第8話:違和感の正体
第8話です。
順調に進んでいるはずの道。
だがその裏には、見えない違和感が潜んでいる。
成功の先にある“何か”に、主人公が気づき始めます。
「今日から正式に仕事に入ります」
教育係の声は、いつも通り落ち着いていた。
だが――どこか違う。
「正式に、か」
小さく呟く。
昨日までは“テスト”。
今日は“本番”。
立場が変わっただけなのに、空気が少し重い。
「内容は?」
「接客です」
シンプルな答え。
だが続けて言う。
「ただし、“売る必要はありません”」
「……は?」
思わず聞き返す。
売らない接客?
意味が分からない。
「選ばせるだけでいい」
その言葉に、どこか引っかかる。
「それで成立するのかよ」
「します」
即答だった。
「ここでは、“欲しいと思わせた時点で終わり”です」
静かな説明。
だが、妙に現実離れしている。
「……まあ、やるけどな」
深くは考えない。
とりあえず、目の前の仕事だ。
フロアに出る。
前回とは違う。
空気が、さらに張り詰めている。
視線も違う。
“見る”ではなく、“見定める”視線。
(上の連中か……?)
社長の言葉が頭をよぎる。
“選ぶ側も見てくる”
つまり、今日は――
その視線もある。
「……上等だ」
小さく笑う。
逃げる理由はない。
一人の男性客が近づいてくる。
スーツ姿。
だが、ただの客じゃない。
分かる。
この空気。
「おすすめは?」
低い声。
試すような目。
(来たな)
自然に対応する。
「お探しの用途は?」
まず聞く。
相手の目的を。
男性は少しだけ目を細めた。
「プレゼントだ」
「どのような方に?」
間髪入れずに続ける。
「……大切な人だ」
一瞬の間。
だが、その言葉に嘘はない。
「でしたら」
ゆっくりと一つのネックレスを手に取る。
派手すぎず、だが確かな存在感。
「こちらが合うと思います」
差し出す。
押さない。
語りすぎない。
ただ、“理由”を乗せる。
男性はそれを手に取り、じっと見る。
沈黙。
長い。
(見てるな……)
ただ商品を見ているんじゃない。
俺を見ている。
「……なぜこれだ」
低い声。
試されている。
だが、もう迷わない。
「その方を、どう思っているかが伝わるからです」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出る。
「派手さよりも、想いが残るものの方が――」
一瞬、言葉を止めて。
「長く残ると思いました」
静かに言い切る。
男性はしばらく黙って――
ふっと笑った。
「……いいな」
その一言で、空気が変わる。
「これにする」
即決だった。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
だが、心の中では違う。
(やった、じゃない)
(通った、だ)
その時だった。
視線を感じる。
強い視線。
振り返ると――
ガラス越しの上階。
そこに、数人の人影。
スーツ姿。
こちらを見下ろしている。
(あれが……)
“選ぶ側”
背筋が冷える。
ただの客じゃない。
もっと上。
もっと深い場所の人間。
「……気づきましたか」
隣に、教育係が立っていた。
いつの間にか。
「ああ」
視線を外さずに答える。
「あれが“上”か」
「一部です」
さらっと言う。
一部。
つまり、まだいる。
「……何なんだよ、この世界」
思わず漏れる。
教育係は少しだけ考えて――
言った。
「価値を選別する場所です」
「価値?」
「人も、物も、すべて」
その言葉に、違和感が走る。
「それって……」
言いかけて、止まる。
分かってしまったからだ。
ここはただのジュエリーショップじゃない。
「人も、商品ってことか」
小さく呟く。
教育係は否定しない。
「……そうとも言えます」
その一言で、すべてが繋がる。
俺も。
選ばれている。
見られている。
判断されている。
「……」
胸の奥がざわつく。
さっきまでの成功の感覚が、少しだけ揺らぐ。
「怖いですか?」
教育係の声。
俺は少しだけ考えて――
笑った。
「いや」
正直な気持ち。
「面白くなってきた」
その言葉に、女性は一瞬だけ驚いた顔をして――
小さくうなずいた。
「……やっぱり」
何かを確認するように。
「あなたは、向いています」
その言葉の意味は、まだ分からない。
だが――
確実に何かが動いている。
この世界の奥で。
そして、俺の中で。
「次のステージに進みます」
教育係が静かに言う。
その言葉に、少しだけ胸が高鳴る。
だが同時に――
違和感も残る。
この世界は、何かがおかしい。
だが、それでも――
進むしかない。
もう、戻れないのだから。
読んでいただきありがとうございます。
第8話では、主人公の初仕事と、
この世界に潜む“違和感”を描きました。
成功の裏で見えてきた新たな構造。
「選ぶ側」とは何なのか。
そして、この場所の本当の役割とは。
次回は、さらに深い部分に踏み込んでいきます。
引き続きよろしくお願いします。




