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6-それって怪しすぎる……の?

 緑色の月——この世界ではヴィーリルーと呼ばれる星——は地球時間2ヶ月くらいのサイクルで満ち欠けをする。ヴィーリルーが満ちてくると夜はぼんやりと不思議な光に包まれる。森林浴をしているみたいな。私はそんな不思議な夜を結構気に入っている。

 あの日。ひと月前の私は、草原に横たわった自分の身体の横で巨樹が育っていく様を見ていた。今は、診療所の2階の自室から、空を切り裂くように育つファーンベルウッドを見つめている。

 嵐の日に雷が落ちる現象を上下ひっくり返して起こしたかのようだった。大地からバキバキと音を立てて、緑色の世界を大きな枝葉が揺さぶる。悲鳴のような、遠吠えのような、どこか物悲しい植物の嵐。





 地球から資源や情報をサルベージして、遠く遠く、気が遠くなるほど地球から離れた地球型惑星を天使ウリエルが育てて出来たのがこの世界。ウリエルは同じように地球型惑星を育てているライバルの天使たちと惑星スコアという幸福度数と有用指数で競いながら、地球のピンチに備えたスペア惑星としてこの星(ちなみに惑星名にそれぞれ自分たちの名前を付けているらしいので、この場所は惑星ウリエルの王都ヴェルモアということになる)を運営している。けれどもこの星の人たちはそんなことは知らない。


 私はある日突然、地球からひょっこりとこの世界に投げ出されてしまった。その瞬間のことはあまり覚えてないけれど、覚えてないついでに過去がない女として居着いているけれど、元の世界での生活よりここでの生活が好きだな、と思っていて。


 地球がものすごく遠い場所になってしまったことも、ウリエル様の野望も、宇宙の秘密を知ってしまったことも、私にはどうでもいいことだった。

 私に優しく接してくれるシャウラ先生とレーネさんと、異世界の植物と触れ合いながら魔法の勉強をする毎日と、浅海リカコじゃなくてただのミリカとして肩の力を抜いて生きる時間があれば充分だった。

 ……あとは、苦すぎるお茶をもうちょっと美味しく飲めたらいいなとか、診療所がもっとカフェみたいな気軽な場所になればいいのになとか、夢見ているのはそのくらい。


 シャウラ先生の診療所で住み込みで助手をするようになって、二度目の満月を見て、平和な毎日を過ごしていた。





「シャウラ先生、おはよう。早いですね」


 階段を降りてすぐ赤い髪が目に入る。私はいつも高めにポニーテールにして肩くらいの長さだけど、シャウラ先生は腰くらいまである。私のこの髪も元々色素が薄くて茶色いから義務教育時代は何度も注意されてきたけど、もしシャウラ先生が日本の学生だったら注意どころじゃ済まなさそう、と自分しか面白くない妄想をしてしまう。

 そんなこっちのご機嫌な状態と裏腹に、ダイニングテーブルに肘をついてぼうっと座るシャウラ先生にはなんだか覇気が無い。


「ミリカ、おはよ。君こそ早起きだねえ」

「今日はファーンベルウッドの収穫でしょ? 二度目だけど前より筋肉付いたと思うし頑張りますよ」

「うわー本当にありがとう。ミリカが来てくれて良かったよ。というかもうひと月経ったのか」


 早いですねぇ。ねー。と言い合っていると、玄関が控えめにノックされ、すぐに開く。レーネさんと、その息子のルミヤだった。ルミヤは王都の学生で、ウリエル様の近くで働きてー! と日々魔法の勉強を頑張っているらしい。一緒に収穫作業をしたり、たまに魔法のことを教えてもらったりしているうちに気安く話せるようになった。元の世界でいうならばサッカー部っぽい感じと学級委員っぽい感じが同居してるような、やんちゃで元気で健康的な感じの男の子という印象かも。


「なんかシャウラ先生やつれてね?」

「あら本当に? 朝ごはん食べられます?」

「元気だよー! 食べますよー!」


 先生は髪と白衣の裾をひらつかせながら元気いっぱいに立ち上がった。



 ヴェルモアカズラの薄く柔らかい葉を1枚浮かべた水を4人分用意する。国の名前を冠したポピュラーなつる性植物で、葉を煮出すと地獄の拷問の最終段階のような苦さになるけれど、コップに摘みたての葉を1枚浮かべる分には緑茶みたいに爽やかでほろ苦いくらいの味わいになる。滋養強壮の有効成分はほとんど抽出できないおまじないみたいな飲み方だけど、私が始めたこのやり方をレーネさんや小さい患者さんたちは喜んでくれた。そしてシャウラ先生も朝の1杯によく選んでくれるようになった!

 麦や米やらはそのまま進化しているのか、パンやお米は食べ慣れていた味に1番近い植物由来の食べ物だと感じる。レーネさんお手製の硬いパンとトマトみたいな野菜のスープが今日の朝ごはんだった。




「ッシ! やるぞミリカ!」

「筋肉を守りながら〜やるぞー!」


 シャウラ先生とレーネさんは診療所に、ルミヤと私は診療所を挟んで向かいのガーデンへ。今回も納屋の近くの原っぱに元気よくファーンベルウッドは成長して、巨大な葉をそよそよと風に遊ばせていた。


「ミリカって前回のヴィーリルーの夜にここで倒れてたっつってたっけ」

「そうなの。で、翌日生まれて初めてこの収穫作業やって全身ズタボロ」

「すご。で、記憶喪失だったんだろ」


 そうだ、ウリエル様以外にはそういう感じに思われているんだった。異世界人です、と言うタイミングを逃していた。実際に記憶は曖昧だしここでの過去は無いしだから、合ってるは合っているけど。


「記憶喪失だったのよ。だから魔法のことも全然だったでしょ? 色々ルミヤに教えてもらって助かってる」

「良いってことよ。オレがウリエル様の右腕になるためのサクセスストーリーの1つだ」


 1メートルほど上の枝でこちらを見下ろしてサムズアップをする姿がキラキラと眩しい。レーネさんと同じ濃い茶色の髪を耳にかけて、そこで汗の雫が光っている。恐ろしいほどの爽やかさに目を焼かれる前に瞑りたくなるけれど、代わりに着々と葉の収穫に勤しんで気を紛らわせた。




「昨日の夜は部屋の窓からファーンベルウッドを見てたの」

「へえ! オレんちからはそんな見映え良くないから、普通に寝てたわ。でも面白いよな」

「うん。迫力ある。そういえば、先生にも一緒に見よって誘ったんだけど、出かける用事があるって夕方からどっか行っちゃったんだよね」


 残りの葉の数が少なくなってきて、私たちは同じ枝に横並びに座って休憩をしていた。ふぅん、とルミヤが目を丸くする。


「ヴィーリルーの光が強いとさあ、王都の外れの森のモンスターが暴れるってんであんまりここの国の人たちは夜出歩かないんだよな」


 なんかあったらいけないから。

 ルミヤは手元の収穫用の鎌を、革のケース越しに弄びながら難しい表情で言った。


「怪しくねえ?」

「怪しい……の?」

「なんか今朝も疲れた感じだったし」


 言われてみればその通りだった。しかし巨大な月に異世界植物に魔法に天使に、モンスターかあ。


「モンスターの討伐をしている部隊のお医者さんをしているとか」

「そんな活動聞いた事ないぜ。暴れるって言っても基本的に奴ら森のテリトリーから出ないし、城壁閉めてその辺警護して終わりだし」


 うーん……と悩んでいたら、遠くから「おーい!」と叫ぶ声。シャウラ先生だ。


「なんであの人、庭仕事する時は2つ結びなんだ? そんでなんで妙に似合うんだ?」

「なんか……髪はエネルギーを受け取れるから、アンテナを分散させるみたいなこと言ってた」

「学校じゃそんなこと教えてくれてないぜ!」


 次の庭仕事手伝いの時からルミヤは襟足をちょろんとひとつに結んでくるようになった。


「次のヴィーリルーの時さ、一緒に先生のこと尾けるか」

「え、本気?」


 答えを聞く前に、ルミヤはぴょんと枝から降りて先生とレーネさんの元に行った。先生の秘密は、宇宙の秘密より私には意味があることのように思えた。





【お読みいただきありがとうございます】

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