7-可愛いけれど苦すぎる
永遠に夏休みの中に居るみたいだな、と私はひとり、にんまりと笑う。魔法の勉強、収穫、美味しいご飯、優しい人々。
「今日も昨日の続きでテンペスベリーの収穫と、あと蔦ゾーンの誘引してきます」
「よろしくね。誘引は初級魔法の……あ、ページ捲っていい? うん、これがいいよ」
「うっ、新しいやつ。頑張りまーす」
診療所の扉を開けると、いつも通り青々しい香りを含んだ風が飛び込んでくる。私はその優しい風の中を行く。
「よっし、行ってきまーす!」
「今日は暑いから気を付けてね、ミリカ。帽子を忘れずに!」
「はーい」
シャウラ先生の気遣いは時折母親のそれのようでこそばゆく温かい。今日は診察の予約が立て込んでいるとかで先生も準備で忙しいはずなのに。それでもこの緩やかな空気と温かさを与えてくれるのは、見習うべき優しさだなあと胸にじんわりと感動が広がってしまう。
シャウラ先生のガーデンで私が1番気に入っている場所は、右手に広がる低木と蔦ゾーン……つる性植物のエリアだった。花畑も近いからこの辺りはいい香りがするし、低木にかわいらしく育った果実を摘んでいると、ちょっと、いやかなり、幸せな気持ちになれるから良い。
私のかよわい緑魔法でも、植物の成長を少し早めたり、果実や花のグレードをちょっと上げて収穫することができる。早速、魔法書を傍らに、私の腰くらいの高さのテンペスベリーの木に跪いて抱くような姿勢を取り、そっと唱える。
「宿りし命よ、生けるものよ、いと高きヴィーリルーの光へと至れ」
テンペスベリーの木に実る、ひと口サイズのコロコロとしたパステルピンクの実はとても可愛らしい。それらが呪文に呼応して柔らかく光を帯びた……ように見えるけど錯覚かもしれない。
魔法をかけるか否かで、テンペスベリーの実の味はけっこう変わる。ちょっと味が似ているからリンゴで例えてみる。通常の味がしょりしょりして酸味のある感じだとすると、魔法のかかった状態はパリッと張りが出て蜜の甘味を感じる、みたいな感じ。
ひと口で皮ごと食べられるから大好きなんだけど、薬草茶に使うときはドライフルーツ状にしてから煮出して使う。そうするとなぜか苦味が出る。呼吸器の症状に良いとかで、乾季が来る前にたくさん収穫して干しておく必要がある。テンペスベリーの低木たちに次々と呪文を唱えて収穫を繰り返していった。
王都ヴェルモアの気候は暖季と潤季と乾季で1サイクル。それぞれ2回の“満月”をもつ。ヴィーリルーが満ちる1サイクルが2ヶ月くらいだから、ひとつの季節が地球でいうところの4ヶ月。大体1年で季節が1周というのは感覚が狂わなくてちょうどいい。この前の満月が暖季1度目の満月だから、まだまだテンペスベリーの在庫を作る時間はある。
カゴに山盛りに摘み終わってから花畑の近くのガーデンテーブルまでそれを運んで、味見がてら休憩にしようと決めた。何本の木を相手取っただろう。でもこれでひと段落。昼の星——太陽型の恒星、小さいけれど眩しい——が真上にある。暑い。
次のヴィーリルーにもし先生がどこかに行くようなら尾行してみようと、先日ルミヤが言ったことを思い出す。
思い出しながらテンペスベリーをひと粒、口に放り込む。シャキッと甘くて美味しい。魔法は成功だ。
宇宙を超えて草原に放り込まれた異世界人浅海リカコこと私を除き、ヴィーリルーの満ちる日に、人々は外を出歩かない慣習になっているらしい。森の方でモンスターの動きが活発になるから。でも先生はどこかに出歩いたみたいで。
うーん。秘密にしたいと先生が望むなら秘密のままでもいいけど……でも秘密を共有して欲しい気持ちもけっこうある、けど……危険なことをしているなら助けになりたい、けど……緑魔法初級の地球人なんて良くて囮、悪くて足手まといだし……。
待って、テンペスベリーの実をドライにせずにそのままフルーツティーみたいにしたら苦くなくなるのでは!?
ふたつの思考が駆け巡り、仮説を試したいと椅子から立ち上がったそのとき、黄色いようなピンクなような、鈴を転がしたような可愛らしい声がガーデンいっぱいに響いた。
「シャウラン様ァ〜〜!!!!!」
ベリーのカゴを取り落としかけて死守してバランスを崩してカゴは無事だけど私がズッコケる。視界が下にズレたお陰で、ガーデンと診療所の間の道に止まった馬車が見えた。
豊かな金髪をふわふわと波打たせながら腰まで垂らし、スカート部分がふんわり膨らんだ真っ白なワンピースを着た可愛らしい女の子が馬車から可憐に降り立った。
作業用のジャケットとズボンを着て、手袋を土と汁まみれにして、挙句の果てに草むらにずっこけている私とは大違いだ。
彼女はキョロキョロ周りを見渡して外にシャウラ先生がいないと見るや診療所に入っていった。
「気になるでしょうね、浅海リカコ」
「ヴワーーーーー!!!」
背後というか斜め後ろちょっと上から天使の声が聞こえて、驚きのあまり可愛さの欠けらも無い悲鳴をあげてしまった!
天使ウリエルがなんと空中に浮かんでいた。短く刈られた黒髪と鋭い印象の黒い瞳。黒衣の背中から大きな翼。
「なんでここに居るんですか!?」
「民の健やかな営みを見守るためですよ」
「お、王様?」
「ご存知の通り天使ですよ。そして王は別に居ますがね」
ひとつ頂いても? とテンペスベリーを指さした。どうぞ、と答えると摘んでもぐもぐとやる。気を取り直して私はようやく地面から立ち上がった。
「おお、美味しく出来ているようですね。正しく魔法を扱えているようで安心です」
「その節はありがとうございました。ああまだ心臓がバクバクしてる」
「ほほう。心臓がバクバク。それは良い。久しぶりに地球人と話ができたから、ちょっかいを掛ける楽しみに目覚めつつあるようです、わたし」
え? 人間で遊ぼうとしてる、怖い……。
それはさておき。
「ねえウリエル様、この世界のモンスターってどんな感じなんですか?」
「ベースは地球上の動物と考えていただいてよろしいですよ。ただ体長が倍以上だったり、爪と牙がより鋭かったり、もーっと悪い毒を持っていたり……」
ぞっとする。そりゃあ外に出たくもなくなる。ルミヤの誘いを断りたくなってきた。
「危険と分かりきっているのに、ウリエル様は手出ししないんです?」
「わたしは生命が自ら成長し強く進化することに希望を見出していますから。こちらの干渉が故ではなく、自分の力で育っていくことで惑星スコアを伸ばしてほしいのですよ」
ふーん、と感心半分で返事をする。その反応が面白くなかったと見える。天使は突然煽ってきた。
「さっきの子、診療所に入りましたよ。患者さんじゃないですか、お仕事のお手伝いしないのですか」
「今日の私の仕事はこれですから。ベリーの収穫と乾燥」
こんな天使置いてさっさと納屋に行って物干し竿をセットして干しテンペスベリー作りにとりかからなきゃ! と、どうしてか気持ちが急いてしまう。
「それにしてもケイティスは今日随分オシャレをしていましたね。彼女、シャウランに夢中みたいですがね」
「別に。関係ないでーす」
「心臓はまだバクバクしていますか、どうですか」
バクバクは、別にしていない。
ただ、泥だらけの私とお姫様みたいな女の子が並んだところは私が見たくないだけ。あと、そこにあの人が居るところを想像したくなくて、それだけ。
「天使がそういう人の嫉妬を煽るみたいなことしていーんですか」
小さく薄い唇がニタ、と仄かに笑う。
「わたしは、あなたがここでどのような力を発揮するか、何に成長するか、生きる上での幸せを見つけられるかどうか、それを知りたいのかもしれませんね」
ひらりと大きな両翼が動いて、呆気ないほど軽やかに天使は空を飛んで行った。
何しに来たのさ。と思わず呟いてしまう。天使が地獄耳では無いことを直後に祈った。
テンペスベリーは甘い。だけど薬に使おうとすると苦くなってしまう。一度その味を試させてもらったから知っている。
舌の上にさっき食べた果実の甘さが柔らかく溶け広がっている。
始まりは甘い。だけどそれは段々と苦くなっていくものだ。
私の心に嵐は要らない。
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