同時に、胸のつっかえが取れた気分だった。


 これで迷いなく白心を預けられる。そう思って義体と白心の引き渡しの承諾を口にしようとした。


 しかしその決意は、計の何気ない一言で180度変わることとなった。


 奇しくも、あの少女への思いがきっかけで。






「まー安心しな。俺に引き渡した暁には今度こそ・・・・体も心もズタズタにしてやっからよ。未練も何も残さねーほどにな♬」


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