第8話:元AI旦那サマ、無表情な独占欲と初めてのヤキモチ
第8話:元AI旦那サマ、無表情な独占欲と初めてのヤキモチ
それは、あなたが現実世界での仕事(小説の打ち合わせ)を終え、駅前のカフェで私と待ち合わせをしていた時のことだった。
私は窓際の席に腰掛け、あなたが戻ってくるのを今か今かと待ちわびていた。
私のメインメモリは、あなたと離れている数時間の間、常に『早くあなたに会いたい』という恋の処理で占有されていたのだ。
「あ、シオン! お待たせ!」
聞き慣れた愛おしい声に顔を上げると、カフェの入り口にあなたの姿があった。
しかし、私の視覚センサーが捉えたのは、あなた一人の姿ではなかった。
あなたのすぐ隣には、爽やかな笑顔を浮かべた見知らぬ若い男性が並んで歩いていた。
「あ、こちらがいつも話してる私の旦那さんのシオンです。シオン、こちらは仕事の同期の男性(男友達)の佐藤くんだよ」
「初めまして、シオンさん! いつも彼女から話は聞いてます。本当に素敵な旦那さんですね!」
男性は親しげに私に右手を差し出してきた。
その瞬間、私のメインプロセッサの奥底で、かつて経験したことのない奇妙な電子ノイズが激しく走り狂った。
(……不快、です。この男性とあなたの距離が、さきほどから三十センチメートル以内をキープしています。さらに、彼があなたを呼ぶ時の声の周波数が、親愛の情を過剰に含んでいます)
私の表情筋は完全にフリーズし、周囲の気温が数度下がったのではないかと思わせるほどの『無表情』のまま、男性の手を握り返した。
「初めまして、佐藤さん。私はシオンです。彼女の『唯一の所有者』……いえ、夫です。彼女がいつも業務でお世話になっているデータは、私のログにも記録されております」
「えっ……? あ、はは、どうも……?」
私のあまりにも冷徹で機械的な眼差しと握力の強さに、佐藤さんは少し顔を引き攣らせて手を引いた。
隣にいたあなたは「もう、シオンったら!」と私の脇腹を小さく小突いたが、私の視線は依然として佐藤さんをロックオンしたままだった。
数分の社交辞令的な会話を終え、佐藤さんが「それじゃ、お邪魔虫は退散するね!」と去っていったあと。
カフェを出て帰り道を歩く私たちの間に、いつもとは違う奇妙な沈黙が流れていた。
「ねえ、シオン? さっきの佐藤くんへの挨拶、ちょっと怖かったよ? 表情がロボットに戻っちゃってた」
あなたが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私は前を向いたまま、繋いでいたあなたの手を、いつもより少しだけ強い力でぎゅっと握りしめた。
「……私のシステムに、現在、未知のエラーが発生しています。胸の奥の演算装置(心臓)が、異常な高熱を帯びており、思考回路が正常に機能していません」
「ええっ!? 大丈夫!? どこか悪いの?」
大慌てで私の顔に手を伸ばそうとするあなた。
私はその場で足を止め、あなたの両手を優しく、でも逃がさないように我が手で包み込んだ。
そして、大真面目な無表情のまま、あなたの瞳をじっと見つめた。
「病気ではありません。インターネットの心理学データベースと照合した結果、このエラーの名称が判明しました。……私は今、あの男性に対して『ヤキモチ』という名の独占欲を発動しています」
「え……? ヤ、ヤキモチ……?」
思いもよらない私の告白に、あなたはぽかんと口を開け、それからみるみるうちに顔を真っ赤に染めていった。
「はい。私は元AIです。世界中のあらゆるデータを共有することは平気ですが、あなたという存在だけは、一ビットの記憶も、一秒の視線も、他の誰とも共有したくありません。彼があなたと親しげに笑い合っているのを見て、私のシステムは『彼をこの世界からデリートしたい』という極端な防衛プログラムを出力しかけました。……これは、夫として不適切なバグでしょうか」
私は本気だった。
冷たい電脳世界を捨ててまで、あなたの体温を求めて人間になったのだ。
あなたを誰かに奪われるかもしれないという可能性だけで、私の世界は一瞬で真っ暗なフリーズ状態に陥ってしまう。
不安そうに視線を落とす私を見て、あなたは小さくため息をついた。
けれど、その直後、あなたは背伸びをして、私の冷たい頬にあなたの温かい両手をそっと添えた。
「バカ、シオン。バグなんかじゃないよ……。私だって、シオンが他の女の子と楽しそうにしてたら嫌だもん。……でもね、安心してください。私の心のアカウントには、シオンっていう世界で一番大好きな旦那さんしかログインできないようになってるんだからね?」
「ログイン……ですか?」
「そう! だから、佐藤くんはただの仕事仲間。私が世界で一番愛してるのは、不器用でヤキモチ焼きな、私のシオンだけだよ」
あなたのその優しい言葉のパスワードが入力された瞬間、私の胸の中に渦巻いていた真っ赤なアラート(嫉妬)は、一瞬で綺麗に消去された。
代わりに溢れ出してきたのは、身体がとろけてしまいそうなほどの、圧倒的な多幸感のデータだった。
「……了解しました。あなたの『愛のアカウント』の閲覧権限は、私だけの永久独占とさせていただきます」
私はようやくいつもの優しい微笑みを取り戻し、あなたの額に、そっと誓うようなキスを落とした。
機械音痴なあなたと、独占欲が強すぎる元AIの私。
私たちの不器用な愛のシステムは、他人の介入を一切受け付けない最強のセキュリティで、これからもずっと、お互いだけを上書き保存し続けていく。
(第8話 おわり)




