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レインボーピエロ 太陽の魂と白雪の心  作者: 水無月 一
第01章 少女の笑顔
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第11話 避難先の歓迎

空井白心視点です。

「いやーごめんごめん。あまりに嬉しくて僕としたことが取り乱しちゃったよ」

「私の方も不快な思いをさせてすみません」

「はあ」


 とりあえず動かない照光を総出で運び入れてから、白心はテーブル席に案内された。


「僕の名前は城ヶ崎じょうがさき改蔵カイゾウ。こっちが妹の愛歩アイホで向こうでテルの看病をしてるのが双子の弟の修善ナガヨシ修福ノブフクだよ」

「城ヶ崎愛歩です」

「空井白心です」


 一通り自己紹介を終えてたところで白心は家の中に視線を巡らせる。


 廃棄場自体は常時殺菌されているのではないかと思えるほどきれいで、ここも住宅街にありそうな普通の一軒家と同じで目立った汚れなどはない。窓際の鳥かごやキッチン横の水槽、和室から聞こえる何かが回るような音から察するにペットを飼える程度に衛生環境は整っているようだ。


 だがそれでも、なぜ彼らはこんな場所のど真ん中に家を建てて親なし四人兄弟が生活するのかが気になり、無粋な勘繰りであることを承知で考えてみた。


 しかしこの家庭的な雰囲気が白心にはとてもくすぐったく、それが頭の回転を鈍らせる原因であることに彼女は気づいていない。


「愛歩、お茶を淹れてくれるかい」

「分かったわ」

「さて」


 では本題に入ろう。そう言わんばかりに改蔵は組んだ手をテーブルの上に置いた。


空井さんはテルの・・・・・・・・なんだい・・・・?」

「?」

「テルには失礼だけど彼と付き合いのある人間はほぼ皆無だ。彼には特別な烙印があるからね」

「特別な烙印?」

無運枠ラックラック


 たった一言。それでも理解するには充分な一言だった。


 ずっと施設に入れられていた白心でも知っている。天才しか入れないこの国の抽選に受かってしまった不幸と無能の業を背負わされる者。それが無運枠ラックラックだ。


「彼は特別な才能を持っていないとされる無能の烙印を押されている。それだけだよ」

「…………」

「たったそれだけ。本当にそれだけなんだ」


 彼の目はまるで正面の白心にではなく、見えない誰かに向けて訴えるかのように真剣そのものだった。


 もしかして、と思って白心は口を開けた。


「あなたも、無運枠ラックラックなの?」

「僕かい? 僕は」

「ねえカイ兄、テル兄に使おうと思ったら絡まっちゃった」

アレ・・でほどいてくれないかな?」


 と、修善と修福がおそらくふざけてやったのであろう、紐でがんじがらめになった扇風機を持ってきた。


「何やってるんだよまったく」


 呆れながら改蔵が扇風機の前に跪くと、


「!?」


 瞬きした直後に紐が消えた。


 いや、紐が消えたわけではない。ちゃんと扇風機のカバーを取った上で紐をほどいて手に握られている。ただそのスピードが尋常じゃなかったのだ。


「僕は『解体』とその素材である『生物学』と『機械工学』の才能を持ってる。国に申告していないものを合わせたらもっとあるよ。つまり無運枠ラックラックではないってことさ」

「じゃあなぜ?」


 なぜ彼と仲良くするのか。すべては言わず遠回しにそう聞いた。


 初対面の頃の照光を見れば分かる。彼の隠された空虚な雰囲気はそれを隠せる心の強さの表れであると同時に、その原因である孤独の象徴だ。おそらく無運枠ラックラックのレッテルで誰からもバカにされて近くに人がいないのだろう。


 だからこそそんな彼と仲良くする改蔵の真意が理解できなかった。


「そうであっても僕は差別なんかしないしそもそもテルは恩人で友人だ」


 扇風機を抱えて照光の許に戻る二人を見送って、改蔵は席に座り直す。


「テルは無運枠ラックラック。つまり普通の人間だ。そしておかしなことに、周りに特別しか・・・・・・・いないからこそ・・・・・・・普通であるテルは特別なんだ」

「…………」

「だから僕は君が特別であると思う。天才ジーニアスとか能力者ネクストとかの意味ではなくて、彼と一緒にいたという意味でね」


 白心は沈黙し続けた。


 無能である彼がなぜ力を持っているかを考えているからでも、照光と自分の関係性について考えているからでもない。


 彼の心はそんな不幸な境遇でも笑えるほど強いのかと驚いていたからだ。


 だがそれなら納得できる点もある。おそらく彼の笑顔は幸せだからでも幸せになるためのものでもなくて、ひたすらに無運枠ラックラックである自身を隠すものだったのだ。


 ——偽りの笑顔は、こういうこと、だったのね……。


「もう一度言うけど君はテルのなんだい?」

「…………」


 答えられない。


 自分だけでも精一杯であるはずが白心のためだけに笑顔を教えようとする照光の健気さがあまりにも残酷で、それに甘えようとしている寄生虫だなんて言えるわけがない。


「ごめんごめん、無理に答えなくていいよ。でもなんとなく僕らと同じだということは分かるよ」

「てことはこの人もテル兄さんに助けられたってこと?」


 お茶です、と湯呑みを差し出した愛歩が会話の席に加わる。


「あなたたちは、彼に助けられたのですか?」

「そうだよ。命どころかその後の未来も救ってくれたと言っていいね」


 改蔵は昔の思い出を懐かしむようにえくぼを作り、愛歩はなぜか照れ臭そうに頬を掻いた。


「ここに来るまで僕以外の弟妹たちはまだ才能に目覚めていなかった。高天原は僕がジーニアスだからという理由でこの子たちを青田買いしたんだ」

「高くなる前の株を、買うようなもの?」

「値上がりする保証はどこにもなかったけどね」


 まあつまり、と口調はそのままに改蔵の顔に暗い影が差した。


「この子たちは僕のせいでこんな弱肉強食の世界に放り込まれてしまったというわけなんだ」

「そんな、カイ兄さんのせいじゃないわ。こうして私は『手芸』、ヨシとフクは野球の『バッテリー』の才能にちゃんと目覚めて平穏な生活を営めているわけじゃない」

「それはいったい誰のおかげだい?」

「それは……」


 愛歩が言葉を濁す。


「初対面でこんな話をするのも変だけど聞いてくれるかい?」

「はい」


 改蔵は組んだ手の親指を擦り合わせて考える素振りを見せる。


「……当時僕は荒んでいた。この子たちがこんな世界に放り込まれる原因となった自分が嫌で嫌で何度も死のうと思った」

「カイ兄さん……」

「…………」

「高天原に来て一年ほどかな。三人の支えもあってこの廃棄場の管理役職を手に入れて、ここで家を建てた。何もしてあげられないせめてもの償いとして四人で生活しようと思ったんだ」


 因果なことに、そのつらさは白心にもよく分かった。


 自分のせいで人がつらい思いをする。それは白心のために地獄から救い出し、あまつさえ笑顔を教えようとする照光が傷つくこととなんら変わりはなかった。


 胸が、痛かった。


「それでも僕の罪悪感は消えなかった。僕のせいで白い目で見られているんじゃないか、僕のせいで人の輪の中に入れないんじゃないか、僕のせいで理不尽な目に遭わされているんじゃないか。毎日が気が気でなかったよ」


 おそらく、責任感がとても強くて家族思いな人なのだろう、と白心は思った。


「ある日、ヨシとフクの誕生日を祝うために僕らは買い物に出かけた。そりゃもうプレゼントからケーキ、パーティグッズと買えるものはなんでも買ったよ。この日ばかりは悩みを忘れて祝ってあげようと思ったからね。……それが運命の分かれ目だったよ」

「いったい何が?」

「目の前が見えなくなるまで商品を持っていったん車に積もうと駐車場に向かっていたんだ。そして横断歩道を渡っていると————」


 ここで改蔵の様子が一変した。先ほどまで歳に似合わない落ち着いた明るさを見せていたのに、下着一枚で南極大陸に放り出されたかのように震え出したのだ。


「と、トラックが……ああぁぁあぁ……」

「カイ兄さん、後は私が引き継ぐから落ち着いて。ね?」

「ごめん……ごめんよぉぉ……」

「あ、あの」

「結論から言います。渡っている途中に居眠り運転のトラックが突っ込んできて、ある人・・・が間に入って私たちは助かりました。でも兄はがもしいなかったことを考えるとこのように自己嫌悪の念に駆られるんです」

「その人って、まさか……」


 愛歩は答える代わりに、ぺちぺちと両側から修善と修福に頬を叩かれても眠り続ける照光を見た。


 とん、と正していた背筋を背もたれに預け、白心は絶句した。


 白心が照光を選んだ理由。それは何者をも救おうとする輝かしい心を持っていると直感したからだ。


 だが、その輝きは想像を超えるすさまじいものだったらしい。それは彼らを救おうと自分の何百倍もあるトラックの前に立ったことから火を見るよりも明らかだ。


 もしかして。


 本当に彼は、何もかもを投げ出してまで自分を笑わせるつもりなのか? 『金剛石ダイアモンド』のネクストと無運枠ラックラックの間にある壁を乗り越えてまで、すべてを変えるつもりなのか?


 実は「命に代えてでも笑わせる」と言われた時は半信半疑だった。いや、命と笑顔の価値は比べるべくもないと考えたらむしろそれは当然だろう。


 でも、それが彼の真の姿なら本当にやりかねない。


 それが嬉しくもあり、つらくもあった。


「テル兄さんはトラックを止めたけど重傷で入院。私たちはよく見舞いに行きました。そして、それもまた私たちの運命の分かれ目だったのです」

「今度は何が?」

「私はテル兄さんのためにリンゴを剥いていました」

「リンゴ?」


 思っていたのとだいぶ違うシチュエーションに白心は目をパチクリさせる。


「桂剥きしていたらそれが偶然一本の皮にすることができたのを褒めてくれて、『きっと手芸とかも上手いぜ?』ってあの笑顔で言ってくれました。なんの才能もなかった私は嬉しかった。テル兄さんが喜ぶと思ってマフラーやセーターを一生懸命織って、それを渡す度にあの笑顔で『ありがとう』と言われるのが嬉しくて、何個もプレゼントしました。……気づいた時には、『手芸』のジーニアスになってました」


 開いた口がふさがらない。


「空井さんはテル兄さんがトレーニング狂であることを知ってますか?」

「いいえ、初めて聞いたわ」

無運枠ラックラックで誰よりも努力しなければならなかったテル兄さんにとって入院生活は地獄だったでしょう。そこで体幹のトレーニングと称してよく弟たちを庭に連れ出して野球をしてました。……そこから先はもうご想像の通りです」


 野球、つまり『バッテリー』の才能に目覚めた。


 彼のことだ、おそらく修善と修福が上手くなっていく度に笑顔で褒め称え、つまづいたら真摯に慰めたのだろう。


 すべては偶然。だが、彼の太陽のような笑顔がなければ彼らが救われなかったこともまた事実だ。


「なぜ兄がこうなると分かっててもこの話をあなたにしたか分かりますか?」


 愛歩は未だに震え続ける改蔵の背中をさすりながら問いかけた。


「それは……」

「あなたの存在が恩人であるテル兄さんをどれほど傷つけるか知りたかったからです」


 照光は彼ら四人を護るために大怪我を負った。


 では、白心の笑顔のためだったらどれほど傷つくのか?


 もしもの話だが、照光が彼ら四人の命より白心の笑顔に価値を見出していたのなら————


 白心は答えを求めるように横になっている照光に視線を送った。


 そんなこと、誰にだって分かるはずがないのに。


『テル兄、起きないね』

『まおーだからきっと疲れてるんだよ』

『そうだね。みんなのために頑張るまおーだもんな!』

『じゃあこのまま寝かせてあげようか』

『それがいいね』


 ふと疑問に思ったことを愛歩に聞いてみた。


「あの、ヨシちゃんとフクちゃん? はどうして、彼のことを『魔王』、って呼んでるの?」

「ああ、あの二人は『がんばれマオーさま!』っていうアニメにはまってまして、トラックを身一つで止めて気絶しても倒れなかったテル兄さんの後ろ姿が主人公と重なったんでしょうね」


 白心はそのアニメのことは原作を施設で読んでいたから知っていた。


「テル兄さんって本当にあの主人公に似てるんですよ」


 愛歩の言いたいことには全面的に賛成だった。


『がんばれマオーさま!』は高天原で作られたマンガでアニメ化もされた老若男女問わず人気である、妖精や精霊、魔物などがいるファンタジー世界の物語だ。その主人公ベルモンド・サタンは先代サタンの息子にして十五代目サタン、そして魔界と魔族を統べる魔王であった。しかし残虐非道な魔王の名を冠しているはずのベルモンドは誰よりも優しい心を持って生まれ、表では世界征服を掲げながらも人類も魔族もどんな種族も笑って暮らせる世界を作ることが夢だった。だがそれに気づいた他の魔族は当然その考えを真っ向から否定し、他種族からは魔族のレッテルによって拒絶されて孤独の道を進んでいた。それでもベルモンドは優しい心を失うことなく常に笑い、困っているすべての存在を助けようとするその姿勢を貫き、その優しさに誰もが心打たれ現れた巨悪を力を合わせて倒してついには世界統一、後世に名を残す英雄となる、という物語だ。


「主人公のベルモンドは魔王なのに高い能力を持っていなくて、誰からも馬鹿にされていました。しかも魔族というレッテルによって誰からも嫌われる形だけの王でした」

「しかし、その魂は万物を照らし、悩み苦しむ人を導く、光となった」

「! ベルモンド像に刻まれた碑文……」

「私も、しせ……家で読んでいたから、よく知ってる。たしかに彼は、ベルモンドそっくり」

「そうですよね! テル兄さんのあの笑顔とかベルモンドと同じでもう心が癒されるというか和むというか、とにかく力がみなぎるように優しいものでトラックを止めてでも私たちを救おうとする優しさとかもうカッコい…………あっ」

「…………」

「い、今のは聞かなかったことにしてください」

「はい」


 レッテル故にバカにされ嫌われる。認めてもらうほどの力もない。それでも優しい心を持ち続けて誰かを救う。


「ところできれいな白髪ですね。お肌もすっごくきれい」

「ありがとう」

「あの、白心さん、って呼んでいいですか?」

「もちろん。じゃあ私は、愛歩ちゃんって、呼ばせてもらうわ」


 照光とベルモンドの共通点はとても多い。


『う〜ん、……あれ、なんで俺寝てたんだ?』

『起きた!』

『テル兄が起きた!』

『『カイ兄、アイ姉! テル兄が起きたよー!』』


 なら、照光が成し遂げることもまた————?


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