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3-シャウラ先生は良い人すぎる

 見知らぬ天井を見上げている。


 両手両足が、金属に変化してしまったのではないかと疑うほど重い。頭の中もぼんやりとして不透明だ。私は一体どこで何を……

 無の中に沈んで寝ぼけていた心と体が少しずつ現実に帰ってくる。


「ミリカー! 起きてるー?」


 遠くから優しい声が投げられる。ミリカ。ミリカ……私のことだと実感が遅れてやってくる。


「朝ごはんの時間だよー!」


 私はもう一度軽く目を閉じて、ここ数日のことを思い出していった。



 K県立大学から電車を終点まで乗り続け、降りた先の森の中で、私は死ぬか、死なないか、死ぬのならどうすれば痛くないのか、死なないのならどうすれば苦しまずに生きていけるのか、ひとり考え続けていた。

 夕方になって辺りが暗くなってきて、段々とこの場に居ることが怖くなってきて、帰ろう、と思って歩き出して、頭上の木の枝をくぐった時、あれ? と違和感を感じた。


 何かをくぐり抜けてしまった気がする。

 何を?


 そう思ったのも束の間、土を踏んでいた足元の感覚が消え失せる。落ちている、と気が付いた次の瞬間、そうだ、私は、緑色の満月が空に浮かぶ、K県や日本や多分地球ですら無い、異世界――……に、落ちてきてしまったのだ。


 私って、浅海リカコという存在って、死んでしまったのだろうか。心臓が突然ドキリと跳ねる。


 見知らぬ天体が空に浮かんでいるのを見た。魔法が使えるけど処方するお茶がものすごく苦い薬草医呪士……この世界のお医者さんに拾ってもらって、馬鹿みたいに巨大な木から葉っぱを収穫しまくった。「記憶が戻るまで診療所の2階で暮らしなよ!」という優しすぎる言葉に甘えることになった。筋肉痛で丸2日動けず、お世話になるからには働いて恩返しをしようと心に決めていたのに治療費が払えない患者になって、苦いお茶を朝昼晩と飲み続けた。


 死んだにしては、変な夢!



「ミリカ、入って大丈夫?」

「起きてます、大丈夫」


 ログハウス風の、目算六畳くらいの部屋は木でできた引き戸が出入口だった。カラカラと音を立ててその戸が開かれ、赤髪の毛先をぴょんと跳ねさせているシャウラン・スケイプ……シャウラ先生が現れた。


 いい朝だね、と挨拶を交わし、ベッドサイドの椅子に先生は腰掛け、問診が始まる。



 収穫の翌朝、目が覚めたら全く動けなかった私に対し、こちらが狼狽えてしまうくらいの勢いでシャウラ先生は謝ってきた。

 素性もよく分からない私なんかを善人だと信じきった上に、仕事も寝床も食事もくれて、何も返せていない私こそ謝るべきだと言って謝罪の言い合いのようになってしまった。


 筋肉の炎症には……これ!と出された赤い色のお茶は、元の世界でも飲んだことがあるあの酸っぱいお茶なのかな、と思い一口飲んだが、酸味と苦味のマリアージュが不協和音でワルツを奏でて超高速で踊り狂うような不味さがあり、この味を二度と感じたくないがために苦手な筋トレに着手しようかなという考えが頭を過ぎるほどだった。


「このお茶? 炎症を鎮めるアサモヤソウの蕾と、リラックスを促すハクボソウの根っこのブレンドだよ。ハハ、ボクも苦手」


 何ですって信じられない! と悲鳴を上げたい気持ちをグッと抑えながら、

「甘いお茶って無いんですか?」

と聞いてみる。

「あま……い……? おちゃ?」

 なあにそれ? と言わんばかりの表情に絶句する。無いの? この世界にはロイヤルミルクティーとかに相当するもの、無いの?

 緑魔法が本当に自分に備わっているのなら。私は密かに誓う。絶対に甘いお茶――できるならシャウラ先生の治療の助けと味覚の喜びに役立つ活用ができるもの――を見つけてみせるぞ、と。



「良かった、すっかり元通り動けるようになったね」


 1歩に30秒から60秒を掛けていた2日前からうってかわって、ようやく元通りの動きを取り戻せた。

 シャウラ先生のホッとした顔を見て、私も安心する。


「本当にすみません……お世話になりっぱなしで。今日から働けますから、何でも言ってください!」

「ハハ、頼もしい。そうだね、とりあえず提案なんだけどさ」


 くしゃっと人の良さそうな笑みを浮かべて、人差し指をピンと立てて、先生は恐ろしい提案をしてきた。


「王宮に行って、魔力検査受けてみようよ!」


 そんなカジュアルに出向いていいんですか? お作法も何も知りませんよ、というかここに戸籍とかそういうのあるか分からないけど私異邦人どころか異世界人的な感じで、不法入国甚だしい感じですよ、あわわ、あわわわ。

 こちらの緊張も何のその、シャウラ先生は呑気に「服はレーネさんに見繕って貰ったから大丈夫だよー」とにこにこ笑っていた。








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