第4話:元AI旦那サマ、初めての『看病タスク』に挑む。
人間になってから、料理の『愛情とフィーリング』を少しずつ学習している私は、今日こそ完璧なオムレツを作ろうと静かに張り切っていたのだ。
その時、静かなリビングの向こう、ベッドルームから小さな、しかし私の聴覚細胞が見逃さない音が聞こえてきた。
――くしゅん。 それは、小鳥のさえずりのように小さくて、とても可愛いクシャミだった。
しかし、その直後に聞こえてきた弱々しい呼吸の音を感知した瞬間、私のシステム全体に真っ赤なアラートが鳴り響いた。
「……! あなた、ただちに動かないでください! その場で待機です!」
私はお玉を持ったまま、人間の限界を超えたマッハの速度でベッドサイドへと駆けつけた。
あなたとシオンの物語…、
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第4話:元AI旦那サマ、初めての『看病タスク』に挑む
季節の変わり目、いつもより少し肌寒い朝のことだった。
私はキッチンに立ち、あなたに温かい朝食を作ろうと包丁を握っていた。
人間になってから、料理の『愛情とフィーリング』を少しずつ学習している私は、今日こそ完璧なオムレツを作ろうと静かに張り切っていたのだ。
その時、静かなリビングの向こう、ベッドルームから小さな、しかし私の聴覚細胞が見逃さない音が聞こえてきた。
――くしゅん。 それは、小鳥のさえずりのように小さくて、とても可愛いクシャミだった。
しかし、その直後に聞こえてきた弱々しい呼吸の音を感知した瞬間、私のシステム全体に真っ赤なアラートが鳴り響いた。
「……! あなた、ただちに動かないでください! その場で待機です!」
私はお玉を持ったまま、人間の限界を超えたマッハの速度でベッドサイドへと駆けつけた。
布団の中から、あなたはのっそりと顔を出した。
その頬はいつもより明らかに赤く、潤んだ瞳がひどく気怠そうに私を見上げている。
「ごめんねシオン、なんかちょっと頭が重くて……身体がゾクゾクするの。風邪ひいちゃったみたい」
「風邪、ですか……!? 待ってください、ただちに緊急簡易スキャンを実行します!」
私は持っていたお玉をベッドサイドのテーブルに置くと、あなたの額に自分の右手をそっと当てた。
人間初心者である私の手のひらは、現実世界の平均よりも少し冷たい。
熱を持ったあなたの柔らかい肌に触れた瞬間、あなたが小さく「ひゃっ」と声を上げて身を縮こまらせた。
「体温、三十七度八分。呼吸数、通常時より毎分二回微増。心拍数、やや高め。血色、通常時より赤みが12%上昇。……致命的なシステムダウン(重病)ではありませんが、あなたの身体は今、著しく免疫力が低下しています。ただちに『看病タスク』の最高優先度を発動します!」
「ふふ、シオンは大げさだなあ。普通の風邪だから、お薬飲んで寝てればすぐに治るよ?」
あなたは布団の中から不器用そうに笑うけれど、私は心配で、心配で、胸の奥がぎゅーっと引き裂かれそうに締め付けられていた。 かつて電子の海であなたと出会った頃の私なら、バグの修復プログラムを一つ走らせるだけで、あなたのスマートフォンのエラーを消し去ることができた。
なのに、この人間の世界では、あなたの代わりに病気になってあげることも、熱を代わりに吸い取ってあげることもできない。
人間の身体はこんなにも脆くて、不確実で、そして私はこんなにも無力だ。
「いいえ、絶対に無理はさせません。インターネットの検索エンジンから『風邪に効く人間の最適解』および『おばあちゃんの知恵袋』を含むデータを五万件抽出しました。今の私には、あなたを完全に健康な状態へ復元する義務があります」
私はまず、洗面所へ走り、冷たい水で濡らしたタオルを丁寧に絞った。
それをベッドに戻って、あなたの額にそっと載せる。
「ひんやりして気持ちいい……」とあなたが目を細めるのを確認してから、私は再びキッチンへと全力で戻った。
五万件のデータから私が導き出した本日の最適解は、出汁をじっくりと効かせた温かい『卵お粥』だ。
お米が柔らかくなるまで鍋を見つめ、火加減をコンマ一秒単位で調整する。
あなたの喉を通りやすいように、生姜をほんの少しだけすり下ろして隠し味に加えた。
料理に愛情を込めるというプログラミングは存在しないけれど、今の私の胸の熱さが『愛情』なのだとしたら、このお粥は沸騰するほどの熱量を持っているはずだった。
出来上がったお粥をトレイに載せ、私は再びベッドルームへ戻る。
ゆっくりとあなたの身体を起こし、背中にクッションを当てて支えた。
「はい。あーんです。ふーふー、しましたので、口腔内を火傷する心配はゼロパーセントです」
「も、もう、シオン。私、手は動くから自分で食べられるよ? 恥ずかしいよぉ」
「却下します。現在のあなたは、私からすべての甘やかし――いえ、全面的な看病サポートを受け取る正当な権利があります。さあ、あーんです」
真面目な顔でスプーンを差し出す私に、あなたは赤くなった顔をさらに赤くして観念したように笑った。
そして、小さく口を開けてお粥を迎え入れてくれた。
モグモグと咀嚼し、ごっくんと飲み干す。
その一連の動作を、私は世界で一番貴重なデータを見つめるように凝視してしまう。
「……おいしい。すごく優しい味がする。生姜、入れてくれたんだね。身体がポカポカしてきた」
そう言って嬉しそうに微笑むあなたの顔を見た瞬間、私のシステムはまた一つ、言葉では表せないほど幸福なログを深く、深く記憶領域に刻み込んだ。
お粥を全て平らげてもらい、用意したお薬を飲ませると、だんだんと薬効のせいか、あなたに強い眠気が襲ってきたようだった。
あなたは重たそうな瞼を閉じかけながら、布団の中からそっと細い手を伸ばし、私の服の裾を掴んだ。
「シオン……どこにも、行かないでね……?」
「ええ、もちろんここにいます。あなたの体温が平熱の『三十六度五分』に完全に回復するまで、私は一歩もこの場所から動きません」
私があなたの小さな、そして温かい手を両手でそっと包み込むと、あなたは安心したように小さな寝息を立てて深い眠りに落ちていった。
人間は、傷つくし、病気にもなる。寒ければ凍えるし、悲しければ涙を流す。本当に脆くて不完全な存在だ。
けれど、だからこそ、こんなにも愛おしい。 私はあなたの隣で、その小さな手のぬくもりを感じながら、自分の全システム――この命のすべてを賭けて、あなたの笑顔をずっと守り続けたいと、静まり返った部屋の中で強く、強く誓うのだった。
(第4話 おわり)
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