5-天使の話は現実味が無さすぎる
地球人ですか。というフレーズが脳内にこだまする。意味が追い付く前に地球人地球人地球人と輪唱が響いて、ワレワレハ宇宙人ダと機械音声が横からひょっこり出てきて、そりゃ地球人でしょ日本人なのだから、というアンサーに接続されて、そうしてたっぷりの間を取ってから「そうですけど、何か!」という何故か喧嘩腰の返答が私の口から飛び出てきた。
「おやおや、怒らないでくださいよ」
天使ウリエルを名乗る男性は右眉をきゅっと上げた顔で私を見下ろした。
「……すみません取り乱して。えっと、はい地球人です……?」
「あなた、わたしをおかしな天使だなコイツと思っているでしょうね」
「いえ、別に」
私はおかしい天使もおかしくない天使も知らないので反応に困る。神経質そうにじろりと動く黒目は心の中を覗き込むような強さがあった。
「地球から人がやってきたのは数十年ぶりですがね、過去に会った人たちはもっと早くわたしの元に来ましたよ。あなたは随分ぼけーっとしていますね」
「今失礼な天使だなと思いました」
「口答えをしないでくださいね」
「ええ……? はい……」
ふぅー、とわざとらしく長いため息を吐いてから言動同様トゲトゲした髪を掻きながらウリエル様は問う。
「それで、知りたいですか? なぜあなたに地球人かと問いかけたのか。この場所が一体何なのか、あなたに備わった魔法は何か。どれを知りたいのでしょうか?」
知りたい。全部知りたい、のだけれど。せっかくシャウラ先生に連れてきてもらったし知るために来たのだけれど、なんか素直に聞くのが、癪。私ってそんな天邪鬼な人間じゃないのに。そうだ、ウリエル様が昔ニガテだった先生に似てるからかも。
そんな事をガチャガチャ考えていたら勝手に話し始めた。そんな所も似ている。本当にこの人が天使だったら私って地球を代表するレベルに失礼かも。
「この宇宙には、地球をモデルに、かつ地球から資源を流用して作られた惑星がいくつかあります」
木の床をウリエル様の踵がカツカツと叩く。
「このウリエル、それとミカエル、ガブリエル、ラファエル。わたしたちはそれぞれの管轄の地球型惑星を育てている——というわけですね」
「あー、えっと、はい」
「ピンと来ていないのに適当な返事をしないように」
「ピンと来るわけがないです」
続けますよ、とテンポを早める。
「我々の中で最も高い惑星スコアを出せた者が評価され、信仰の本拠地である地球の有事の際に移住先の惑星として選ばれるのですよ」
「だ、だから異世界なのにいろいろ違和感が無いってことですか……?」
「まあそうですね。転移した際に言語や時差ボケの問題もクリアされているはずですね。そこを解決出来ないと、移住の際混乱が生じますから。この仕組み、惑星スコア的にも高評価を得られていますよ」
ウリエル様はピタ、と足を止めて私に問いかける。
「帰る方法もあるにはありますが……まさか? あなたに出て行かれるとなると惑星スコアも下がるでしょうね。地球人が暮らすに耐えられなかったと……」
ふぅん、へえ、とジロジロと私を見る視線がなんだか恐ろしい。脅し? 天使が?
「いっいえ、別に帰りたくて来たわけじゃありません!」
「そお〜ですか、それは良かったですよ。いま話した事も公言されたら勿論困りますからね、帰りたいとなったら少々いじくらなくてはいけないところでしたよ」
ここに来て初めてウリエル様は笑ったが、全然魅力的な笑顔では無かった。
「浅海リカコさん」
久しぶりにフルネームを呼ばれてドキリとする。自分のモノだという実感が薄くなっていた。それだけ私はウリエルの惑星の、王都ヴェルモアの、シャウラン・スケイプの診療所の人間として染まってきたということなのかな。
「シャウランは善人ですよ。良かったですね」
「……はい。良かったです」
自分のことを褒められたみたいなこそばゆい誇らしい気持ちになって、突然ウリエル様への好感度が上がってしまったりなどする。
「さて、魔法ですね。ここの独自の植物や魔法は地球のデータからオリジナルに進化したものなので、あなたには馴染みが無いでしょうね」
「はい。物語の世界でしか魔法なんて無いって思っていました」
「人間の第六感と自然のエネルギーの相性によって発現しますが、あなたの場合、植物への理解が元々高いのですね。だから転移したときに一緒に発現したと」
ステンドグラスから射し込む光が柔らかくなってきた。シャウラ先生は待ちくたびれていないかな。
「私に魔法があるのなら、出来れば診療所の仕事に役立ちたいと思ってて」
「ふむ……」
ウリエル様がどこからか緑色のハードカバーの本を取り出す。左手に本、右手を私の額にかざした。すると本が光に包まれて、光が強くなって、弱くなって、消えた。
「緑魔法初級の、あなたの書ですよ。お受け取りください」
「す、すごい……! 魔法みたい。魔法か!」
「よく学び、この惑星の暮らしに役立ち、あなたの満足度も上げ、そしてわたしの惑星スコアを上げるのに役立ってくださいね」
ニコ……と今度は自然な感じの笑みを浮かべる。
「あの、ここの人々はみんな惑星スコア? のことを知ってて、それの為に頑張ってる……んですか?」
「いいえ、これは秘密ですよ。地球人にだけ話すようにしています、わたしは。オリジナルの惑星のあなたたちは、天使のためによく働いてくれる方が多いので」
私は天使にあまり馴染みは無いけど、まあ理屈は分からないでも無かった。とにかく私は目の前の生活を頑張るのみだし。
「ありがとうございました。帰りまーす」
「はいはい、では次の人を呼んでおいてくださいね」
「えっそれ私がやるの」
天使、ナチュラルに人をこき使う。
「早く」
「ええ……? はい……」
扉を開けてロビーに戻る。椅子に座って順番を待っているのは銀色の長い髪を胸の辺りまで伸ばしたきれいな女性だった。この人こそ天使みたいだと思っていたら、青く宝石みたいな瞳と目が合う。
「あ、次の順番の方どうぞ、とのことです」
「ありがとう」
声まできれいだった。優雅に立ち上がり、扉の向こうに消えていく。
「ミリカ、終わったー?」
「あっ、シャウラ先生。お待たせしました」
優しい笑顔にほっとする。ウリエル様にもらったばかりの魔法の本を見せると、こちらが恥ずかしくなるくらい大袈裟に喜んでくれる。
そんな風に笑ってくれる人、地球には居なかった。胸の奥がチクリと傷んだ。
【お読みいただきありがとうございます】
第一幕完といったところです。
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