4-見た目からして天使すぎる
レーネさん――診療所で助手や家事手伝いで雇われている女性――に、ハイどうぞとワンピースを手渡された。
私が最初に着ていたブラウスとスキニーパンツはあちこち引っ掛けてボロボロになっていた。寝巻きも普段着もレーネさんに助けてもらったし、彼女が居なければ私の異世界暮らしはもっと辛いものになっていたと思う。
巨大樹ファーンベルウッドの収穫は、本来このレーネさんの息子・ルミヤさんが担っている。それを今回代わりに私がやったと聞いて、レーネさんは息子が来られなかったことのお詫び、私への感謝、女の子にアレをやらせたの!? の驚愕でなんともいえない表情をしていた。
「かわいい! ありがとうございます!」
「ねえ、いいでしょう? シンプルだけど襟元に刺繍がついてて可愛いのよお」
「この柄……植物っぽいけど」
紺色で裾の長いワンピースはシンプルだけどドレープ感たっぷりで、襟元に白い刺繍がぐるりと入っている。
「アサモヤソウの花だね」
後ろからひょっこりとシャウラ先生の頭が出てくる。
「わ! それって今朝のお茶の」
「そう、花が咲くと効能が逃げてしまうから、使うのは蕾のときだけどね。でもこの放射状に花びらが広がっている感じが可愛いから、観賞用に人気なんだよねえ。色も白の他にピンクとかペールブルーとか……」
シャウラ先生は植物の話になると少し早口になるなあ、と思いながらその笑顔を見つめてしまった。レーネさんは、始まったわね、と言わんばかりに両手をひらりと上げて肩を竦めて笑い、お仕事に戻って行った。
「さて、ぼちぼち出発しようか」
「お願いします」
シャウラ先生は白衣を脱いで長いローブのような紺色のジャケットに着替えた。長い髪をひとつに結んで背中に垂らしている。全体的に細長い印象だ。
診療所を出て左に伸びる道を真っ直ぐ歩いていくと王都ヴェルモアの城下町に辿り着くらしい。遠くに王宮らしい豪華な建物のシルエットが霞んでいたから、そうたいしてかからないだろうと踏んでいたけれど、結局は体感1時間ほど歩き続ける羽目になった。
「ほら頑張って、もうすぐ着くよ! それとも背負ってあげようか?」
「いっいいいいいです結構です!」
「そ、そんなに拒否するぅ?」
女性扱いどころか少女扱いされている気がする、と初対面からまだ半月くらいしか経ってないけど気付いてしまった。胸の奥にモヤ、と何かが凝る。それを無視して私は息を乱してちょっと休憩という直前までの会話に話題を戻す。
「えっとそれで、魔術部の方のお名前もう一度聞いていいですか」
「ウリエル様だよ。ボクより背が高くて、ミリカより髪は短くて黒くって、背中から羽根が生えていて、ちょっと怖いけど王宮の魔法に関わる業務は全て彼が担っている、すごい人だよ」
なんか聞き覚えがあるというか、聞き覚えがあるのはおかしいけど、既視感が――……
「検査はウリエル様が魔道具で見ればすぐ終わるよ、痛くないからね」
「ね、シャウラ先生。私の事ちっちゃい子供だと思ってます?」
「え? いやそんなことないヨー。ミリカは大人だもんね。ちょっと苦いお茶がニガテなだけだもんね」
「もー! 飲み慣れてないだけですってー!」
そうこうしているうちに、ヴェルモアの街に辿り着いていた。石畳がきれいで、いつか訪れたベルギーの街並みを思い出す。この世界に来て戸惑いより順応が早いと自分で感じるけど、それは人や風景にあまり違和感が無いからだと思う。
ウリエル様の居る教会は街の中心部にあった。最奥の王宮をそれより手前で守るような位置にある。世界遺産登録でもされていそうな立派な建物に入る。人は平日の博物館くらい疎らで、手続きをしてくれたシャウラ先生いわくとてもラッキーらしい。少しソファに腰掛けて待っているとすぐ順番がやってきた。先生をロビーに残し、係の人が開けてくれた重厚で豪奢な扉の中の部屋へ入る。
ステンドグラスを透かした光が炎のように部屋に降り注ぐ。事務机の様相を呈した木製のテーブルに、さっき聞いた通りの風貌のウリエル様が面接官の様に座っている。その前には座り心地のよさそうなソファがある。学校の教室くらいの広さの部屋が、なんともいえない神々しさに満ちていた。
「どうぞそちらへ」
短く刈った黒髪と、切れ長で冷たい印象の黒い瞳。低い声。確かに厳しそうな印象の人だった。しかしそれを上回る強い印象を残すのは、黒衣の背中からふわりと頭から腰くらいの大きさで生えている真っ白な羽根。
既視感の正体が分かって思わず口に出す。
「天使だ」
「いかにも。こちらは天使ウリエル。そしてあなたは地球人ですか。まさかまさか」
呼吸が止まりそうになる。ウリエル様は黒い瞳で私をまじまじ観察している。そこからはなんの表情も読み取れなかった。
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