第18話 夢の中でも
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気づいたら照光は闇の中にいた。
「だークソッタレがッ、またここかよ」
また、と言うように照光がここに来るのは初めてではない。むしろ数えきれないほど来ている。
物心ついてから毎晩だ。眠りに就いて意識がシャットダウンされると決まってここに行き着く。おそらくだが、ここは夢の中だろう。
あらゆる知識を学ぼうとする(身につくかどうかは別にして)照光はこのこともあって夢についての文献を調べたことがあり、唯一理解できたのが『見る者の象徴』であることと『抑圧された意識の顕現』であることだった。
で。
「なんでまたこんな真っ黒なわけなんだろうねえ」
これが照光の象徴であることは百歩譲って認めるにしても、『抑圧された意識』というのはつまりは欲望のことだ。なのにここまで真っ暗闇だったらいったい何を望んでいるのか分かったものではない。
だが、この空間の空気は怒れる龍の如く熱くて妬む蛇の如くドロリとしている。まるで照光の精神をそのまま表現しているようだ。
「まっ、実際そうなんだろうけどさ」
ふー、とつまらそうに鼻息を吹いて目覚めるまでの時間潰しを考え出した照光は、
「……おえっ?」
自分の手が何かを抱いていることに気づいた。
手のひらより少し大きいぐらいのもふもふとした毛玉で、そしてこれでもかというぐらいに白い。まるで照光とは真逆に完全なる天真爛漫を具現化しているようだった。
「……ええっと」
とりあえず撫でてみようと手をかざしてそれが金属であることを思い出してためらっていると、
「ニー」
毛玉が鳴いた。そしてモゾモゾと動いて顔を持ち上げ、その小さな口で大きく欠伸を掻いた。どうやら白猫のようだ。
今まで一人しかいなかったこの空間に現れた初めての客に喜びと困惑、そして猜疑の目を向けていると、その白猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら頭を照光の胸にこすりつけてきた。
初めて『ハートを射抜かれる』という言葉を実感した瞬間であった。
「可愛いな〜こいつぅ〜」
「ニー」
腕がダメなら顔がある。照光は頬を白猫になすりつけて好意を露わにすると、白猫もまんざらでもなさそうにニーニーと鳴いてくれた。今までほとんど生き物と繋がりを持たなかった照光がそれだけで絶頂を迎えそうになった、
直前。
「うわっ!」
突然その白猫が爆発的に大きくなって照光の腕から弾き出された。
「ま、まさか俺の腕のせいで……ってあれ?」
弾き出された白の塊を見て照光は信じられないように何回も瞬いた。
それは白鳥となっていた。それもただの白鳥ではなく、視界にいるだけで跪きたくなるような気高さと神々しさ、美しさに彩られた白鳥だった。
「すっげーなあ……。この世にこんなのがいるとはな、っておおお!?」
「キュー」
驚いたことにその白鳥はまるで大切な存在に愛情を示すように大きな翼で照光を包んだ。これにはさすがに焦りを隠せず心臓が早鐘を打ったが、
「……お前、温かいな」
初めて味わう感覚に気持ちが澄んでいくようだった。もし母親に抱かれるとしたらこんな気持ちになるのだろうかとふと思う。
羽毛布団のような柔らかさと温もり、芳醇な花の香りに包まれた照光はとても眠くなってきた。今まであらゆることに苛まれてきた照光はこの時ばかりは何も考えることがなかった。
だから、心の声が漏れるのは必然と言えた。
「俺はなぁ空井、お前だけは絶対に救って、護って、笑わせてやるからなぁ」
「キュー!」
「こんな残酷な世界でもきっと笑えるぞぉ。頑張る道化師はどんな奴でも笑わせれるんだからなぁ」
「キュキュー!」
「ニシシ。なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ。お前に言っても分かんないだろ?」
「キューキュー!」
「へぇ? 分かるんだ。じゃあついでだ、お前も笑わせるよ」
「キューン!」
「でももう眠いんだ。また明日ここに来てくれ。俺はいつもここに来るからさ」
その言葉を最後に照光は意識を手放した。否、意識を現実へと引き上げた。夢の世界が薄らぐ中でも白鳥は無機質だけど優しい瞳で見つめ続けてくれた。
さっそく起きたら白心を笑わせよう。そう考えて照光はこの世界で初めて笑顔を浮かべた。
————彼らに次の日が来ないという残酷な未来を知らぬまま。




