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レインボーピエロ 太陽の魂と白雪の心  作者: 水無月 一
第01章 少女の笑顔
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第19話 開かれた心

投稿です。

 これは夢だ。起きて早々照光はそう思った。


 百歩譲って白心が照光の布団の中に潜り込んでいるのは良しとしよう。いや本当はそれだけでも充分すぎるほどにラッキーイベントで良しどころか発狂しそうなほどいろいろとまあアレなのだが、問題は位置関係ではなく自分の状態だ。


 なぜ抱き締められているのだ?


 白心は照光の背中に手を回してしっかりとホールドし、照光の胸の中で気持ち良さそうに寝息を立てている。おそらく夢遊病で相撲かレスリングをしていたわけでもあるまいしそもそも白心は夢遊病患者ではない(はずだ)。そしてこれはどう見ても進んで抱き締めにいっているようにしか見えない。


 ——落ち着け。落ち着くんだ虹野。落ち着けば何か分かるはずだ。

 ——まずはこれが夢であることを確認して目を覚ますんだ。話はそれからだ。


 それから何を話すのかも分からぬまま照光は状況把握に取りかかる。


 まずは場所。天井から布団、畳から掛軸、果ては先住民のハムスターの小屋の何から何まで城ヶ崎家の一階和室のものに間違いなさそうだ。


 次に匂い。これがまた花のようにすっごい芳醇で蠱惑的でありながら安心感を覚えるもので、言いようによっては眠気を誘うのだが当然そんな余裕はなし。


 最後に感触。背中に回された手にはたしかに圧力がかかっていて、腹の上には無駄に扇情的な巨大肉まんが二つ乗っかっている。


 以上のことから現実と判断した照光は安心して鼻血を噴くことができた。


「! やっべ」


 ちょうど鼻血の飛沫が白心の頭頂部にかかり、美しい白髪が赤に染まってしまったから袖で拭いてやろうとして、


(「……クソッタレ」)


 すぐさま血痕が溶けるように消えゆく様子に小さく悪態をついた。


聖母の愛マリアズギフト


 これのせいで白心のすべてが変えられたと思うと頭が熱くなりそうだった。少女を構成する一要素のためにその肉体を蹂躙し、精神を破壊した高天原が憎かった。


 そしてそれら以上に、その国から護り通すだけの確信と自信と力を持っていない自分に腹立たしさを覚えた。


 ——ごめんな空井。俺が不甲斐ないばかりに。でも、絶対に笑わせてみせるからな。


 鳴りそうな歯の根を聞かせないように気をつけて回された手をほどくと、目の前に白心の顔が現れる。


「……ッ!」


 それを見てさっきまで抱いていた自己嫌悪が一瞬で驚きへと変わった。


 安心しきった寝顔を横切るように大粒の涙がいくつも流れていたのだ。


 もしかしたら毎晩泣いているのかもしれない、と最初に思った。白心は実験体という地獄のような境遇に身を置き、薬物で感情を消されたことも相まって無意識下の睡眠中に鬱積したものを吐き出しているのではないかと想像したのだ。


 だが、それだとこの安堵の寝顔の説明がつかない。


 照光が恥ずかしさやら疑問やらで混乱している今も、白心は鼻をひくつかせながら気持ち良さそうに寝息を立てている。まるで飼い主か親猫の腹の上で夢を見る白猫のようだ。


 もしかして、だが。


 ——こいつ……俺がいることに安心しているのか?


 そう思うと少し複雑な気分だった。


 全無能で頼り甲斐など皆無の自分なんかに身を寄せる人選能力に心配を覚えると同時に、白心のようなきれいな少女に頼られることが照れ臭く感じ、なんとも言えずに頬を掻く。


 まあ、こんな寝顔になるほど楽しい夢を見ていることだけは、きっと喜んでいいのだろう。


「……ニシシ」


 どんな夢なのかは知らないが白心の穏やかな顔を見たこの時ばかりは、照光の顔も自然と綻んだ。


 起こさないように気をつけながら身体を起こし、ティッシュを鼻に詰めて目覚まし時計に目を向けるとまだ朝五時を指していた。しかしすっかり目が覚めてしまったものだからリビングに出ることにした。


「あ、おはようテル」


 そこには食卓でノートパソコンやらテキストやらを広げている改蔵がいた。


「なんだ、カイも寝れなかったのか?」

「夏休みの課題と廃棄場ここの管理をしなくちゃいけなくてさ、ちょっと早く起きただけさ」

「ふうん大変だな。なんか手伝うよ」

「君は何でも屋だろう? 報酬もなしにいちいちそんなことしてたらつけこまれちゃうよ」

「余計なお世話だ。それに俺はただ匿ってくれてる礼をしたいだけだ」

「そんなこといちいち気にしてたら禿げちゃうよ。……あれ?」


 ノートパソコンのディスプレイを凝視している改蔵が怪訝そうな声を上げ、眉も同様に八の字にして疑念を露わにした。


「どうした、なんか異状でもあったのか?」


 照光も回り込んでそれを覗き込む。そこには正方形の枠の中に無数の点が打たれた専用の管理画面が映されていた。


「うん、この廃棄場はコンピュータ管理されているんだけどどうやらエリアFの56のダストタワーになんらかの異変が生じたみたいなんだ」


 ダストタワーとはこの廃棄場に無数にそびえ立つ例のゴミの柱のことだ。


「あんなこと言っといてなんだけどやっぱり手伝ってくれるかい?」

「もちろん。そこに行けばいいんだろ」

「念のためついて来てもらうだけだから気負わなくても大丈夫だよ」


 さっそく二人は寝巻きを着替えてから外に出て作業車に乗り込んだ。


 高天原では通学路の長い生徒がままいるので本島と違って高校生から免許の取得ができるようになっている。こんな広大な敷地から中学生以下の弟妹たちを送り迎えしなければならない改蔵はそれを取得していた。


「ダッシュボードにパンがあるから食べてもいいよ」

「おっ、じゃあありがたくいただくよ。……一応聞くけどなんでそんなもんがあるんだよ?」

「修善と修福が寝坊助ねぼすけでさ、遅れないように登校中でも食べれるよう置いているんだよ」

「ほーお。まあ寝る子は育つって言うからそれでいいかもな」


 改蔵は作業車のエンジンを起こして出発し、照光はチョココルネを手に取りほくほく顔でそれを口にした。


 外はまだ薄暗く太陽も頭を覗かせ始めたぐらいだ。こんな時間に働く改蔵は本当に立派だと胸の内で称賛し、二個目のパンを口に詰め込んだ。


「テルはあの娘のことが好きなのかい?」


 ここで噴き出さなかった照光は褒められるべきだろう。


「ほぐ、んぐぐほごごも!」

「はいはいとりあえず一回飲み込んで」

「んぐ。……ぶふぁ、何言ってんだよ。生まれて間も無くこんなところに来た俺がそんな感情知るわけないだろ。だから当然そんな風には見てねえよ」

「? もしかして、人を好きになったことはないのかい?」

「正確にはその感覚が・・・・・分からないんだ・・・・・・・。ガキンチョの頃から同世代に見下されて大人に見放されて、ずっとずっと胸が寒い感覚を覚えていて、最近まで暖かいなんて気持ちになったことはなかった」

「……それはまた、すごいことだね」

「なるべくしてなっちまったんだよ。国語の記述テストとかで『Aくんの父親の気持ちを四十文字以内で答えなさい』みたいな問題は元々の無能さもあってまったく理解できやしない。父親になったことがないとかそんな子供じみた言い訳以前に父親や母親に会ったことがないという事実があるからな」


 ニシシ、と笑う照光に自嘲や卑下、皮肉の感情は見られない。


 心の底から思ったことをそのまま吐き出したような清々しさしかなかった。


「でも、だからこそあの娘を笑わせたいと思ったんだ。きっとどこかで、それができたら俺の中で欠落しているいろんなものが手に入るとか考えたんだろうよ」

「……クフッ、クフフフ。君は見てて飽きさせないよね。それでこそ彼女と繋げ甲斐があるというものだよ」

「ホントにまあイイ趣味してるよまったく。むぐ、人間関係観察の何が楽しいんだか」

「人を拒み人に拒まれる君には分からないかもしれないね」


 クフフッ、と楽しそうに笑う改蔵だが、それには嫌味たらしさや嘲りには出ない明るさがあった。想像ではあるが、父親が愛する息子に向けるそれに似ているのではないかと思った。


「人間関係だけじゃないよ。僕はケージ内にいる十匹のマウスの見えない上下関係や一つの歯車が複数の機関の動力となる可視化された関係性といったあらゆる『関係』を感じるのが大好きなんだ。僕が『生物学』と『機械工学』のジーニアスになったのも人とのつながりを大事にしたいと思うのもそれが一因だろうね」


 なんだか難しい話になってきたな、と思いながら五個目のパンを手に取った。


「そして君らを見ていると、その関係性が共依存だっていうことが分かったよ」

「きょう……なんて? はむっ」

「共依存。お互いがお互いに依存し合う関係のことさ。例えば、献身的な妻に依存する夫と依存されることに喜びを感じる妻、子供を育てることに生きがいを見つけた母親と母親がいないと生きられない赤ん坊の関係とかを言って、これといった定義はないよ」


 ほー、と八個目のパンの封を開けながらも照光は真剣に耳を傾け続けた。


「君らの場合は、テルは空井さんを笑わせることを生きがいにして、空井さんは君の側にいることに安心を覚えている。二人ともお互いがいないといけないからこれも一種の共依存だね」

「そんなこと、はぐ、見て分かるのかよ」

「一応人間心理に少しだけ心得があるし、今まで星の数ほど人間関係を観察してきたからね。雰囲気でなんとなく分かるよ」


 むぐ、と十二個目のパンに噛みつきながら今までの話も一緒に咀嚼してみる。


 人とのつながりを拒み拒まれた照光は人間の考えることを予想はできても正しく理解する能力はない。だから白心が自分をどのように見ていたのか分からないし、人外の手脚や傷が原因でむしろ理解を拒む節があった。


 そして、改蔵の言う通り白心が照光を拠り所としているのならば、照光を完全に理解しているということになる。初めて見たものを親と刷り込みする雛鳥と違って白心は人間であり、人間は知らない存在に寄りかかったりはしないはずだからだ。


 できれば全無能な自分を拠り所に、ひいては理解してほしくはなかった。


 だが。


「…………」


 今朝の出来事。あれはその証拠として充分すぎるものではなかろうか。


 先ほどまで白心の寝顔を人間はあんな安心しきった顔ができるのかと微笑ましく思っていたが、そういうことなら話は別だ。


 白心には少なくとも人を拒絶する権利があった。人に心を許さず自分の世界から排除する権利だ。


『ほら、さっさと来い。今日から俺がお前だけの道化師ピエロだ。拒否権はねえぞ・・・・・・・、ヒーヒー言うまで笑わかせてやるから覚悟しやがれってんだ』


 だがあろうことか照光は我欲のためにそれを無視し、あまつさえ白心の心を・・・・・許させて・・・・しまった・・・・


 全無能で無運枠ラックラックな自分に、あの少女のすべてを委ねさせてしまったのだ。


 ことの重大さに気づいてしまった照光は自然と自己嫌悪の世界に陥っていく。


 こんなことなら————


「手と口が止まってるよ。いつもの健啖ぶりはどうしたんだい」

「…………」

「『俺なんかじゃ云々』ってところかい?」

「!」

「本当に分かりやすい男だね君は。考えることは複雑そうなのに結論が顔に出てるんだもん。ちなみにさっきのは『気づいてしまった』って言ってる顔だったよ」

「そ、そうか」

「共依存者は決まって自己愛や自尊心が薄い。君に至っては皆無と言っていいね」

「ああ、たしかに俺ははぐむぐっ、自分が大っ嫌いだよ。何もできない上に周りをむぐもぐっ、妬み恨むことしかしない人間を好きになることなんかできないだろ」

「じゃあまずはそこからだね」


 はっ? と素っ頓狂な声を出して運転席の方を見るが、改蔵は小刻みにハンドルを操りながらクスクス笑うばかりだ。


「自分のことを好きになればきっと彼女のことも好きになるさ」

「結局のところカイは何が言いたいんだよ」

「テルとあの娘はお似合いのカップルだよ、ってこと」

「今までの話全部それに帰結すんの!?」

「君の鼻ティッシュを見れば否が応でもそう思うさ。どんなお楽しみがあったかは聞かないでおくよ(ニヤニヤ)」

「バッ! 違っ! 起きたら抱き締められてたなんてことはないぞ!?」

「クフフフッ。どこまでも君らしいね相変わらず」

「ッ〜〜〜〜〜〜」

「クフッ、ほら着いたよ」


 笑ってうやむやにされた照光は鼻ティッシュを投げ捨て、釈然としないまま車を降りた。


「あーらら完全に倒れちゃってるよこれ」


 改蔵の言う通り目の前には横倒しになったダストタワーがあり、横に向かって大きく伸びるそれはただのゴミだけに留まらず通行の妨げにまでなっていた。他のダストタワーを巻き添えにしなかったのがせめてもの救いか。


「支える心柱も根元からからボッキリいってるな」

「うーん、心柱はタングステン製だからそう簡単には折れないはずなんだけど。しかもこの方角って愛歩たちを送るゲートがある方角じゃないか。参ったね」

「どうすんだよこれ」

「『心柱構造の見直し』とか『酸化が原因と仮定した大気中の湿度及び成分の調査』、あとは『高雅天上ヶ原の威信を懸けた原因の徹底究明』とか報告書に書けばばなんとかなるよ」

「大人って汚いねえ」






「この国はもっと汚いけどなー♬」






 ゾゾゾゾゾゾゾッ、と。まるで大蛇に巻きつかれて目の前で舌を見せられたかのように寒気が迸る。


 弾かれるようにして上を見るとそこには、いつ現れたのか一人の少年が横倒しのダストタワーに腰掛けていた。


 本当にいつの間にかだった。


「第二の刺客登場、ってな♪」


 カラカラカラカラと。膝を叩きながら天を仰ぎ、バカにするようなその笑い方は底意地の悪さがにじみ出てて人の神経を逆撫でするものだった。


 そして。


「カイ……今すぐ逃げろ……!」


 殺意の塊であった戦兵衛とはまた別の危険性を秘めていた。


「で、でも」

「早くしろ! 死にてえのか!?」


 照光の裂帛に弾かれるようにして改蔵は車に乗り込み、元来た道を走っていった。


「あれま、一人になっちまったけどダイジョーブか?」

「スカしてんじゃねえよ。飄々としておきながら蛇みたいにカイを狙いやがって。お前らの狙いは俺だろうがッ」

「弱い奴から狙うのは基本中の基本だぜ? あと狙いはテメェじゃねー。テメェら・・・・だ♫」

「それは何人を指すのか。返答によっちゃタダじゃおかねえ」

「二人、いや六人って言ってほしい感じ?」


 ドンッ! と地面を蹴って弾丸の如く撃ち上がった照光は勢いそのままに天龍の脚ドラゴンインパクトを跳ね上げ、刺客の顎を蹴り砕こうとした。


 だが少年は龍のように凶暴な爪先が迫っても身じろぎ一つすることなく、姿勢をそのままに横へと大きくスライドしてかわした。


 驚きに目を見開きながらを着地する照光を見て、少年は飄々と笑い、


「落ち着けって。俺ァテメェと話がしたいんだっつーの。場合によっちゃこの場を見逃してもいーんだぜ?」

「…………」

「その無言は承諾と受け取るぜ♪ んじゃーこっち来な」


 バンバンとダストタワーを叩く刺客の許へ照光は怒りを胸に仕舞って赴いた。

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